遊牧民の集落
今まで訪れた場所では滞在を断られたことがなかったため、二人とも困り果てていました。
「断られちゃったけど、どうしよっか?」
「魔法は好まぬが致し方あるまい、少し待て」
意図を理解していない二人を置き去りにして狼はどこかに去りました。しばらくすると、狼が去って行った方向から美しい女性、だったであろうことが察せられる年老いた女性が現れました。
「女性?」
「お婆ちゃん?」
「何を驚いている。狼の姿では入れないのならこれで問題なかろう」
狼の去った方向から現れた見慣れぬ老女が発した聞き慣れた喋り方、聞き慣れぬ声に二人は驚いていました。
「ルディ様、ですよね?」
「?見れば分かろう。それでは行くぞ」
超常の力で人の姿に変化した狼とともに、二人と元一匹は再び集落へと近づいていきました。
「また来たのか。それで、さっきの狼は?それとその婆さんは誰だよ。さっきはいなかったよな?」
「この老婆は知り合いで、あの、えっと、狼は鞣した、というか」
「え?…あ、あの、入っていいですよ」
他に何も思いつかなかったのか、リッタのあまりにも適当な言い訳に全員が引き気味でしたが、その失言が功を奏し、何をしでかすのか分からない集団だと思われたおかげで、三人は無事に集落に入ることができました。
無事に入ることが出来ましたが、同行を拒否しただけでペットを殺めるような気が触れた集団だと思われたせいで、怯えながら三人のことを遠巻きに観察する者が多くいました。それに対して二人は少しだけ傷付きましたが、この集落に入るには仕方なかったことだと割り切るしかありませんでした。
すると、どこか遠巻きに眺められている三人に対して、集落の中で最年長の男性が代表者として近づいてきました。
「お前達は何者だ?どんな関係性なんだ?」
「えっと、旅をしていて、関係性は家族とかじゃなくて、知り合いです」
先ほどのリッタとは異なり、嘘をつけなかったフォールは正直に答えました。そんなフォールに対して、質問はさらに続きます。
「そうか。それで我々がお前達を迎え入れる利点は?」
「その、えーっと」
「あれは?干し肉とかはどう?」
「おお、それはありがたい。それでは我々はお前達を歓迎しよう」
自分達の価値を示したおかげで、三人はなんとか遊牧民の集落に同行することができました。
「何故この集落に?」
「エブールに教えてもらって、気になったから来たんだ」
「エブールがここを。そうか、チテールを呼んでやってくれ」
エブールの名前を聞いてやってきたのは、集落に入ることを拒んだ若い男でした。
「な、なんですか」
「そう怖がるな、チテール。彼らはエブールの安否を知っているらしい」
「エブールの!?本当に?あいつは元気でしたか?」
「楽しそうにやってたよ」
「よかった。退屈な暮らしは嫌だとか言って出て行った親不孝な奴だけど、俺にとっては大切な妹なんだよ。教えてくれてありがとう」
エブールの無事を伝えた途端に態度を軟化させたチテールは、両親に妹の無事を伝えるために一目散に走り去っていきました。
「特定の家を持たない分、我々は家族間のつながりを大事にしているのだ。客人よ、エブールの無事を伝えてくれたこと、感謝する」
感謝の言葉を伝えられたことで、二人はようやくこの集落に迎えられたような気持ちになりました。
その日の夜、すっかり三人のことを歓迎する雰囲気に変化したおかげで、集落の長の移動式住居で晩ご飯に同席することが許されていました。
「夏の間は主に乳製品が主食となるからこそ、干し肉の件は感謝する」
「あの、野菜とかって」
「あまり摂らない。夏は主に乳製品、冬は肉のように、季節ごとに異なったものを食べることが習慣となっているのだ」
「そうなんですか」
食事に関する事情を聞いた二人は、自分達の好みとは異なっていることを残念に感じていました。
「それから泊まる場所についてだが、わざわざ新しい家を組み立てるのは大変だろうから、我々と同じ家で寝泊まりしてくれると助かる」
「わかりました」
集落の長、ハルタ―イは三人のために提案をしましたが、リッタはどこか物足りなく感じていました。
「もし余ってたら、俺達で一から作ってみてもいい?」
「一応、誰か一人つけるが、それならば許可しよう」
リッタの提案は殊の外すんなりと受け入れられ、翌日の予定は移動式住居の組み立てとなりました。
翌日、日が昇り明るくなったところで、移動式住居の組み立ては始まりました。地面に布を敷くところから、つまり一から始められた移動式住居の組み立ては、初めての試みだったにも関わらず日が落ちるまでに完成しました。
苦労して完成させたことに達成感や満足感を得られましたが、それでも家というよりテント、暮らすための場所というより一時的に泊まるための場所にしか思えませんでした。
「できたか。それでは今晩から三人でそこに泊まってもいい」
ハルタ―イのお墨付きをもらったことで上手く建てられたことに自信を感じながらも、二人はどこか不安を拭い切れませんでした。
「なんか不安じゃない?声とか聞こえてるかもとか」
「確かにそうだね。明日、他の人にも聞いてみよっか」
この独特な家で暮らすとしたら切っても切り離せないであろう心配事について、二人は翌日に聞いて回ることにしました。
「聞こえることあるよー。私達はね、耳もいいの!」
「寒さも暑さも大丈夫だから、あんま気にしてないなー」
「家の中のことについては、聞こえても言いふらさないのは暗黙の了解なんです。家と外じゃ態度が変わることは仕方ありませんからね」
聞いて回った結果、二人が感じていた不安を気にしている人はおらず、それどころか二人の考える家に対して苦手意識を感じている者もいました。
「むしろ木とか石で閉じ込められた家に暮らす方が怖くない?なんか閉じ込められている感じがして、嫌なんだよね」
狭い集落の中に蔓延した価値観は二人の持つものとは異なっていました。しかし、これまでの旅を通じてそれぞれの土地に根付いた文化の重要性を認識している二人は、その価値観を否定することなく受け入れるのでした。
数日の滞在の後、三人は出立の準備を始めていました。どことなく価値観も異なり、食習慣もあまり二人の好みのものではなかったため、この集落の一員として暮らし続けようとは思えなかったのです。
「どうだ。数日間我々と一緒に過ごして、何か気になることはあったか?」
「壁が薄いからなんか不安だったかな」
「皆さん、一緒に居る方々のことを大事になさっているのですね。それが学べてよかったです」
二人のそれぞれの感想を聞いたハルターイは、珍しい旅人達に別れを告げます。
「それはよかった。もし、次の機会があれば今度は冬に来るといい。そのときは美味い肉を食べさせてやろう」
「はい、是非よろしくお願いします」
「お肉楽しみにします!」
そうして、三人が集落の長の家族と別れると、さらに続けてチテールも見送りに現れました。
「もし、エブールに会うことがあったら、たまには顔を見せに帰ってこいって言ってくれるか?」
「任せて」
「急に出て行った馬鹿な妹だけど、どこにいても大切な家族だから」
「ご家族のこと、大切に思っているのですね」
「もちろん!」
言いたいことを言い終えたチテールは笑顔で三人を見送りました。
集落から旅立った二人は、歩きながらいろいろと話し合っていました。
「気になったこと言っていい?」
「いいよ」
「今までいろいろと噂を聞いたことがあるんだけど、あの種族って動物の特徴を持っているから発情期があるらしいんだよね。うちの実家で飼っていた犬もこのくらいの時期になると言うこと聞かないし、いろいろうるさくって大変だったんだけど、そういうの大丈夫だと思う?」
好奇心が抑えられなかったリッタの失礼な質問に、フォールと狼は呆れた顔をしました。
「言っておくが、ないぞ」
「え?」
「あの種族には発情期はないぞ」
「そ、そんな」
疑問に対する狼の言葉を聞いたリッタは膝から崩れ落ちると、小さな声で嗚咽を漏らしました。
「そんなのって、ないじゃないか。ロマンが、夢が…」
「おい、待て!挨拶もせずに去ろうとは、いい度胸じゃねえか。というか何の話をしている?」
くだらないことを話している三人のもとに、少し戸惑った様子を見せながら闖入してくる者が現れました。
「違う、そんなことはどうでも良い。それよりも、聞いているのか!」
いち早く正気に戻ったと思われるその存在は異形の姿をしていましたが、フォールトリッタは馬人種の人達で見慣れていたおかげで嫌悪感を抱くことはありませんでした。
「なんかすごい姿。頭はライオン、顔は猿、手足は虎、胴体は狸と山羊で、尻尾は蛇。すごい欲張りの権化みたいな姿だけど、なんの生き物?」
「いわゆるキマイラだ」
「もう帰るのかと聞いているんだ!俺が生み出した種族の凄さに怖気付いたということか?どうだ、お前が連れているエルフなんかより、よっぽど優れているだろう?」
緊張感に欠ける空気に飲み込まれまいとしたのか、したり顔で発せられたキマイラの言葉の本題ではないであろう部分に、リッタは引っ掛かりました。
「エルフって何?俺達のこと?」
「私、噂を聞いたことあるかも。エルフっていうのは、最も賢く美しい不老不死の種族とか言われていて、山とか森の中に暮らしているらしいよ」
リッタのせいで、話題の中心はエルフの神秘的な伝聞に移り変わってしまい、のんびりとした雰囲気の中で会話が続きます。
「え、俺達って不老不死なの!?」
「それは嘘だ。お前の曽祖父は六十で老衰しただろう」
「小っちゃい頃の話だから覚えてないけど、そうだっけ?まあいいや、じゃあ美しい種族って言われてるらしいけど、俺ってイケメン?」
「うーん、その、なんというか、親しみやすいというか」
「うん、その反応で分かった。はぁ…」
「なんの話をしているんだこいつらは…。って違う、そんなことよりお前は俺が生み出した種族に負けを認めるから去るってことでいいんだな?」
二人のどこか緩い雰囲気に飲み込まれてしまいながらも、キマイラはなんとか会話の軌道を修正しようと試みているようでした。
「ああ、そうだ」
「そうかそうか。なら良い、引き留めて悪かったな」
どこか投げやりな狼の返事を聞いたキマイラは、先ほどまでとは打って変わって上機嫌な様子になり、そのまま立ち去りました。
「すぐに帰っていきましたけど、何がしたかったのでしょうか?」
「奴は大切な家族を人間に殺されて以来、人型の生物を異常に恨んでいたのだが、いつしかその恨み方が変化し、他の人型の生物より優れた人型の生物を生み出すことによって復讐を果たそうとしているのだ。だから、それを認めてやれば満足する」
大切な家族を失った悲しみに同情する気持ちを抱きながらも、恨みがどう変化したらそうなるのか理解できず、二人は首をかしげながら無理やりに納得するのでした。
嵐のように過ぎ去った闖入者のことは忘れて、二人は次の目的地について話し合っています。
「なんか、もう少し東に行ったところに大きい港町があるんだって。行ってみない?」
「魚を食べに行きたいってこと?久しぶりにいいかもしれないね」
「里にいた頃は川で釣った魚をよく食べてたけど、アレ美味しかったよな」
「そうだったね。里に居た頃は、たまにお裾分けで貰った魚を、お母さんとお父さんと三人で一緒に食べていたね」
「そう…だね。…あーあ、それにしても発情期ないのか」
「人伝に聞いた話など、どこかで事実から変化するのは当然のことだ」
こうして次の目的地も決まったところで、遠い地で暮らす家族に思いを馳せる二人と一匹の旅はまだ続きます。




