最後の証言者
〈最後の証言者〉
証言者 息子
「あなたはこの被告の関係者ですか?」
「はい。僕は被告の関係者です。」
久しぶりに聞く我が子の声だった。
「それではあなたはいつ、被告の関係者になりましたか?」
「私は生まれた時にお父さんと関係者になりました。」
そう言われた瞬間、息子が生まれてきた時の事が頭の中に蘇ってきた。
未熟児だった息子は生まれてすぐに保育器の中に移された。何の知識も無いまま出産の立会いをしていた私の中では、赤ちゃんは生まれたら泣き声をあげるものだと思っていたが、息子にはそれが無かった。慌ただしく医師が動き回る中、邪魔だったのか私は病室の外へと追い出されてしまった。心配になりながらも、心のどこかでは
(大丈夫。きっと大丈夫だ。)
と、自分に言い聞かせていた。再び病室に呼ばれたのはそれから十分後の事だった。
「旦那さん、来てもらえますか?」
という看護婦さんの声で私は急いで病室へと戻った。そこには数名の医師と、保育器の中に入っている小さな赤ちゃんの姿があった。
「息子さんは生まれてきた時、息をしていませんでした。でも、今はちゃんと呼吸をしているので大丈夫ですが、念の為病室を移動しますね。」
思いもよらない医師の言葉に私は言葉を失った。しかし医師に任せる事しかできない私は不安になりながらもその後を着いて行った。病室を出る時に見た妻の不安げな顔を私は今でもはっきりと覚えている。そして息子は母親のいる部屋とは別の、保育器という名のとても小さな部屋の中で、沢山の管を付けながら一生懸命生きていた。
出産を頑張った妻。未熟児ながらも一生懸命に生きる息子。その時私は何もしていない自分を責めた。無力な自分が嫌になった。しかし、そんな時支えてくれたのは妻だった。だから妻には感謝している。もちろん生きる楽しみを与えてくれた息子にも。その時私は改めて家族というものを大事に思えた。
息子を初めて抱く事ができたのはそれから一カ月してからだった。遅くなったが、少し大きくなった息子を抱いた時、私の目には涙が溢れてきた。嬉しかった。妻も本当に嬉しそうな笑顔で笑っていた。
(ありがとう。)
私は心の中で呟いた。
それから息子は元気に育っていった。私は息子の成長を見られるだけで毎日が幸せだった。そして、抱きかかえる事ができないほど大きく育っていった息子はもう、小学五年生になっていた。
「証言者。本当はあなたにはもっと早く証言させなければいけなかったんですけど、遅くなって申し訳ありません。でも、ちゃんと私なりに考えがあっての事ですので許しを願いたい。」
そう言って死神は息子に頭を下げた。
「いいえ。全然気にしていませんから。」
そう言って息子は死神に頭を上げる様に促した。
「ありがとうございます。では、神の審判に戻りますが、あなたがたは血の繋がった親子です。なので、このような裁判の形式ではなく、二人で話してみてはいかがですか?」
死神はそういうと指を鳴らした。証言台が消え私と息子の間には何も障害が無くなった。
「話をしてもいいのか?」
私が尋ねると死神は
「もちろん。これがあなたの息子さんに送る償いであり、あなたに贈る餞別です。」
と答えた。私は急いで息子に駆け寄った。そして力いっぱい抱きしめた。
「お父さん、痛いよ。」
息子の言葉に私は慌てて手を緩めた。
「すまん、すまん。まだ痛いか?」
「もう大丈夫だよ。」
「そうか、悪かったな。背、また伸びたんじゃないか?」
「あんまり変わらないよ。」
「学校は楽しいか?」
「うん。でも勉強は嫌いだけどね。」
「彼女はできたのか?」
「お父さん、僕まだ小学生だよ。彼女なんていないよ。」
久しぶりに交わした親子の会話だった。尽きる事はなかったが、息子から突然話を切り出してきた。
「お父さん、僕も聞きたい事があるんだ。」
「そうか、ごめんな。お父さんばっかり喋ってたな。なんだ?聞きたい事って?」
「・・・。」
息子は少し言葉を詰まらせた。
「なんだ?何でも聞いていいぞ。」
そう言うと意を決した様に口を開いた。
「なんでお父さんは死んじゃったの?」
それは、先程私が自分の両親に話した第一声と何も変わらなかった。私はそれに答える事ができなかった。
「何で?何でなの?」
「ごめん。」
私には謝る事しかできなかった。
「お母さんも、お父さんが自殺したから死んじゃったんだよ!」
ショックだった。自分では分かっていたのだが、息子に言われ、周りの事を何も考えず自殺した事をまた後悔した。目からは涙がこぼれ落ち
「すまなかった。本当にお父さんがバカだった。」
私は心から謝罪した。
「でもな、お母さんはまだ助かる。だから、お父さんの代わりにお前がお母さんを支えてあげなきゃダメだぞ!」
「本当に?お母さんは死なないんだね?」
「ああ、本当だ。だからこれからは二人で生きて行くんだぞ!」
私は自分がいなくても二人が幸せならそれで良かったのだ。だが息子は急に暗い顔になった。そして
「二人で生きて行く?そんなの無理だよ。」
と言った。
「何でだ?もうお父さんは生き返る事ができないけど、お母さんは助かるんだぞ!」
「・・・。」
息子はまた声を詰まらせた。そして少し黙って話し出した。
「だって、お母さんが死ななくても、僕が・・・。僕が死んじゃうんだもん。」
私は絶句した。




