宗教国家
宗教国家は、偉業を成し遂げた勇者一行を一目見ようとした者で国は溢れかえり、人々はお祭り騒ぎで浮き足立っていました。その混雑により歩くことも困難で、普段は違うにしても、また同じようになる可能性があることは、二人とも少しだけ億劫に感じていました。
まともに歩き回れる気もせず、現在の場所も把握できていない二人は、とりあえず人に話を聞くことにしました。
「おじさん、勇者がどこにいるのか分かります?」
「すみません、急に話しかけて」
「構いませんよ。勇者様はあそこの教会で女神様に祈りを捧げている最中です。それが終われば私達も勇者様に会えますよ」
「ありがとうございます」
「ところで、あなた達は勇者に会いに来たのであって、聖女神教会の信徒ではないですよね?」
自分達のことを見抜かれて、驚いた二人は足を止めました。
「その通りですが、見ただけでわかるものですか?」
「もちろんわかりますよ。この国にいて教義を知らないと危険ですから、頭の部分だけでもお教えしましょう。まず、初めに主あり。この世界は主がお作りになられました。そして、あるところに主を信仰する敬虔な修道女様がいらっしゃられました。その修道女様が後の女神様です。女神様は大変熱心なお方で、日々お祈りを欠かされませんでした。しかし、悲しいことに、女神様は浮浪者の手によってお亡くなりになられました。それにも関わらず、女神様の最後の御言葉は自身を殺めた者への恨み言ではなく『主よ、彼らをお赦しください』そんな慈悲の御言葉でした。自分のことよりもその手を罪に染めてしまった人を慮るそのお姿に、主も憐れみを抱かれたのでしょう、女神様はその直後に不思議なお力で蘇りになられたのです。それ以降、女神様は、そのお力で世界中の信徒達に救いをもたらしました。そのお心遣いに、いつしか人々は女神様を聖女神様と呼ぶようになり、亡くなることなくいつまでも人々を救い続けるそのお姿に、女神様は神になられたために死ぬことがないと考え、主への信仰心から女神様への信仰に変化し、聖女神教会が誕生したのです。分かりましたか?」
「女神様って神様かと思ったけど人なんだ」
「発言には気を付けてください。女神様は人ではなく神です。口を慎むように、それでは」
不機嫌に去っていく後ろ姿を、二人は困惑しながら眺めていました。
「何が気に障ったのでしょう」
「宗派の違いだ。聖女が主より力を賜りし聖徒だと解釈する宗派と、主より力を賜りて神になった救い主だとする宗派に分かれているのだ」
「よくわからないけど、宗教って繊細なの?」
二人にとっては些細な違いでしたが、当人たちにとっては大きな違いなのです。
二人は先ほどの反省を踏まえて失言をしないように気をつけていると、勇者がいるという教会の扉が開きました。教会の扉を通って現れたのは、馬の顔をした女性、見覚えのある赤い髪をした魔法使い、重厚な鎧を着た騎士、修道服に身を包んだ女性、そして最後に現れたのが、その若さにしてどこか人を惹きつける雰囲気を持つ男性でした。
「あれってもしかしてアナベラさん?」
「ほんとだ。思ってたり早い再会だね」
二人が思わぬ人物の登場に驚く一方で、民衆は現れた勇者一行に沸き立っていました。
「ヒイロ様ー!」
「お見事です!」
魔王軍の四天王を倒し、自分達の平和な暮らしを守ってくれた勇者への感謝の声が国中に響き渡り、人々が勇者を慕っていることが二人にも伝わります。
勇者を見た二人は、すでに何となく居心地が悪く思っていました。観光出来る場所は宗教的に重要な建造物や、歴史を学べる博物館などが多く、フォールは目を輝かせ、リッタは興味を示していませんでした。
しかし、一部の肉が食べられないことの方が、リッタにとってはよっぽど退屈でした。そのせいで、既にリッタはこの国に暮らすつもりがありませんでした。
そんなこんなで、温度差がある中、初日の最後に訪れた場所は、勇者一行が祈っていた教会でした。荘厳な造りの教会は、人で溢れかえっていました。
「人でいっぱいだね。有名な観光地なのかな」
「そうですよ。この教会はかつて聖女様がお勤めになられていたとされる、大変由緒正しき教会なのです。そういった理由から、信徒だけではなく、多くの観光客が訪れるのですよ」
「教えてくれてありがとうございます」
先ほどの影響で言葉に気を使っていた二人は、日が沈むころにはすっかりくたびれていました。一刻も早く宿を探そうとする二人に、近づいてくる人がいました。
「フォールにリッタ、二人とも久しぶり。人ごみの中にあなた達を見た気がしたのだけど、やっぱり見間違いじゃなかったわね」
堂々とした立ち振る舞いで二人に話しかけてきたのは、勇者一行の一人、魔法使いのアナベラでした。
アナベラに連れられて、二人は宿屋に来ていました。
「まさかこんなところで会うなんてね、あなた達は勇者を見に来たの?」
「そうですよ。アナベラさんは勇者様達と一緒に居なくても大丈夫なんですか?」
「あたしは新入りだから、少し距離があるのよ。よかったらもう少し話せない?宿代なら出すわよ」
久しぶりの再会に会話が弾む一方で、フォールは疑問に思っていました。
「どうして誘ってくれたのですか?もちろん、嬉しいのですが」
「あら、自覚なかったの?あたし、あなたに感謝しているのよ。魔法は威力がすべてじゃないって気が付けたのは、あなたのおかげなのよ。そのことに気が付いたおかげで、あたしはもっと強くなれるって思えたの。それに、あなたの機転がなかったら、誰かを巻き添えにして殺してしまったかもしれない。そうならなかったのも、あなたのおかげよ」
「あの、その、ありがとうございます」
「それでよかったらなんだけど、勇者に会ってみない?」
「そんな簡単に会えるの?」
「ぜひお願いします」
二人の返事に安心したアナベラは大きく息をつくと、別れの挨拶とともに部屋に戻って行きました。
こうして、二人の予定が決まりました。
翌日、二人は約束通りに勇者一行と対面していました。
「君達が、アナベラさん推薦の二人ですね?」
先日目撃した際には鎧を着ていた騎士の男、ガナンが口火を切りました。
「その、少し照れくさいですね」
「実力はあたしが保証するわ。それにエブール、偵察とか苦手だって言ってたじゃない?リッタの方は元猟師らしいから、代わりにやってくれるんじゃない?」
「私は嗅覚で敵の位置を無理やり把握しているだけ。専門家がいるなら変わって欲しい」
馬の顔を持った獣人の女性、エブールがアナベラの言葉に淡々と返事をしました。
「リッタさんの役割は分かりました。では、そちらのフォールさんは?攻撃、治癒、支援の魔法が使えるそうですが、攻撃ならアナベラさん、治癒と支援なら私で十分ではありませんか?」
リッタについての話が一段落すると、修道服姿の女性、プレッセルが話題の中心をフォールに移しました。
「そこは臨機応変に対応すればいい。例えば分断されたとき、治癒魔法の使い手が二手に別れられたら安心感が違うと思うよ」
そんなプレッセルの疑問に対しては、勇者ヒイロが答えました。
「なるほど、皆さんの意見はわかりました。加入しても問題ないと考えている人の方が多そうですね。そうなると、後は実力次第ですね。まずはリッタさんの実力を測るために、勇者様との模擬戦は如何ですか?一度、場所を移しましょうか」
ガナンの提案でリッタの実力を測るための模擬戦が行われることになりました。
「まあいいけど、あんま気乗りしないなあ」
そんなリッタには見向きもしないで、淡々と進行します。
「それでは決闘の立会人は私、私、ガナンが務めさせていただきます。ヒイロ、リッタ、両名はこの戦いで事故が起きた際に神の国で争うことがないよう誓いますか?」
「誓います」
「え。な、なんですかそれは」
模擬戦の前に行われた誓いの癖が強かったため、リッタは失言に気を付けることも忘れて疑問を呈していました。
「もしも、この模擬戦で不慮の事故が起こった場合、神の国で再会した時に恨みが残る可能性があります。だから、あらかじめ誓いを立てることで、そうならないように努めるのですよ」
「はい…わかりました。誓います」
リッタは下手なことを言っては後が怖いと思い、押し切られるがまま誓いを言わされ、流されるがまま模擬戦を始めました。
「負けたー」
模擬戦は勇者の勝利でしたが、その内容は僅差でした。
「ヒイロ様、手合わせをしてみていかがでしたか?」
「十分強かった。あとは彼らの意思次第だよ」
勇者の言葉通り、二人とも迷っていました。自分達がそんな大事に関わって良いのか、魔王と争ってまで得たいものがあるのか、実力が伴っているのか、悩む理由を挙げたらキリがありません。
「あたし達と一緒に魔王と戦えば、多くの人の助けになるわよ」
迷っている二人を後押しするために発せられたアナベラの言葉は、二人の性格を知っているだけに的確なものでした。
「待て。簡単に流されるのはお前達の悪い癖だ。落ち着いてからもう一度考えるべきだ。死に急ぐ必要はない」
「その狼、使い魔だったの?」
思いもよらない存在の声に驚いたせいで、会話が一度中断されました。そして、沈黙に包まれている間、狼の言葉に思い留まった二人は改めて考えていました。
「俺達、故郷に帰ったら殺されるかもしれなくて、逃げるように旅を始めたんです」
「皆さんは死ぬことが恐ろしくないのですか?」
かつては人助けのために考えなしに行動できましたが、戦いには死が伴うことを知ったせいで、自らの意思で死地に向かう覚悟があるのか、死の恐怖に打ち勝つほどの戦う理由を見出せるのか、二人は思い悩んでいました。
「ええ、もちろん恐れなどあろうはずもありません。主を信じさえすれば、神のおわす国に行くことができるのですから」
二人の疑問に答えるかのように、聞きなれぬ声が偏った思想とともに会話に混ざりました。
「女神様!?」
「聖女様!?」
「お久しぶりですね、狼。ついに入信の決心がつきましたか?我らが主は、畜生にも門戸を開かれていますよ」
乱入者の女性、メアリは曇りのない瞳で一連の発言を述べました。
「お前が混ざると紛らわしくなる。今は離れたところで話そう」
狼が乱入者を連れてその場を離れたため、また会話が中断されました。
「私は死にかけたところを助けられた身。一度死にかけた以上、あってないような命、恐れなどない」
狼とメアリが離れたのを確認すると、何事もなかったかのように、エブールが会話を元の流れに戻しました。
「そうですね、女神様の信徒である私も死など恐れません」
「私も、死後は神の国での幸せな暮らしができると信じていますので」
聖女神教会の信徒である二人も死を恐れていませんでした。
「あたしは言ったことあるかもしれないけど、もっと強くなるため、強さの証明のため、その途中で死んでも、あたしの実力不足だから受け入れるつもり」
アナベラからはストイックな回答が返ってきました。
最後に、勇者は顔から微笑みをなくし答えました。
「僕は既に多くを殺し、多くの知人を殺されている。今更死にたくないって言えるほど、この手は綺麗じゃない」
全員の答えを聞いても、二人が納得できるものはありませんでした。
勇者一行の返事を踏まえ、思い悩んだ二人は結論を出しました。
「すみません、私達は二人で旅を続けることにします。言葉にすると情けないのですが、アルテュールさんやオドレイさんを見て、死ぬことが怖くなってしまって。だから、すみません」
「あら、残念ね」
「本当にすみませんでした」
「謝らなくていいのよ。私がそんなことで失望するはずないでしょ。それに、こういったことはあたし達みたいなのに任せればいいのよ」
少し残念に思いながらも、アナベラはフォールとの別れを受け入れていました。
「せめて最後にもう少しだけ話しましょう。今生の別れかもしれないしね」
勇者一行について行かない決断をした二人は、旅立ちを意識し始めていました。
フォールとアナベラの二人は、別れの前に心行くまで話していました。
「私達の生まれた里は…」
「ドワーフの国に行ったときは…」
「この国に来る前に立ち寄った村では…」
フォールは故郷や立ち寄った地の思い出を語りました。
「あたしは魔法使いばかりの里で生まれて…」
「あなた達と別れてから少しして勇者と会って…」
「あたし達が倒した魔王軍の幹部、鋼鉄のガギンゴギンは私の水と炎の魔法で…」
アナベラも故郷や戦いの日々を語りました。
「私達が暮らす場所を見つけるまで、どうか死なないでください」
「もちろん。私は世界で一番強い魔法使いよ。簡単に死なないわ。魔王軍との戦いの思い出話をお土産に、いつか会いに行くわ」
二人はいつかの再会を誓っていました。
「最後に一つだけいいかしら?」
「いいですよ」
「じゃあ、敬語とさん付けをやめて頂戴」
「わかりました。あっ。えっと、分かったよ。じゃあね、アナベラ」
「フォール、またいつかね」
別れは何度も経験したはずなのに、涙を零しながら、フォールは別れを告げました。
勇者一行と別れた二人と一匹は次の目的地について話し合っています。
「フォールがアナベラさんと話している間にヒイロ達といろいろ話したんだけど、ここから南東に行ったとこらへんにエブールさんの故郷があるんだって。あ、エブールさんっていうのは馬の顔をした人のことね」
「へえ、いいんじゃない。行ってみようよ」
「それにしても、フォールはアナベラさんとお別れだけど大丈夫?」
「大丈夫。生きてさえいればきっといつかまた会えるから」
こうして次の目的地も決まったところで、いつの日か再会できることを夢見る二人と一匹の旅はまだまだ続きます。




