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100と無限の僕ら  作者: 秋ノジン
序章
1/1

「リンゴ」


「なぁ、リンゴって何色かわかるか?」


人間、獣人、亜人、宇宙人、異界人etc…

ある日、突如異次元と現世が交わり、世界が彼らの存在を認めるも、そのどれもが曖昧(あいまい)で、よくわからないまま、早くも10年の時が経とうとしていた。

世界は混沌の中にある。

ここでは、何が起こっても不思議ではない。


「は?赤じゃないのかい」


この出来事は「不思議」の内にはいるのだろうか。


「ばっかだなー」


ケタケタと笑いながら、片手にあるリンゴを繰り返し投げている青年が隣に、正確には少し上に座っていた。

立ち並ぶビルに反射した夕日に照らされ、リンゴがいっそう赤く見えた。


「僕には赤色に見えるけどね、君は違うのかい?」


僕よりも幼く見える彼へ、当然の質問をする。

けれど彼はリンゴを見つめていて、僕に話しかけているくせにちっともこっちを見ない。


「リンゴは赤いだなんて、そりゃ海は青いとか言ってるのと同じだぜ?」


「海は青いだろ」


「はぁー…」


彼はため息を溜めずに吐いた。

それと同時に風が吹いて、彼が着ているアンバーカラーのロングコートを揺らしはじめた。


「なら…」


「言っとくけど、空がーとか、光がどうとかの話じゃないからな」


言おうとする前に遮られてしまった。

どうやら僕が思っていたのとは違ったようだ。


「じゃあどんな話なんだい」


まったく失敗した、いつもならこんなヘマはしないのにな…。

今さらながら、僕は公園のベンチで電子書籍を読んでいたんだ。

それで集中していたせいか、声をかけられるまで彼の存在に気付かなかった。

読書中に邪魔をされるのは好きじゃない。

でも鳥のさえずりや街の音なんかは好きなんだ。

だからこうして来ているのに…。

これなら来るんじゃなかったと後悔しながら会話を続ける。


「リンゴは本当に赤いのかって話さ」


「話が見えないな」


「だろうなぁ…」


リンゴを見ながら馬鹿にして笑うように彼は言った。


「なんなんだよ、さっきから…からかうなら他を当たってくれないか」


「からかうって?あはは!それはこっちの台詞(セリフ)だぜ兄弟!」


「やめてくれ」


彼はしばらく涙が出るほど笑って、やがて笑いを飲み込みながら話を続けた。


「はぁ、はは…いやぁ、本当さ!俺達からしたら、くだらない冗談にしか聞こえないんだよ」


「俺達…?なんのことだ」


「面白がってる奴もいるけど、俺はどうも笑えないんだ」


「おいって、きいてるのか!」


どうも話が噛み合わないことに苛立(いらだ)って、つい大きな声を出してしまう。


「うるさいなぁ…きいてるよ」


まるで叱られて機嫌が悪くなった子供のような態度で、彼は僕を慰めるように言った。


「ならちゃんと説明してくれ」


「説明してやりたいんだけど、それはできないんだ、悪いな」


「ど、どうしてできないんだ」


 彼は肩をすくめながら答える。


「順番ってやつさ」


「…順番?」


「ああ、今のままじゃ、聞いても混乱するだけだからな」


「そんなの、聞いてみなきゃわからないだろ、頼む、教えてくれないか」


いつの間にか彼との会話を望んでいる自分がいたことに驚いた。

けれど、なぜかあの時は無性に理由を知りたくて仕方がなかった。


「本気か?」


心臓が止まったような感覚だった。

それが言葉のせいなのか、彼の()()瞳のせいだったのかはわからない。

あの時、時間も何もかもが無くなって、自分が誰かも忘れてしまいそうな、無限のような瞬間。

今でもあの感覚だけはよく思い出せずにいる。


彼は無邪気に微笑んで言った。


「順番って言ったろ、それにまずは自分で考えた方がいいぜ」


視界が暗くなり、日が傾いたことに気が付く。

そして、もう別れの時間だとも。

結局教えてもらえないのかと思うと、少し残念な気分になった。


「リンゴの色もわからずじまいなのか」


「そんなことないさ、よくみりゃわかるよ、考えな」


リンゴは何色なのか。


「それなら、君の名前は?」


「知ってるだろ?」


ずっとリンゴを投げたりしながらベンチの背もたれの上に座り、本来腰を下ろすはずの所に足をおいている彼は誰なのか。

その時、空を見つめる瞳が一瞬輝いた。

彼の瞳は琥珀(こはく)色だと、ただそれだけしかわからなかった。


「いや、わからないな」


彼の名前?もちろん聞いたことなんてない。

本当に聞いたことがないか、もう一度考えるが、ヒントすら出てこない。


「有名人なのか」


「どうだろうな」


「サインとか…」


 彼は呆れたように乾いた声で笑った。


「はっ、そんなのねーよ」


妙な空気が一瞬流れて、今度は彼から口を開いた。


「…色なんてお前らが勝手にはじめたことなんだよ、どうだっていいのにさ」


「それって…」


「お、そろそろ時間だな」


また(さえぎ)られてしまった。


「時間って?」


 彼は端が黒くなりつつある空を見上げて、不貞腐(ふてくさ)れたように言う。


「頼まれたんだよ、時間稼ぎってやつさ、まったく…」


「なんの…時間稼ぎなんだ」


 鳥のさえずりや街の音は消えていて、静かなはずなのに酷く耳鳴りがする。


「お前らに呆れちまった奴がいてさ、そいつを説得するための、時間稼ぎ」


彼は面倒くさそうに言った。


「だ、大丈夫なのか?」



アンバーカラーのロングコートに琥珀色の瞳。完璧な青年の姿。

しかし、それがむしろ奇妙だ。

━━━今思うと、彼は人ではなかったのだとわかる。



「なぁ、人は何色だと思う?」


急に聞かれてとっさに


「さ、さぁ…」


と答えると彼は足を揺らしながら言った。


「複雑だからなー」


彼はベンチから立ち上がると、独り言のように言った。


「けどそこがいいんだよ、その複雑さは俺達にはねぇからさ」


 あっけにとられていると、彼がリンゴを投げてきた。


「やるよ」


彼がこちらを見て、ふと笑う。


「じゃあな」


 空の端に消えていく夕日を追うように、彼は去っていった。


『いやー!隕石が落ちてくるなんて1ヶ月ぶりですけれども、今回は予測できなかった!ということで、えーしかしね!何者かが隕石を消してくれたようですね~!いったい何者でしょうね~、どうですダブァグナさん』


『ナ!』


『最近噂されているサムライなんじゃないか!なんて言われていますけども、どうでしょうね~』


『ナ!』


『気になりますね~!えー番組では今回の隕石消滅に対するコメントを募集しております!送り先は…─』


あの後、世間では消滅した隕石とサムライのニュースで持ちきりだった。

僕はあれからも、あの場所の、あのベンチで彼にまた会えるんじゃないかと、ほんの少し期待しながら電子書籍を読んでいる。

鳥のさえずりや街の音。

最近は口笛なんかも聞こえてきて、日々この街の変化を実感する。

まるで彼と僕だけしか存在していないような、あの時を思い出しながら。




「なぁ、リンゴの色が何色か、人はいったい何色なのか…あんたはわかるか?」




彼と彼らが出会う、少し前の記憶。

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