腹違いの妹を離れにと義父が勧めてくるんだけど、離れに入ったは妻の母でした。
「マリリン・・・来月、離れに女性を入れる事になる」
「私が妊娠したからですか?」
「それは関係ない」
私は一通の書状をマリリンに渡す。
それはマリリンの父親からの手紙だった。読み進めるごとに険しくなっていくマリリンが哀れだった。
私達の結婚も政略結婚だった。
会ったのも結婚式が初めてだっので、勿論愛はなかった。
女性にとってはとても辛いものだったろうと思う。
それでもマリリンは私を必死で受け入れ、私に尽くそうとしてくれている。
マリリンに尋ねたことはないが、仄かな愛が私達の間にあると私は思っている。
「お父様はどうして、揉め事の種を我が家にまで持ってくるのでしょうか・・・」
「私もそう思うよ」
「父に会ってこようと思います」
「私も一緒に行くよ」
「申し訳ありません・・・」
マリリンを引き寄せ、頭にキスを一つ落とした。
「お父様。お久しぶりでございます」
「久しいな」
今に始まったことではないが、この親子の会話には寒々しいものを感じる。
どちらにも愛を感じられない。
「早速で申し訳ありませんが、この書状に書かれている、愛妾の娘をこちらに呼んでいただけますか?」
「しかし・・・」
「愛妾の娘にも意向があるでしょう。本人に確認を取らねばなりません」
「わかった」
部屋に入ってきたのはマリリンと血が繋がっているとは思えない程、似通った部分のない女の子だった。
「初めてお目にかかります。モンロー伯爵家の子、ナルミアと申します」
マリリンは向日葵のような女性だが、ナルミアというこの子はダチュラの様に全身に毒を持っているような子だった。
「申し訳ありませんが、モンロー家から女性を入れる事はできません」
私が断ると、伯爵とナルミアは同じ表情をした。
よく似た親子だ。
「お父様、我が家には不要な揉め事は必要ありません」
「女は黙っていなさい」
マリリンが唇を噛む。
ナルミアが嬉しそうにニヤついたのを私は見逃さなかった。
「マリリンの言う通りです。もう一度言いますが、もし女性を入れることがあったとしても、モンロー家からはお断りいたします」
「そんなことを言わないでやってください。ナルミアはフランク殿のことを慕っているそうなんだ」
「だったら尚更お断りいたします。私はマリリンと穏やかな愛を育んでおります。そこに劇薬は必要ありません」
伯爵が一度ナルミアと二人で話したら気持ちも変わるかもしれないと言ってこの場に私とナルミアを残して、マリリンの二の腕を掴んで連れ出した。
「わたくし、本当にフランク様をお慕いしているのです。どうぞわたくしの心受け取ってくださいませ」
「きっぱりお断りいたします。貴方がマリリンにしたことは知っています。マリリンを蔑ろにする貴方も、伯爵も大嫌いです。では」
「ちょっと待って下さい!!マリリンお姉様が嘘をついているのです!!」
私はナルミアを無視した。言うべきことはもう言った。
マリリンが心配ですぐに立ち上がり、廊下に出た。
モンロー家の執事がドアの側に立っていた。
「フランク様、こちらです」
そう言ってマリリンがいる場所へと案内してくれた。
伯爵が手を振り上げ、マリリンを叩こうとしている場面で、私は走ってマリリンを庇った。
伯爵が振り上げた手は私の背中を叩いた。
「はっ・・・申し訳ない・・・」
慌てて謝罪する伯爵を許せないと思った。
「私の妻を叩こうなんて愚かにもすぎる!!ナルミア嬢のことはきっぱりお断り申し上げる!帰ろうマリリン」
「フランク様。母を・・・」
執事がマリリンの母を連れてくる。
「一緒に連れ帰ればいいのか?」
「お願いしてもいいですか?」
「勿論だ」
マリリンの母は前に会った時より痩せて窶れていた。
執事が急いで母親を我が家の馬車に乗せ、メイドが二人、一緒に乗り込む。
大きなバッグが積み込まれ、執事も乗り込むと私達の乗るところが無くなった。
マリリンと顔を見合わせると後続にモンロー家の馬車が着き、その馬車に乗るよう御者に言われた。
雰囲気に呑まれて、慌てて乗り込むと前の座面には荷物が一杯詰め込まれていた。
どうなっているのかマリリンに尋ねるが、マリリンもよく分かっていないと言う。
多分、伯爵の扱いが酷いのではないかと予想した。
馬車での速度とは思えないスピードで馬車は直走った。
時折小石などを踏んで跳ねた時、目の前に積まれた荷物が崩れそうになり、私とマリリンは馬車に乗っている間荷物を押さえていた。
我が家に帰り着いた時、皆がぐったりとしていたのは言うまでもない。
マリリンの母親には客室に入ってもらい、メイド二人と執事には使用人部屋を与えた。
旅の汚れを落として一息ついた翌日、モンロー家の全員が集まり、私が来るのを待っていた。
多勢に無勢な気がするのは気のせいだろうか?
マリリンの母親が私に謝罪を述べる。
「フランク様、この度は無理にお邪魔してしまい申し訳ありません」
「いえ、お気にせず。事情を伺っても?」
「はい」
話し始めたのは執事だった。
マリリンが嫁ぐ少し前、伯爵が一人の愛妾を連れ帰り、離れに入れた。
その愛妾には娘がいて、伯爵の実子だという。
伯爵は本邸には寄り付かず離れで暮らしていたが、マリリンを嫁に出してからは本邸に乗り込んできて、愛妾とその娘ナルミアが妻を虐めるのを楽しそうに眺めていたのだという。
伯爵とは呼ばれていても、入婿で何の権限も持たないが、男性という力で妻を抑え込んだ。
何度か叩かれるうちに、叩かれる恐怖で言いなりになってしまったという。
「ナルミア譲と私はどこかで会ってましたか?」
どこで会ったのか思い出せず、尋ねる。
「多分、見かけただけだと思います」
「そうですか」
「こちらはモンロー家の押印です。今までは私と執事で細々と伯爵家を動かしていましたが、フランク様にモンロー家をお願いしたいと思います」
「えっ?」
「夫にこれ以上好き勝手にさせるわけに行きません。どうか、モンロー家の面倒を見て下さい」
「私の一存でどうにかなる話ではありませんよ」
「陛下には許可を取っています」
「へっ?」
間の抜けた声が出てしまって少し恥ずかしい。
「陛下はモンロー家が無くなるのは惜しいことだが、娘が嫁に行ったならば仕方ないと。フランク様に委細任せると。こちらがその書状です」
「えぇぇ・・・」
「フランク様、お願い!!」
「陛下に一度お会いしてくるよ」
「ありがとう」
「お義母様達は離れに入られますか?ここでは落ち着かないでしょう?」
「よろしいのですか?」
私は少しおかしくなって笑った。
「ええ。モンロー家から離れに女性を入れることになっていましたから」
皆、顔を見合わせ一拍置いてから笑った。
その後、モンロー領も私が代理で領内を治めることになった。
これから生まれる子供達の誰かにモンロー領を譲り渡すことになる。
マリリンの父親は愛妾とナルミアで本邸で好きにしていたが、価値のあるものは前々から王家に預けてあったため、困窮し、餓死する一歩手前でマリリンに助けを求めてきた。
父親を平民が住むより少しマシな程度の家を与えて、飢えないように食品と、料理とメイドを兼業できる者だけを入れている。
愛妾とナルミアはマリリンの父親に愛想を尽かしたのか、いつの間にか居なくなっていた。
マリリンは四人の子を産み、三番目の子がモンロー家の跡を継ぐことになった。
END