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契約者

   〈契約者〉


「さあ、全ての証言が終わりました。これで神の審判も終わりです・・・と、言いたい所ですが、あなたには契約者もいますねぇ。本来なら関係者の証言が終わってあなたの逝く場所を告げないといけないんですけど、契約者がいる以上まだ終わらせるわけにはいきませんねぇ。

申し訳ないんですけど、契約者が来るまでちょっと待ってもらえますか?」

死神はそう言うと指を鳴らした。すると死神の後ろに椅子が現れ、振り返りもせずに座った。

「まだ終わってないですけど、どうですか?少しは自分のした事が分かりましたか?」

私はまた何も言えないでいた。しかし死神は私の気持ちを感じ取ったらしく、それ以上は何も言ってこなかった。だが、こうして黙り込んでいる時間があまりにも長くて、私の方から死神に話かけてしまった。

「契約者っていったいなんなんだ?」

その質問に少し困った表情をしていた。そして少し考えて言った。

「今の時点であまり詳しくは説明できませんが、契約者とは関係者みたいなものですよ。証言台に立って証言もしてもらいますし・・・。

先程までの関係者はあなたの自殺が原因になって関係者になった人が多かったですね?」

わたしは頷いた。

「これから来てもらう契約者とは、あなたの自殺が原因ではないんです。

むしろ、あなたが自殺する原因を作った。だから契約者になったと言っても過言ではない。そうでもないと契約者にはなれませんからねぇ。」

「自殺する原因?」

私には全然心当たりが無かった。困惑する私に死神は言った。

「あなたにも契約者になる資格はありますよ。それはあなただけじゃなく、全ての自殺者にその資格があります。

それと、私はあなたに一つ嘘をついていた事があります・・・。」

死神は少し申し訳なさそうに言った。

「嘘?」

「はい。私は一番最初の証言者の時、あなたにこの人間の死ぬ運命は決められた事だから変えられないと言いましたね。実はそれは嘘なんです。

契約者になったら絶対にとは言えませんが、あの人間を救う事ができます。

ただし、全ての人間を救う事ができるわけじゃありませんよ。既に死んでいる人間は助ける事ができません。それに、救う事ができるのは一人だけです。」

その言葉に希望が生まれた。

「それって、もしかして妻も助けることが出来るのか?」

「もちろん救う事ができます。まだ死んではいませんからね。

ただ、奥さんが自殺するまでそんなに時間は残っていません。あっちの時間で後一分・・・。ここの時間で言えば後二日位ですね。」

後一分・・・。後一分で妻が自殺してしまう。いつの間にかこんなにも時間が過ぎていたなんて・・・。

だが、まだ二日時間がある。二日もあれば、余裕で間に合うだろう。

「死神!私は契約者になる。だから妻を救ってくれ!」

「そんなに焦らないで下さい。まだ契約者について説明できていません。それに、あなたが契約者になるには神の審判が終わってないとダメなんですよ。

まあ、あなたの契約者が来るまでは話が進みませんから、今のうちに説明しておきましょうか。」

私は今すぐにでも契約者というものになっても良かったのだが、ここで何も言っても変わらない事が分かっていた。さっきまでの裁判もそうだったからだ。

それに、神の審判が終われば妻を救えるのだ。ここで言い争って時間を使ってしまうのがもったいない。ここは素直に死神に従っていた方がいいと思った。

「わかった。じゃあ早く説明してくれないか。後、二日しかないんだろ?」

「そうですね。でも、あなたが助けるのはまだ奥さんと決まった訳じゃない・・・。」

死神はそう言ったが私の気持ちは決まっていた。

「先程も言いましたが、契約者になれば、人間の命を救う事ができます。ただ、条件が幾つかあります。

一つ目は、契約を結んだ時点でまだ生きている人間である事。既に死んでいる人間は生き返る事は出来ないですからね。

二つ目は、救う人間があなたの関係者である事。分かっていると思いますが、あなたの自殺が原因でこれから死ぬ運命になった者しか救う事ができないという事です。全然係わりの無い人間の運命を勝手に変える事はできません。

三つ目は、救える命は一つという事です。救いたい人間が複数いようとも、誰か一人だけしか救う事ができません。

ただし、この条件には注意しなければいけない事があります。たとえ今命を救って助かったとしてもニ度目は無いという事です。

あなたが契約者になって奥さんを助けたとしても、もう一度自殺をしてしまった場合は助ける事ができません。

救うのは一人、一つ、一度きりだけです。

でも、ほとんどいませんけどね。私も死神になって長いですけど、そんな人間を一人しか知りません。

そして、四つ目。この条件が一番あなたに関係ある事ですから、聞き逃さない様にして下さいね。四つ目は契約者になった者が逝くのは地獄。ただし、再生されることのない地獄です。人間はどんな罪を犯そうが地獄で罪を償い続けると生まれ変わりが認められ、新しい命が与えられます。

しかし、契約者の場合は、生まれ変わる事もなく地獄で一生罪を償い続けなければなりません。

言っておきますが、地獄という場所はあなたが思っている以上に恐ろしい場所ですよ。」

一気に話したせいか、死神は一息ついた。そして言った・・・。

「あなたの契約者とは、あなたの両親です。」

私は愕然とした。

(契約者が父と母?)

困惑してしまった私を見て死神は言った。

「驚きましたか?でも忘れていただけで、あなたが自殺した原因の根本はそこにあるんじゃないんですか?」

自殺した原因なんて、いろいろありすぎた。

だから何が原因かなんて分からなかったし、両親のせいなんて思ってもいなかった。

いや、本当は分かっていたのかもしれない。だが、あの楽しかった思い出を壊したくなくて考えない様にしていたのだ。

「来ましたよ、あなたの両親。いえ、あなたの契約者が。」

振り返ると、そこには私の父と母が立っていた。私の記憶の中にある、あの頃と何も変わらない父と母の姿だった。

「お父さん!お母さん!」

気が付くと、私は父と母のもとに駆け寄っていた。

「お父さん、お母さん!会いたかったよ・・・。ずっと!」

そんな私の頭を父は優しく撫でてくれた。母は私の体をギュッと、抱き寄せてくれた。そして

「ごめんね、ごめんね・・・。」

と何回も謝った。その目からは涙が流れていた。

「本当にすまなかった。まさか、こんな事になるなんて・・・。」

父も目に涙を浮かべていた。

「何で!何で二人とも死んじゃったんだよ!」

私もまた泣いていた。

しかし、悲しかった訳じゃない。嬉しかった。もう死んでいるとはいえ、ニ度と会う事のないと思っていた父と母に会えた事が本当に嬉しかった。

「いろいろ大変だったんだよ!」

「分かってる。」

「ずっと、独りだった。」

「ごめんなさい。」

「結婚したんだよ。」

「うん。」

「子供もいるんだよ。」

「うん。うん。」

話したい事がいっぱいあった。成長し、大人になった私を見てもらいたかった。父と母が知らない三十年間を知ってもらいたかった。

だが、父と母は全部分かっている様で、ずっと私の話を聞きながら、優しく包んでくれていた。それだけで私は幸せだった。まるで自分が子供の頃に戻った様だった。

あの頃よりも、家族らしい家族の姿がそこにはあった。そして三人だけの会話も尽きる事は無かった。しかし、その時間も長くは続かなかった。死神が会話に入り込んできたからだ。

「もうその辺にしませんか?だいぶお話もできたでしょう?久しぶりの家族の会話はどうでしたか?」

死神は私の方を見ながら言った。しかし、その目をすぐに父の方へ向け、

「どうも、契約者さん。お待ちしておりました。そして・・・お久しぶりです。」

と言った。

「ああ。また会う時が来るなんて思っていなかった。」

そう言った父は悲しげな表情をしている。

私には父と死神の関係が分からなかった。

「お父さんは、死神の事を知ってるの?」

「ああ。昔、ちょっとな。」

父の口からは答えが聞けなかったが、すぐに死神が話し出した。

「今更、隠す事も無いでしょう?もうあなたが契約者である以上、どうせ知らなきゃいけないんですから。

私は昔、あなたの父親が自殺した時に神の審判を担当しました。」

(父も神の審判を受けていた?)

私は死んでから何も分からないまま神の審判という、あの裁判を受け、全てを理解しないまま結果が下されるのだけを待っていた。まさか、そんな裁判を父も受けていたなんて考えつかなかった。

しかし、死神が最初に言っていた言葉を私は思い出した。


「死神は死んだ者には用はないと・・・。

それは違います。私たち死神は死んだもの、いや、自ら死んでいった者。そう、あなたみたいな自殺者にこそ用があるのです。」


(自殺者にこそ用がある・・・。それは、自殺した人はみんな神の審判を受けているという事か?じゃあ、お母さんも?)

私は横に立つ母に聞いた。

「もしかして、お母さんも神の審判を?」

母は泣きながら頷いた。

「そうです。あなたの両親は二人ともかっ身の審判を受けています。ただし、私が担当したのはあなたの父親だけで、あなたの母親は別の死神が担当しましたけどね。

しかし、二人ともそれぞれの意思で契約者という道を選んだ。何故だか今のあなたには分かりますよね?」

「わ、私を救うため?」

「そうです。あなたを救う為!あなたに生きてほしいと願った為!二人は契約者になる事を望みました。そして一生生まれ変わる事のない地獄の日々を、今も過ごしているのです。」

私は両親の気持ちなど分かっていなかった。二人が死んだ時は悲しかった。でもいつの間にかそれが恨みに変わっていた。

しかし、父と母は死んでからも私が生きる事を一番に望んでいた。

私は何も分かってはいなかったのだ・・・。

「しかし、両親が契約者になったのにあなたが自殺してしまったのは何故か。

本当は救われる命だったはずなのに、何故あなたはこの場所にいるのかお分かりですか?」

(そうだ・・・。私はもう死んでいる。父と母が自分を犠牲にしてまで救ってくれたはずなのに、私は自殺を選んだ。

いったい何故?契約者になったとしても、必ず助かる訳じゃないのか?)

私は妻を助けたいと思っていた。いや、もう決めていた。しかし、もしそうだとしたら・・・。私が契約者になる事に意味があるのだろうか?死神の言葉を信用して一か八かの賭けをし、それでも妻が自殺してしまったら・・・。しかし、もう死んだ命。その賭けに乗るのも悪くはない。

様々な思い、考えが頭の中を駆け巡った。

「死神、一つだけ聞きたい。」

「はい。なんでしょう?」

「私が契約者になったら、妻が助かる可能性はどの位なんだ?」

「なんだ。そんな事ですか。もし契約を結ぶのであれば現時点では確実に救う事ができます。」

私の予想とは違う答えに驚いた。

「絶対に助かるのか?」

「はい、絶対です。今なら電車に飛び込む前に考え直させる事ができるでしょう。」

「じゃあ、何故?何故私は死んでいる?」

私は死神の言葉にある矛盾の答えが知りたかった。騙されていると思っていた。

「何故あなたは死んでいるのか・・・。その質問はさっき、私があなたにした質問ですよ。分かりませんか?よく思い出してみてください。ご両親が自殺してからの事を。あなたがまだ子供の時の事を!」

死神は答えを言わなかった。

(子供だった時の事?)

私は忘れかけていた子供の時の記憶を精一杯思い返した。



両親が自殺した後、私は父方の伯父の家で生活していた。そこでの生活は私にとって居心地の良いものではなかった。別に伯父が嫌いな訳ではないのだが、優しく接してくれる伯父を私は避けていた。優しくされるのが辛かったのだ。今思うと、本当に申し訳なかったと思っているが、まだ子供だった私は自分の事を考えるので精一杯だった。

学校生活も私にとっては苦痛でしかなかった。転校した先の小学校でも、人と関わる事を避けていた私には一人も友達がいなかった。同級生は休み時間になると、昨日のおもしろかったテレビの話や、放課後にどこで遊ぶかなど話をしていたが、私の周りには当然だが誰一人寄りつこうとはしなかった。クラスの中でも異質な私の事を、みんなは気持ちの悪い物を見るかの様に見ていた。だからといって、いじめられていた訳ではない。いじめどころか誰も私を相手になどしてくれなかった。居ても居なくてもどちらでも良かったのだ。両親が死んだのに、何故私だけが生きているのか?私の生きている意味は?

毎日そんな事ばかり考えていた。そして卒業式の日。私は・・・。

そうだ。全部思い出した。何故今まで忘れていたのか・・・。あの日、学校から下校した私はお風呂に入りながら、伯父の使っていた剃刀で手首を切った。手首から流れ出してくる血が、湯船に溜まったお湯を赤く変えていった。それを見ながらそのまま私は気を失った。

(これで・・・一緒の場所に・・・。)


その時は、なかなかお風呂から出てこない私の様子を見に来た伯父がそれを見つけ、急いで応急処置をとり救急車を呼んだおかげで一命を取り留めた。

意識が回復した私は自殺をはかった事など忘れていた。何故病院のベッドの上にいるのか、伯父から話を聞くまで分からなかったし、聞いてからも自分が自殺をはかった事に実感がわかなかった。その事だけが、すっぽりと記憶から無くなっている様な気がした。退院した後も、私の生活に何も変化はなく、ずっと独りで殻に閉じこもっていた。それは私が高校生になっても同じだった。そして私はもう一度、自殺をした・・・。


「全部、思い出したよ。私は、ニ度も自殺していた。その時に本当は死んでいるはずだったんだ・・・。でも、お父さんとお母さんがいたから、契約者だったから助かったんだ。」

「そういう事です。自殺の記憶が無かったのはご両親が契約者になってあなたを救う事を望んだからです。自殺願望者が死にきれないと、また自殺をしちゃいますからね。その事を思い出す事なんて普通は無いんですけどね・・・。

しかしあなたは一度ならずニ度までも自殺をはかりました。そして、ご両親の願い通り、生き延びる事ができたのです。しかし、あなたは更に死ぬ事を望んだ!」

「・・・。」

「あなたのご両親は契約を結んでしまいましたから、もう契約解除はできません。これからまた地獄で自殺という罪を償ってもらいます。」

「私は、父と母を犠牲にしただけだったのか?」

「そうです。」

「私が契約を結んで妻を助けたとしても、もし自殺してしまったら、それも意味の無い事になってしまうんだな?」

「そういう事です。」

「結局、絶対助かるとは言い切れないんじゃないか!」

「少なくとも今は助ける事ができます。その後の事は本人次第。ですが、普通はそこで自殺しようという意思は無くなるんです。あなたの場合は特別と言えるでしょう。だって、私はあなた以外知りませんもの。先程言った、そんな人間を一人しか知らないっていうのは、あなたの事だったんですよ。」

「!」

「死神経験は長いですけど、あなたが最初です。ですから、再び自殺をするというのはほぼ無いでしょう。

ですがあなたはまだ契約を結んでいませんから、別に無理に契約者にならなくていいんですよ。それに・・・。」

「それに?」

「もう一人関係者が残っています。あなたが契約者になるのか、それともならないのか。決めるのはそれからの方がいいと思います。」

「まだ残っていたのか・・・。」

「はい。これで本当に最後になります。じゃあ、早速呼びますよ。あなたの奥さんの命ももうすぐ尽きようとしている。」

妻が死んでしまったら選択肢は無くなってしまう。今の私には一か八かの賭けになろうとも、妻を救いたいという思いが残っていた。ここで時間を費やしている暇は無いのだった。

「じゃあ早く呼んでくれ。こんな裁判、早く終わらそう。」

私はそれがすぐに終わるものだと思っていた。だが、私の考えは甘かったのだった。

「そんなに早く終わりますかね・・・。」

死神はそう言って最後の証言者を呼んだ。

「では最後の証言者、前に来なさい。」

死神がそう告げると、私の目の前に真っ白なドアが現れた。そしてそのドアの取手が回り、扉がゆっくりと開いていった。扉の向こうに立っていたのは私の本当の関係者と言っても良いだろう。それに、私にとって最も大事な人物だった。そこに立っていたのは私の、たった一人の息子だった・・・。


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