吸血鬼の還暦祝い
吸血鬼の老夫婦が旦那の誕生日ディナーを楽しんでいた。
部屋の隅には執事の老人が立っている。
老人はガタガタと震えていた。
そろそろフルコースは締めの「ワイン」の時間だ。
『ワイン』。吸血鬼達は人間の血をそう呼ぶ。
吸血鬼の男の年齢は60歳。男の年齢も60。この吸血鬼の夫婦は人間に友好的だが、もしかしてがあるのではないかと気が気ではない。
(……60の祝いと言えば『アレ』だよな)
「どうした?執事よ。震えているな」
「……いえいえいえいえ。なんでもありませぬ」
「そうか?お前がここに仕えてもう一週間。お前はもう私達の家族の様なものだ。調子が悪いなら遠慮なく言えよ?」
「そうよ」
やはり杞憂かと男がホッと胸を撫で下ろすと吸血鬼婦人が立ち上がった。
「そろそろ「ワイン」の時間ね。あなたの生まれ年のワインを用意してあるの」
「えっ!?」
(生まれ年って事は……)
「執事。ワインセラーにいらっしゃい。「手伝って」頂戴」
「……はい」
男は自分の肉体のどこかしらに欠損が生まれる事を覚悟した。
吸血鬼は一度に大人の腕一本分程の血を吸う。
地下のワインセラーに連れて行かれ、どこかしら。例えば腕を切断され皿に乗せられた自分の腕に吸血鬼が齧りつく。
想像しただけで失神しそうになるが、多くの人間が吸血鬼に監禁され血が無くなるまで何回かに分けて吸われる。それよりはマシだと男は覚悟を決めた。
・
「うん。深い味だ。私もこのワインの様に深い男になりたいものだ」
吸血鬼はワインを全て飲み干した。
「……旦那様。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう!」
血の気が引いて倒れそうだったが何とか自分の部屋まで倒れずにたどり着けた。
肌に鋭い爪をめり込ませ、長い牙を挿入して肉を咀嚼しながら血を吸う吸血鬼の食事風景は壮絶なものだった。
泣こうが喚こうが血を吸い尽くすまで終わらない。
「……血が足りない。ああ気持ち悪い。気持ち悪いよぉ」
(……医者を呼んでくれぇ)
吸血鬼の寿命は驚くほど短く。
吸血鬼における60才は人間でいうと一歳だという事を男が知るのはまだ先の話である。




