マリリンはフランクを出し抜いた
「マリリン・・・来月、離れに女性を入れる事になる。準備を頼む」
マリリンの諦めた顔は私に向けられることがないまま「解りました」と答えた。
マリリンに離れの準備をすべて任せて今回離れに入ることになったコルチェ・ジスタービアの元へと通う。
「嫁いでくる準備は終わったのかい?」
コルチェは私が度々来るのが嫌なのだろう。私の問には答えずお茶を口に含んでいる。
「私のもとに来るのが嫌なら断ってくれていいんだよ。無理強いはしたくないからね」
「断ってもいいと言いながら本当に断ったら我が家はどうなるのです?」
「それは私にはなんとも。私が差し伸べる手を振り払うのならその先のことは君にも想像がつくだろう?」
コルチェが嫌そうにしているのが残念でならないが、あと少しでこの女が手に入る。
ベッドの中でコルチェがどんな風になるのか想像しながら全身を舐めるように見ると、コルチェが身を震わせた。
「どうしたんだ?」
私はクスクス笑いながら尋ねた。
「なんでもありません」
コルチェを迎えるまであと一週間。
いつものようにコルチェのご機嫌伺いにジスタービア家をうかがう。
珍しくコルチェに笑顔で迎えられる。
「今日はご機嫌麗しいようだね」
「ええ。とってもいいことがあったの」
「それはそれは。その内容を教えてもらっても?」
「勿論。フランク様にも関係のあることなので来られるのを首を長くして待っていました」
「ほう。なにかな?」
「フランク様に嫁ぐのを止めることにしました」
「は?では私への返済はどうされるつもりなのかな?」
「ショア。お願い」
ジスタービア家の執事が私の目の前に小切手を一枚置く。
そこには私への返済金額を少し上回った金額が書かれていた。
「これは・・・どういうことかな?」
「お借りしていた金額を全額お返しします」
「どうやって金の工面を?」
「それはフランク様には関係ないことですわ」
「その小切手をお渡しいたしますので、お借りした借用書をショアに渡していただけるかしら?」
私はジスタービア家を早々に追い出され、ショアが我が家の馬車の後ろを馬に乗って追いかけてくる。
ショアを屋敷に招き入れ話を聞きたくて座るよう席を勧めるが「結構です」とすげなく断られてしまう。
「借用書を」
仕方なくジスタービア家の借用書を取り出し、ショアに渡す。
「本当にこれだけの金額をどうやってかき集めたんだ?!」
「それは当家の問題。借用書がすべて揃っていることを確認いたしました。こちらは小切手でございます。ご確認くださいませ」
俺はショアから小切手を受け取り金額もその小切手が本物であることも確認した。
「では失礼いたします」
部屋から出ていくショアに付いて玄関まで見送る。
マリリンも客を見送るためか玄関まで出てくる。
「では失礼いたします」
「ああ」
手に入れたと思っていたところをぬるりと逃げられてしまった。
手に感触があるだけ逃してしまったことが惜しくてならなかった。
「マリリン、離れの準備は必要なくなった」
「そうですか」
「予定していた人が来れなくなったんだ」
「残念でしたわね」
「いや・・・そんなことはない。私はマリリンを愛しているからね」
「そんな嘘ばかりよくつけるものですね」
「嘘じゃないさ」
マリリンを抱きしめようと伸ばした手は空振ってしまう。
「マリリン?!」
「離れに女性を入れようとしたのですもの。私以外に目移りしたということで間違いないですわね?」
「いや、あれは向こうが困っていて助けようとしただけなんだよ」
「ふっふっ。嘘ばっかり。ジスタービア家が、コルチェ様が嫌がっていたことは知っていますよ。私が何も知らないなんて思っては駄目ですよ。これにサインをいただけるかしら?」
「なんだ?」
渡されたのは離婚届。
「マリリンどういうつもりだ」
「元々私も借金の形で嫁いできたんですもの。新しい方を迎えようと思うくらい私を堪能したのでしょう?ならもう私は必要なくなったということでしょう?」
「な、何を馬鹿なことを言っているんだ」
「本当のことを話しているだけではないですか。今回フランクが女性を入れることになったと父に話したところ。父からすべてを聞きました。私がなぜこの家に嫁ぐことになったのか。そして詳しい契約内容も知りました」
「馬鹿なことを言うんじゃない。私は離婚なんかに応じないぞ」
「あら、でもフランクが新しい女性に興味を持つようになったら離婚できるという取り決めがありますでしょう?だから離婚に応じないのは契約違反になりますよ。出るとこに出ますか?」
「それは・・・」
私が手を伸ばさずにいるとマリリンが追い打ちをかけてくる。
「離婚届にサインを」
「拒否はできませんよ。そういう契約ですから。政略結婚だとは思っていましたがまさか借金の形で取引されているのだとは思いもしませんでした。せめて人間扱いをされたかったですわ」
マリリンは私に背を向け部屋から出ていこうとする。
「待て!」
「なんでしょう?まだ何か用がおありで?」
「今日まで育んできた私たちの愛があるだろう?!」
「そんなものはありませんよ。私はフランクを愛したことなど一度もありません。勘違いなさらないでくださいませ。サインを」
マリリンが私の側までやってきてペンをとり私に差し出す。
「愛したことがない?!」
「なぜ愛されていると勘違いしたのかわたくしには理解できませんわ」
早く受け取れとペンを目の前に突き出される。
私は震える手でペンを受け取って、投げ捨てた。
「サインなどしない!!」
「愚かだこと」
マリリンはそう言って部屋から居なくなった。
一人残された私はただうなだれるしかなかった。
マリリンはその後すぐ実家へと帰っていった。
数日後、離婚届にサインするかサインしないなら契約不履行として罰せられるかの二択だと宮廷の契約書を管理する部署から通達があった。
ここで離婚届にサインしないと爵位を落とされたり、労役の処罰を受けることになったりすることになる。
私は嫌々ながらも離婚届にサインするしかなかった。
まさかこんな結末を迎えるとは思っていなかった。
契約を取り決めたときは新しい女ができたときにいつまでも居座られるようなことがあってはたまらないと思って契約書に盛り込んだのが徒となった。
私の悪評が噂になり、私と再婚しようとするものは当分現れないだろう。
このまま結婚できず子供が産まれなかったらこの家は取り潰されてしまう。
私は頭を抱えた。
マリリンはフランクに嫁ぐ時、父に「子供だけは絶対に作るな」と言われた。
私は理由は解らないものの真剣な顔をして話す父の言葉に頷いてフランクのもとに嫁いだ。
急な政略結婚だった。
それまでは大好きなエリオットと結婚することを夢見ていたどこにでいるただの少女だった。
初夜もきつく目をつむり相手はエリオットだと心の中でつぶやきながら初夜を終えた。
それからも抱かれる度エリオットと心の中でつぶやきながら早く終われと我慢し続けた。
結婚して一年半。父の言う通り子供を作らないよう細心の注意を払っていた。
フランクに「マリリン・・・来月、離れに女性を入れる事になる。準備を頼む」と言われた瞬間は歓喜の叫びを上げそうになった。
フランクの関心が私から遠のくことに神に感謝するほどに嬉しかった。
父にそのことを手紙で告げると直ぐに遊びに帰ってくるようにと返事が帰ってきた。
取るものも取り敢えず急いで実家へと帰るとフランクと父の間でかわされた契約書を見せられた。
「お前がフランク殿が嫌なら今が離婚できる」
「当たり前じゃないですか!!当然離婚いたします!!今日まで私がどれだけ耐えてきたと思っているんですか?!」
「すまない。不甲斐ない父で本当にすまない。エリオットはこんな日が来るかもしれないと言って結婚せずにお前を待っていてくれている」
「うそっ!」
「本当だ」
「エリオット・・・!!」
エリオットの顔を思い浮かべ泣きそうになりながらも今はまだ泣くときではないと言い聞かせフランクのことを調べ上げた。
ジスタービア家のことは直ぐに調べがついてジスタービア家と私の個人的な契約を交わした。
ジスタービア家のコルチェ様がどうなろうと私の知ったことではなかったのだけれど、フランクの被害者を出すのも後味が悪かったのと、私の一年半の予算で立て替えてあげられる金額だった事もあって、フランクが私のために用意したお金をジスタービア家に貸すことにした。
ジスタービア家とは少しずつ返済して貰う約束になっている。
まぁ、返してもらえなくなっても私の懐が痛むわけでもなかったので助けることにした。
ジスタービアの執事が帰っていったときのフランクの顔を見てジスタービア家にお金を貸してよかったと思った。
愚かなことにフランクは離婚届にサインせず、私は王宮の文書管理部へと契約が履行されないと訴えでた。
ジスタービア家は事実を文書管理部へと伝えフランク側に落ち度があると確認を取ったあと、フランクへと離婚届にサインするように通達してくれた。
フランクのサインがある離婚届に私もサインしてその場で提出した。
その場でエリオットとの婚姻届を出しても良かったのだけれど、外聞もあるからとエリオットに説得されて三ヶ月の期間を空けることになった。
三ヶ月が経ち、エリオットとの婚姻届にサインして二人で届け出る。
エリオットの手を離して約二年。
私はエリオットの妻になった。
今日はもう泣いてもいいと自分に許すことにした。
涙がポロポロとこぼすとエリオットが優しく抱きしめてくれた。




