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ドワーフの国

 リッタの失礼な言葉に少し憤りながらも、ドワーフは三人との会話を続けていました。

「それにしても、お前達は丁度良い時期に来たな」

「何が丁度良いの?」

「それはだな、もうすぐ髭剃りの儀があるからだ」

「「「髭剃りの儀?」」」

 ドワーフが告げた儀式の名前に聞き覚えがなかったため、三人は同じような疑問を抱きました。三人が疑問に思う様子を見たドワーフは、さらなる説明を加えました。

「髭剃りの儀っちゅーのはな、王様があの山に住む火の神様に髭を捧げる儀式のことだ」

「髭を捧げるなんて珍しい儀式ですね。そんなの習わなかったな」

「そうか?髭は神聖なものだからな、それを捧げりゃ神様も喜ぶんだよ」

「なんで髭が神聖なの?」

「さあ?考えたこともなかったな」

 フォールは巫女として修業をしていた時には聞いたことのない儀式が気になり、リッタは髭を特別視する文化自体を疑問に思っていました。フォールとリッタ、それぞれが抱いた疑問に答えるかのように、狼の声が聞こえてきました。

「そう不思議な話ではない。古来より髪の毛には魔力が宿るとされている民間伝承は多く存在する。お前達が会った魔女が長髪であったことや、魔法や呪術を使う際の触媒やお守りとして髪の毛が使われる話などがその一例だ。ドワーフにとってその役割を担うのが髭というだけだ」

「なんだよ、あんた…姉ちゃん、俺より詳しいじゃねえか。とにかく、そんな感じで髭を捧げて鍛冶や鉱物の採掘、他にも普段の生活がうまくいくことを祈るって感じの祭りだな」

「面白そう!俺達も見学してみようよ」

 このような経緯で、一行は馴染みのない文化で行われる祭事に参加することになりました。


「ちなみに、泊まる宿はどうするつもりだ?よかったらうちに泊まるか?」

 見学するためにも、まずは宿を探そうと考えていた三人にとってこの提案はまさに渡りに船でした。

「いいんですか?ありがとうございます」

「よし、じゃあついてこい。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はヴァレリオ。よろしくな」

「疑うことを…まあよい」

 何か言いたげな狼を置き去りにしながら、この国を訪れて最初に出会ったドワーフが親切だったおかげで、この国での滞在は順調に進んでいました。


 三人が旅の荷物を置かせてもらうためにヴァレリオの家を訪れると、家の中から彼の妻と思しき女性が現れました。

「おかえり、早かったね。あれ、お客さん?」

「え、髭?」

「ちょっとリッタ、失礼でしょ。すみません」

 リッタが驚くのも仕方がないことでした。家の中から現れた女性は、その顔には似合わない髭を生やしていたのです。

「外から来た人はびっくりするよね」

「かーっ。子供にはうちのかみさんの髭の良さがわからねえか」

 ヴァレリオは主にリッタをからかうための反応を見せましたが、彼の妻は慣れた様子で三人に理解してもらうために説明を続けました。

「私達ドワーフは髭が好きというか、大事というか、大人の証というか、とにかくそんな感じなの。だから髭が生えてないと舐められちゃうのよ、毛の生えていないガキだって」

 ドワーフの美醜の価値観が自分達の価値観と大きく異なっているため、三人ともあまり理解できませんでした。

「そうなんですね。それじゃあ、オドレイさんのことはどう見えますか?私達からしたらすごく綺麗な人だなって思うんですけど」

「フォールちゃん上手だね、照れちゃう」

「うまく言えねえけど、いい出来の剣を見ているみたいな感覚だな。まあ、女としては見てねえな」

 オドレイはその返事に少し驚き、そして思い出を懐かしみながら、思わず言葉をこぼれさせました。

「一応、褒められてはいるのかな」


 改めて荷物をヴァレリオの家に置いた一行は、ドワーフの国を見て回るために再出発しました。

「じゃあこの国を案内してやるから付いて来な」

 ヴァレリオはそう言いましたが、この国にそれらしい観光資源はありませんでした。あるのはなんの変哲もない多くの家々、しかし、たった一つだけ、この国には素晴らしいものがありました。

 雄大な活火山、それは国の真ん中に聳え立ち、美しく、荘厳で、一目見ただけですべての人が圧倒されます。

「どうだ、すげえだろ。あれがデュポン山だ。あの山は少なくとも俺らのご先祖様が住み始めた時には既にあったらしいぞ。時々噴火するのが玉に瑕だが、鉱物資源がいろいろと取れて、俺達の生活を支えてくれる、本当にありがたい山だ」

 その場にいた全員がデュポン山を眺めていました。彼らは、価値観も、育った環境も、種族も、ありとあらゆるものが異なっていましたが、その山を美しいとする感性だけは共通していました。

 その後は鍛冶場などを見て回りながら色々な話をし、ヴァレリオの家に帰り、魚介にパスタなどのおいしい料理を食べた三人は、翌日に備えて眠りにつきました。


 一夜明け、髭剃りの儀が始まる日がやってきました。

「今日の昼頃から始まるから楽しみにしてろよ」

「噂だと、剃った髭を火口に投げ入れているらしいけれど、そこまでは見に行けないからね」

 ヴァレリオとその妻、グレタの解説で三人はより興味をそそられますが、なかなか儀式は始まらず、今か今かと待ち侘びて過ごしていると、にわかに屋外が騒がしくなりました。

 二人はその声に慌てて外に出ると、王様と数名の護衛が山を登り始めている様子が見えました。他のドワーフよりも幾分華奢な王様は、立派な髭を蓄え、己の使命を果たすために山の頂上を見据えています。

「フェデリコ様ー、無事に戻ってきてくださーい」

 王様を見送るために多くのドワーフは声援を送り、その声に背中を押された王様の姿はだんだんと小さくなり、ついには見えなくなりました。

「どのようになったら儀式が成功なのですか?」

「さあ?儀式が終わって、良さそうだったらそれを祝って飲んで、悪そうだったら嫌な気を吹き飛ばすために飲んで騒ぐんだけだからな。成功とか失敗とか考えたことねえや」

 答えにもなっておらず、飲みためのきっかけが欲しいだけではないか、三人はそう呆れながらも口には出しませんでした。

「とりあえず今日は山の中腹より少し上にある山小屋に泊まって、明日の昼頃に火口に到着して、夜に戻ってくる予定らしいから、それまではのんびりしてな」

 残された彼らは王様の帰還を待つほかないため、ゆっくりと過ごすことになりました。


 待っている間に鍛冶の体験などをしながら過ごしていると、王様が帰ってくる予定の夜がやってきました。そして、帰ってくるときを心待ちにしながら晩御飯を食べていると、唐突に轟音が鳴り響き、慌てて外に出た彼らが目にしたのは、火口から立ち上る煙でした。

「山が噴火していますけど、儀式は成功ですか?」

「さあ?そんなことより王様は無事か?」

 想定外の事態に驚きながらも外に出た彼らは、夜の闇に紛れて山を下りる人影を目撃しました。

「あれって多分王様だよね?私は暗くてよく見えないんだけど、二人は見える?」

「俺は見えましたけど。フォールも見えた?」

 リッタの言葉にフォールは頷きました。夜の闇の中、フォールとリッタの二人が目にしたのは、儚げな少年のような姿をしたドワーフ、その正体は先日まで蓄えていた立派な髭を失った王様でした。

「そうか、見えちまったか。きっとお前達が見たのは、髭を剃られた王様の御姿だ。見ていられない、お労しい御姿だろ?」

 ヴァレリオがため息をつきながらこぼした言葉の意味を、二人はうまく理解できませんでした。なぜなら、夜の闇の中に見えた王様の顔立ちは、明らかに美形だと形容されるべきだと思えて仕方なかったからです。


 王様のことが気になっていた二人は、考えがまとまっていませんでした。

「巫女と騎士よ、気になるのであれば会いに行けばよかろう」

「会えるかな?」

「王様、基本的に民のお願いを断らないからな。多分会えると思うぞ」

 そうして、あれよあれよという間に事態は進行し、気が付くと三人と一匹は王様と謁見をすることになりました。


「作法とか知らないんですけど大丈夫ですかね?」

 緊張した面持ちで謁見の間を訪れた三人は、華奢なドワーフの御尊顔を美しいと感じ、やはり前日のヴァレリオの言葉が気になっていました。

「あまり顔を見せたくはないが、民の頼みとあらば仕方あるまい。それで何用だ」

「国民じゃないけどね」

「ドワーフのみなさんは髭を大事にしていると聞きました。しかし、髭がないだけでそこまで醜いとされるほどですか?王様の顔は美しいものだと思うのですが」

 王様は自分とは異なる価値観で褒められても嬉しそうな素振りを見せず、己の立場の不幸を憂いていました。

「価値観の違いだ。この国に暮らすものはみな己の肉体と髭に誇りを持っている。執務で忙しく、鍛冶や採掘を許されない身分である私は、民と比べるとどうしてもひ弱な肉体になってしまう。だからせめてと伸ばした髭を剃った直後はどうしても気が滅入るのだ」

「それならば、どうして王の立場を捨てないのですか?」

「言い伝えだが、以前、王の地位を捨てようとした者がいたらしい。その者が髭剃りの儀を執り行わなかった翌日、かつてない噴火が起こり、多くの民が犠牲になった」

 俯きながら先祖の恥ずべき過去を語った王様は、堂々とした態度で三人に向き直りました。

「だから、私は逃げ出すことなど決してしないのだ。私一人の犠牲で済むのならば耐えよう。それに、この立場も悪くない。こんな醜い私をのことを、皆が慕ってくれるのだ。この国に暮らす民がそう思ってくれる限り、彼らを守るためにできることをするまでだ」

 自分を犠牲にしてでも国に暮らす民を守ろうとするその覚悟に、三人とも水を差すことはできませんでした。しかし、フォールだけは、辛い境遇から逃れずに立ち向かえる心の強さに複雑な感情を抱いていました。

「すごいですね」

 嫉妬と後悔の気持ちを乗せたフォールの称賛を最後に、謁見の時間は終わりを迎えました。


 帰ってきた三人を迎えたヴァレリオは、王様のことを気にかけていました。

「帰ってきたか、王様はなんて言ってた?」

「こんな自分を慕ってくれてうれしいって」

 そんな端折った説明でも、王様の偉大さはヴァレリオには伝わっていました。

「あんな姿になってまで俺達のためを思ってくれるなんて、やっぱすげえお方だな」

 王様の覚悟に感動したヴァレリオがいる一方で、フォールは自己犠牲に納得できていませんでした。

「自分の姿が嫌になるくらいなら、髭へのこだわりを捨てればいいのに」

「そんな簡単な話ではあるまい。基本的にヒト属に限らず交尾の目的は種、もしくは子孫の繁栄だ。子孫が子をなすために、己が暮らす文化圏で好まれる異性を選択して交尾するのは当然のことだ。髭に対するこだわりを失わせるためには、この国全体の文化を変える必要があるが、そのようなことは到底叶わぬ」

「それならば髭を剃ることを強要されなければあんな思いをしなくて済みますよね。どうして彼らの尊厳を踏みにじるようなことが要求されるのでしょう?」

「巫女よ、気になるのならば要求した者に直接聞けばよかろう」

「「「え?」」」

 こうしてフォールの愚痴をきっかけに、火山に暮らすとされている火の神に会いに行くことが決まりました。


「ごめん、私旅に慣れてなくてちょっと体調悪いかも」

 山に登る当日の朝、オドレイが体調不良になったことによって、急遽二人と一匹で登ることになりましたが、二人の入山は特に制限されませんでした。頻繁に噴火しており、ドワーフにとって神聖な場所にも関わらず、制限なく普通に見送られたことに少し驚きながらも、二人は何を聞くべきか考えていました。

「神様なんてほんとにいるの?前の国ではそれらしいのなんて居なかったし」

「作法は習ったものと同じなんでしょうか?」

 どこかずれた疑問を頭に浮かべながら、二人は一歩一歩山頂に向かっていました。

「火口に近づくことは危険ですよね?すごく暑そうですけど大丈夫なんですか?」

「溶岩に触れたら熱いが、標高の影響で気温はむしろ低い。それよりもガスと気圧に気を付けるべきだ」

 狼の忠告に従い、高山病を防ぐために一泊してから登った二人は、特に何も問題なく火口付近に到着しました。

「着いたけど、ほんとにいる?」

「いるのじゃ。それで何をしに来たのじゃ、人好きの狼。まあ、お主の相手は他の奴らよりかなりマシじゃから構わぬが」

 気配も音もなく、気が付くと老人のような話し方をする幼い見た目の女性のドワーフが現れました。

「お願い申し上げます、王様のためにもあのような儀式をやめさせていただけないでしょうか?彼はとても辛そうでした。彼のためにもお願いいたします」

 火の神を目にしたフォールは、かつての自分と似た境遇で異なる覚悟を持った王様を尊敬しているのか、憐れんでいるのか、嫉妬しているのか、自分のことを理解できないまま、反射的に懇願の言葉を述べていました。

「ちょっと待った。俺達は理由を聞きに来ただけで、止めさせに来たわけじゃないだろ。確かに王様は辛そうだったけれど。勝手に止めるのは王様の覚悟に失礼だと思うよ」

「あの儀式の理由を聞きに来たと、そんなの儂の好みじゃないからじゃ」

 火の神として崇められるドワーフは、儀式を止めるつもりが無いとでも言いたげにフォールの懇願を無視し、言葉の意味があまり理解できなかった二人に対して、好みじゃないという言葉についての詳しい説明を続けます。

「髭の生えたガタイが良い男よりも、髭の生えていない華奢な男の子が好きなのじゃ」

「この雌はドワーフにも関わらず、ドワーフらしからぬ美醜の価値観を抱いて生まれたのだ」

「大変だったのじゃよ。顔が良い男を王に仕立て上げて、肉体労働ができないようにしたおかげで丁度良い肉体になり、顔が良い男と女で交わらせたおかげで好みの容姿になり、もっと堪能するために髭を剃らせたのじゃよ。つまりあの儀式は単に儂好みの男を作るためのものじゃ」

 様々な者の尊厳を踏みにじる行為を悪びれない態度に、フォールの心には怒りが沸き上がっていました。 

「けれど王様は傷ついていました」

「これでもマシになった方なのじゃ。週一ぐらいに剃らせてた男は気が狂ってしまってのう、年一程度で我慢してるのじゃよ」

 フォールの怒りを浴びても、ドワーフは罪悪感を抱いていないかのような態度を変えることはありませんでした。

「かつては儂もこの国に住んでいたのじゃ。その頃に望んでもいない子作りをさせられたのじゃから、儂を守らなかったこの国にやり返すついでに少しくらい良い思いをしてもいいじゃろ」

「だからってそんなの、あんまりじゃないですか」

「お主、儂の同類じゃろ?その狼の巫女ということは生贄じゃな。儂は国の繁栄のために意志を踏みにじられた。お主は恋人に守られたからそんな偽善が言えるだけじゃよ」

 かつては自分の境遇を嘆いており、今はその役割から逃げ出したことに罪悪感を抱いているフォールは、何も言い返せませんでした。 


 二人と一匹は何も解決することが出来ないまま、山を下りました。

「どうだった?」

「私達の力じゃ、どうしようもできませんでした」

 帰ってきた二人を迎え入れたオドレイにも明るく返事をすることができず、諦めの感情とともに吐き出されたフォールの言葉は、この国における滞在の終わりを意味していました。


 この国に暮らすドワーフの価値観を否定するつもりもなく、火山に暮らす火の神を打ち倒すことも現実的ではなく、何もなせないまま旅立つことを決めた三人は、別れの準備を進めていました。

「お二人とも、本当にお世話になりました」

「ヴァレリオさん、いろいろとありがとう。グレタさん、ご飯美味しかった。それじゃあ、またいつか」

「すみません、看病とかいろいろありがとうございました」

「おう、こちらこそ楽しかったぞ。またいつでも来いよ」

「美味しかったのならよかった。三人ならいつでも歓迎だからね」

 お世話になった人達との別れの挨拶を済ませた二人には、多くの人達との、そしてオドレイとの別れが近付いていました。

「これ以上二人の旅に付いて行っても迷惑かけそうだし、私はここでお別れしようかな。二人ともありがとう」

「そうなんですか。その、お世話になりました」

「寂しくなります。…ルディもなんか言いなよ」

「そうだな、生殖本能とは、種の存続のためにすべての生物が持つものだ。体には気を使え」

「…?ああ、そっか。失っただけだと思ってたけど、得たものもあったんだ」

 テールデジュを出たときは悲しみによって占められていた彼女の心の中には、それ以外の感情が沸き上がっていました。

「せめて国の近くまでは送ったほうがいいですか?」

「ありがとう、お願いしても良い?あの国で生きていくためにも、仕事をしてお金を稼がなきゃね。それから、最後に一つだけお願いしていい?」

「もちろん」

「どうか、彼、アルトゥールのことを忘れないで」

「分かりまして。アルトゥールさんと一緒に、国を守るために戦ったことは決して忘れません」

「第一印象がアレだから、俺も忘れないと思います」

「ありがとうね、二人とも」

 二人の思い思いの励ましに笑顔になったオドレイを引き連れて、三人と一匹は国に向かって行きました。


 オドレイを無事に国まで送り届けた二人は、次の行き先について話し合っていました。

「無事にオドレイさんも送ったし、次どこ行こっか」

「そういえば、この間、新聞を読んだときに知ったんだけれど、勇者と魔王ってのがいるらしいよ」

「へー」

「それで勇者が魔王軍の四天王を倒したらしくて、そのお祝いをするらしいから、それを見に行くのはどうかな?」

「いいじゃん」

「そうか、次の目的地はエレツークにするのか」

 こうして次の目的地も決まったところで、自分達の知らない価値観を学んだ二人と一匹の旅はまだまだ続きます。

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