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神の審判


   〈神の審判〉


「証言者は順番に証言台に立ちなさい。」

死神がそう告げると、私の目の前に突然証言台が現れた。そして一人の男がゆっくりと前に出て、そのまま証言台の方へと歩いて行った。証言台に立った男は、今まで下げていた頭を上げて私の方を見た。歳は三十代後半から四十代前半・・・私と同じ位だろうか。じっと私の目を見続けたまま瞬き一つしない。何度見ても、いくら考えても、私の記憶の中にこの男の存在はなかった。気味が悪くなった私は目を逸らした。


  証言者 サラリーマン


「あなたはこの被告の関係者ですか?」

死神が尋ねると男が暗い声で話し出した。

「はい。私はこの男・・・被告の関係者です。」

その男は視線を私から死神の方へ向けた。

「それではあなたはいつ、被告の関係者になりましたか?」

「私は被告が線路に飛び込んだ瞬間から関係者になりました。」

(線路に飛び込んだ瞬間?自殺した時から私と、この男は関係者になったというのか?)

私には意味がわからなかった。

「私は被告が自殺した時、駅のホームにいました。あの日は大事な取引があったので早めに家を出て電車を待っていたんです。でも、被告が線路に飛び込んだせいで電車が止まってしまい、復旧の目途もたたず、当初の予定が狂ってしまいました。

遅刻なんてしたら取引がダメになる。そう思ったので、急いでタクシー乗り場まで走りましたが、もうタクシー乗り場には順番を待つ人で溢れていました。

結局、私がタクシーに乗り込んで取引先に到着した時には、すでに約束の時間を過ぎていて・・・私は責任をとって会社を辞めさせられました。わ、私には借金があるのに・・・。今会社をクビになったらこれから先、どうやって生きていけばいいのか・・・。」

「それは大変でしたねぇ。」

「私は謝りました!必死に!土下座までして謝ったんです。でも、駄目でした・・・。」

「なるほど。それで被告を憎んでいると?」

「はい、許せません。」

死神は先ほど取り出した紙の束に目を通して話した。

「そうですか。それが原因であなたはこれから一週間後に自宅で首を吊って自殺をする。この未来にも間違いないですね?」

「はい、間違いありません。私は一週間後に自殺します。それもこれも全部あいつの責任です!」

そう言うと男は私を睨みつけた。目が合った瞬間、私はまた男の視線から逃げるように顔ごと逸らした。

私が自殺しなければ、この男は死ぬことはなかった・・・。突然付きつけられた現実に言葉を失った。

(これからこの男は私と同じように、自分で自分を殺す・・・。)

そう思った時、その言葉に妙な違和感があった。

(一週間後に自殺する?じゃあ、今の時点でこの男は生きているのか?まだ生きているなら何故この場所にいるのか?ここはあの世ではないのか?)

何が何だかわからなくなった私は死神に聞いてみた。

「死神、ちょっと聞きたいんだが。」

「はい。なんですか?」

「この男は、これから自殺するのか?」

「そうですよ。本人も言ってたじゃないですか。この人間は今から一週間後に首を吊るんです。」

「じゃあ、今はまだ生きてるんだな?」

「そういうことになりますねぇ。それが何か?」

「ここはあの世じゃないのか?どうして生きている人がここにいるんだ?」

「そんな事ですか。それは簡単な事ですよ。ここにいるのは彼らの魂。少し時間を借りて足を運んでもらいました。」

「ちょっと待て!今魂がここに来ているならその人は、いや、ここにいる人達はみんな魂が無い状態でどうしてるんだ?」

「それなら大丈夫ですよ。ここの時間は人間が生きている世界と違ってゆっくりと時を刻んでいるんですよ。

そうですねぇ、例えばあなたがここで一時間を過ごすとしましょうか。あなたにとっては長い一時間に感じるかもしれませんが、あなたが生きていた世界では一分位しか経過していません。

もしも、神の審判が長引いたとしても、ほんの数分意識が無くなっているだけですから。

ただし、全員が生きている訳ではありません。この中にはもう死んでいる者もいます。その者の場合、関係ないですけどね。」

「そうなのか。だけど、もしまだ生きているなら、どうにかしてこの人が生きていける様に出来ないのか?」

「それは無理です!この人間の死はもう決められた事。それを変える事など不可能です。」

責任を少なからず感じていた私は、もしかしたらこの男を救う手があるのではないかと思い聞いてみたのだが、無駄だった。

「証言者、最後に言い残した事はありませんか?」

死神が問いかけると男は声を震わせながら言った。

「あ、あんたさえいなければ・・・お、俺は死ななくて済んだんだ!」

そう言うと男の姿は一瞬にして消えた。目の前には証言台だけが残されていた。私は一気にいろいろなものを背負った気がして、疲れ切っていた。そしてその場に座り込んでしまった。

「大丈夫ですか?まだ一人目ですよ。まだ何百人といるんですから。」

死神は紙の束をペラペラとめくりながら言った。

「おい、その紙には何が書いてあるんだ?」

私は始めから気になっていた事を聞いてみた。

「これですか?これにはいろいろな事が記されていますよ。あなたやここにいる人間のプロフィールから今まで生きてきた人生、そして未来もここには記されています。」

「そんな事がわかるなら、いちいちこんな裁判なんてしなくてもいいじゃないか。」

「やっぱりそう思いますか?稀に、本当にごく稀にですけど間違った情報が載っている事があるんですよ。だから私は一人一人に真実を聞かなければならない。それもルールなんです。

さあ、そろそろ再開しましょうか少し落ち着いたんじゃないですか?」

そう言って死神は証言者を呼んだ。次に証言台に立ったのは二人組の今時の女子高生だった。


  証言者 女子高生二人


「あなたたちはこの被告の関係者ですか?」

「はーい。私はこのおじさんの関係者でーす。」

一人がそう言うともう一人も言った。

「私もー、このおっさんの関係者でーす。」

あからさまに面倒くさそうな態度をする二人に、私は少し怒りを覚えた。

「それではあなたたちはいつ、被告の関係者になりましたか?」

「私たちはこのおじさんが線路に飛び込んだ時に関係者になりましたー。でもー、別に恨んでなんかいませーん。」

「私も別に恨んでなんかいませーん。あの日、テストがあったから学校に行くのが超めんどくさくて、サボろうか二人で話してたんだよねー。」

「そうそう、そしたら運よく知らないおっさんが線路に飛び込んでくれて!電車が止まってくれたおかげでテスト受けなくて済んだから超ラッキーだったよねー。」

「ねー。前の日も遊んじゃってー、勉強なんてしてなかったから、誰だか知らなかったけどおじさんに感謝したよねー。」

「でもさ、それってウチらの日ごろの行いがいいからじゃん?」

「それ、言えてるー。」

「てかさ、ここに居るのも意味わかんねーし。」

私は唖然とした。

(人が死んでいるのにこんなバカみたいな奴らも私の関係者になるのか?)

まだ楽しそうにムダ話している二人に死神が告げた。

「最後に、被告に対して言い残した事はありませんか?」

「別に、言い残した事なんてないけど、とりあえず、おじさん助かったよ!」

「本当マジで感謝してるよ。死んでくれて、ありがとう!」

そう言って二人は消えていった。


「死んでくれてありがとう・・・。」

その言葉はとても重かった。

(結局、私の命なんてそんなものか・・・。)

今の二人のおかげで、生きていた私には存在意義なんてなかった事を改めて思い知らされた。

「ありがとうですって。良かったじゃないですか、感謝されて。」

と、死神は冷たく言い放った。そして休む暇もなく次の証言者を呼んだ。


  証言者 若い女 

「あなたはこの被告の関係者ですか?」

「はい。私はこの男の関係者です。」

「それではあなたはいつ、被告の関係者になりましたか?」

「私はこの男が線路に飛び込んだ瞬間に関係者になりました。」

今までと何ら変わりない会話が交わされていた。

「私はあの日、お母さんの病気が悪化したとの連絡を受けて病院へ急いでいました。でも、電車が止まってしまって・・・。」

女の声は震えていた。

「私が病院に着いた時にはもうお母さんは、わたしのお母さんは・・・。」

そう言うと、その場に泣き崩れてしまった。

「お母さんは、亡くなる直前まで私の名前を何度も呼んでいたって・・・病院の先生が教えてくれて・・・でも私はその場に行けなくて・・・。何も出来ないけど・・・最後に顔を見せてあげたかった・・・もう一度、生きているお母さんに会いたい・・・。」

女は憔悴しきっていた。

「証言者、最後に言い残した事はありませんか?」

死神がそう女に告げると

「私はあなたを死んでも許さない!一生恨んでやる!」

そう言って女は消えていった。

「あなたは、いろんな人間から恨まれているんですねぇ。」

ニヤつきながら死神が言った。

だが、私は腑におちなかった。

「おい。今の女が母親の死に目に会えなかったのは、全てが私のせいか?」

「と、言いますと?」

「母親が死んだのは私のせいじゃない!病気のせいだろう!それを会えなかったからといって恨まれる覚えもない!」

全部が私のせいにされている気がして納得いかなかった。ここにいる人全員が私に憎しみを抱いている・・・そんな気がした。しかし、感情的になった私を対照的に死神は冷静に言った。

「さっきの人間の母親が死んだもともとの原因は病気だったかもしれません。しかし、あなたが自殺したことであなたと係わった人間の人生が変わっていると、最初に言いましたよね?

つまり、間接的ではありますけど、あの人間の母親が死んだのはあなたのせいなのです。」

「な、なにをバカな!私はあの女の母親になんて会った事もない!しかも病気で死んだのに、それが私の自殺のせいだって?そんなの詐欺と一緒じゃないか!」

「では、あなたは悪くないと?」

「ああ、そうだ。あたりまえじゃないか!それに、さっきの女子高生たちは何だ!私はそんな事で感謝されるために死んだんじゃない!

最初の男だって、私が自殺したから自分も自殺する羽目になった?そんなの俺の知った事じゃない!」

「あなたはそれも自分には一切非が無いと言いたいんですか?」

「そ、そうだ。それに、この裁判自体一体何なんだ!私を陥れたいだけじゃないか!

だいたい、ここにいる奴らが嘘の証言をしたらどうなるんだ!その紙だって全部が正しくないんだろ?嘘をついたって本当かどうかわからないじゃないか!どうかしてる!」

私は怒りにまかせて、言いたい事を全部言った。

「そうですか。あなたの言いたい事はそれだけですか?」

私がこんなにも怒りを露わにしているのに、声色一つ変えない死神がなんとも不気味に見えたが私も後には引けなかった。

「じゃあ、私も言わせてもらいますね。」

そう言うと死神が私を睨みつけた。死神と目が合った瞬間、鳥肌が立った。そして金縛りにあったみたいに一歩もその場を動けなかった・・・。

「あなたは本当に自分勝手な人間だ。責任がないと言い出すなんて・・・。

あなたは良い人間?悪い人間?それとも、どちらでもない普通の人間?生きていた時にあなたがどうだったかなんて、そんな事私にはどうでも良い事です。

あなたが行くのは天国?地獄?それも私には何ら関係のない事。私はあなたに審判を下す裁判長であり、あなたは被告。そして周りにいる人間たちは証言者。それ以上でも、それ以下でもない・・・。」

死神の言葉を私はただ聞いていた。

「つまり、私には特別な感情が無いという事ですよ。あなたにも、ここにいる全ての人間に対してもね・・・。

ところで、あなたはさっき、嘘をついてもわからないと言いましたね?」

「ああ。」

「それは違いますね。ここにいる人間は嘘をつきません。というか嘘をつけないんです。

生き物というのは皆、脳で考え、それが伝達されて話したり、体を動かしたりしますが、それは器があるからこそ初めて成り立つのですよ。

先程も言いましたが、ここにいるのは人間の魂。だから脳で考えて行動するのとは訳が違うのです。あなたにはここにいる魂の姿が普通の人間の姿と何一つ変わらない様に見えているかもしれませんが、本体はここにはいません。肉体はこの世界には来る事ができないですからね。魂には脳なんてありませんからね。」

死神は丁寧に説明してくれたのだろうが、今まで〝人〟として生きてきた私にはいまいち実感することができなかった。

「難しいですか?じゃあ魂の本来の姿を見せましょう。」

そう言って死神は指を鳴らした。すると、周りにいる人がだんだんと透けていった。そしてその場に様々な色の光を放つ丸い球体が浮かんでいた。

「男、女。大人と子供。魂によって大きさや色は違いますが、これが魂本来の姿です。そして関係者とは証言者の事。それはもう理解できたと思います。それらが発するのは魂の記憶!言葉であって言葉じゃない。記憶なんです。つまり、人間が死ぬまでに経験した記憶が証言となるのです。

ここにいる人間たちは直接的じゃなくてもあなたの記憶を持っているんですよ。」

そんな事を言われても納得などいくはずもなく、私の怒りは治まらなかった。そんな私の感情を察した死神は呆れた様子で言った。

「今までの人間たちは、あなたが死んでから関係を持った人間たちでした。だから現実を

受け入れられないのですね?」

「違う!受け入れる、受け入れないの問題じゃない!私は正しい事を言ってるだけだ!」

「わかりました。もしも次の関係者があなたの知り合いでも、同じ事を言っていられますかねぇ。ちょっと順番が違いますが、次の証言者はこの人間にしましょうか。」

そう言って死神はまた指を鳴らした。するとまた人が現れそのなかに球体が隠れていった。

「では、神の審判を再開します。証言者は前へ!」

本当は最後の方で証言する予定だったのだろう。後ろの方から人の間を縫って歩いてくる女性が見えた。だんだんと近づいてくるその人を私は知っていた。そして驚きのあまり言葉を失った。


  証言者 女


「あなたはこの被告の関係者ですか?」

「はい。私はこの男の関係者です。」

「それではあなたはいつ、被告の関係者になりましたか?」

「私はこの男と出会ってしまった時に関係者になりました。」

「そうなんですか。ではあなたと被告は顔見知りということですね。」

白々しそうに死神が言った。

「では、あなたと被告の関係はなんですか?」

「私は被告の妻です。」

そう、証言台に立って話しているのは紛れもない私の妻だった。少し痩せたようだが、後は何も変わらなかった。ただ、妻はずっと涙を流していた。

「それはそれは、大変でしたねぇ。」

「はい。夫が自殺したと聞いた時は正直ショックでした。私が家を出て行ってしまったのが原因だと思い自分を責めました。それに、これからどうして行けばいいのか分からなくなってしまって・・・。」

「そうでしょう。自殺したのが自分の夫ですからねぇ。」

まさか妻がそんなことを言うとは思ってもいなかった。

(妻は私を恨んでいたはず・・・。それは私の思い違いだったのか?そんなはずはない!)

実際、妻は家を出て行ってしまった。まだ別れてはいなかったものの、離婚届も渡されていた。思い違いなんかじゃない。

「家を出てからも、夫の事は心配でした。後悔もしました。

でも、今更やり直しましょうなんて、とても言えませんでした。私は、夫の事を何もわかってなかったんです。

だから、夫が自殺したのは私のせいなんです!」

「おや?ではあなたは旦那さんではなく、自分が悪いとおっしゃるのですね?」

「はい。全て私が悪いんです。

いくら自分を責めても私には責任がある。周りからも責められ、私は、私は・・・。」

自殺を決める前、残される妻や子供の事を考えていなかった訳じゃないが、まさか私の死が妻をこんなにも追い込むことになろうとは考え付かなかった。

「そうですか。悲しみはいつか消えます。でも心の傷が消えるのには時間がかかる。いや、時には消えない傷もある。あなたの場合は後者かもしれないですね。

それで、あなたの傷は癒えましたか?」

「いいえ。いくら時間が経っても私は癒える事なんてありませんでした。」

私は妻と死神の会話をただ聞く事しかできなかった。

言葉では自分に非が無いと言ったものの、多少なりとも責任を感じていた私は、他人ではない自分の妻の言葉に、自殺という愚かな行動とってしまった事を悔やんでいた。

もしも私が、妻の事をもう少しわかってあげられていたらこんな事にはならなかった。

妻も同じ思いだっただろう。何もわかっていなかったのは私の方だった・・・。私はいつの間にか泣いていた。自分が許せなかった。憎んだ。そして、もう戻る事はない人生に後悔していた。

そんな気持ちでいっぱいになった私の前で、妻は言った。

「それで、自暴自棄になって・・・。もう生きている事自体が辛くて私は・・・責任を取るため、これから夫と同じように線路に飛び込みます。」

その言葉を聞いた瞬間、抑えていた感情が一気に溢れだしてきて、私はその場に崩れ落ちてしまった。私のせいで、私が自殺してしまったせいで、妻までも死ななきゃならないなんて・・・。

その現実を知った今、私には絶望観しかなかった。そして、涙も止まる事は無かった。それでも死神は淡々と自分の仕事を続けた。

「証言者、最後に言い残した事はありませんか?」

死神の言葉に妻は私の目を見つめ

「ごめんね。」

と一言だけつぶやいた。

「待ってくれ!死なないでくれ!」

と私は精一杯叫んだが、妻の姿は目の前から消えていった。それが最後に聞いた妻の声だった。

私の耳には、いつまでも妻が言った

「ごめんね。」

という言葉が残っていた・・・。

妻が目の前から消えてからも私はずっと泣き続けていた。いったいどの位の涙をこぼしたのだろうか。しかし、いくら泣いても悲しみは消えなかった。

「これでもあなたは、自分に非が無いと言えますか?」

私はもう反論することはなかった。話す気力もなかったが、自分が間違っていた事を思い知らされたからだ。

(わ、私は、妻を・・・殺してしまった・・・。)

その思いだけが頭の中で繰り返されていた。

何も答えず、ただ泣いている私を見て、

「どうやら、わかってくれたみたいですね。あなたみたいな人間を担当すると苦労しますよ。」

と死神は言った。

「えーっと、最初の人間と、病気で亡くなった事になった人間。そしてあなたの奥さん。あなたは、これで三人の人間を殺した事になります。

あなたはいったいどの位の人間を殺す事になるんですかね。」

妻の自殺は私のせいである事は間違いない。そしてさっきの人達も私のせいで・・・


私は殺人者だ・・・。


死ぬまで、こんなにも自殺というものが周りに影響を与えようとは考えていなかった。

テレビのニュースで、毎日の様に流れる誰かの死。有名人ならともかく、顔も知らない見ず知らずの人が死んだと聞かされても何にも感じない。その位、人が死ぬというのはごくありふれた事だ。

しかし、今は例えあかの他人が死んだとしても、私の自殺が関係しているかぎり、それを背負わなければならない。それが自殺を選んだ者の責任であり義務なのだ。

私は死神が始めに言っていた言葉を思い出していた。

「あなたと関わった人間がこれからどういう人生を辿るのかも、あなたは知る義務があるのです!」

その意味がようやくわかった気がした。私は自殺という行為でどれほどの人に迷惑をかけたか。それに、この神の審判自体が天国と地獄、どちらに逝くのかを決めるものではなく、私の責任を問う裁判なのだという事もわかった。

そう、これから逝く場所など裁判なんかしなくても始めから決まっていた。私が逝くのは、地獄だ・・・。もしも、天国という選択肢があったとしても私は地獄を選ぶだろう。それが妻に対してのせめてもの償いだから。それが私の運命。

しかし、どれだけ償っても、妻への罪悪感は消える事はないだろう。そして、この悲しみも消える事はない・・・。

私はまだ泣いていた。今はただ泣く事しか出来なかった。

「泣いているところ申し訳ないんですけど、次の証言者を呼んでもよろしいですかね?ほら、まだまだいっぱいいるんですよ。証言をしたいって人間が。」

そんな事はわかっていた。しかし、私はもうまともに話を聞ける状態ではなかった。だが死神は自分の声が聞こえていないと思ったのか、

「もしもーし、聞こえてますか?次の証言者呼びたいんですけどー。」

と呑気な声で話しかけてきたのでつい、私は

「もう止めてくれ!」

と叫んでしまった。もう私には耐えられなかった。

「もう、充分だ!こ、こんな裁判・・・。妻も私のせいで死んでしまった・・・。

私は地獄に行って罪を償う。だからもう、裁判なんか止めてくれ!」

「そうはいきません。あなたにはここにいる

全員の証言を聞いてもらいます。」

「どうして・・・。この裁判は私の逝く先を決めるんじゃなかったのか?」

「その通りですよ。」

「だったら、もういいじゃないか!私にはもうこの裁判に耐えられる自信がない・・・。

地獄に・・・。私を地獄に連れて行ってくれ。」

「あなたの気持も分からないではない。でも、ルールはルール。決まりには従ってもらいます。」

私は精一杯、死神にお願いしたつもりだったが、死神の答えは変わることはなかった。そして続けて話し出した。

「地獄に連れて行ってくれ?その言葉が私には、ただあなたが逃げている様にしか聞こえません。

あそこにいる人間はどうなります?あの子供は将来、プロの野球選手になる予定でした。でも、あなたが飛び込んだ時ちょうど電車に乗っていて、転んだ拍子で手首を折る怪我。それが原因であの子供の将来は変わってしまう事になる。

じゃあ、あの人間はどうです?あの人間はあなたを轢いた電車を運転していました。でも、事故が原因で電車を運転するどころか、車も運転出来なくなってしまいます。あなたの事故がトラウマで後々仕事も辞める事になるんですよ。

あの人間だってそうです!あのお婆さんは、電車が急ブレーキを掛けたせいで、横に立っていた人間に押され倒れてしまう。その時、頭を強く打って亡くなってしまいました。

あっちの人間は、ただ電車に乗っていただけなのに、あやまってお婆さんを押してしまい殺してしまう。自分には責任が無いと分かっていても、人を殺してしまった罪悪感をこれから一生背負うことになるでしょうね。あの人間も、あそこの人間も・・・。

それでもあなたは、自分だけこの場から逃げて、地獄で罪を償いたいと?

あなたが償いたい罪とは、あなたの奥さんに対してだけのものじゃないんですか?」

その死神の言葉は正しかった。今の私の中にある罪悪感は、全て妻に対してのもので、他の人の事などまるで考えていなかった。

「ですから、あなたが耐えられるか耐えられないかなんて、そんな事でこの神の審判を止めるわけにはいきません。

それに、全員の証言が終わるまでは、天国にも地獄にもあなたの逝く場所なんてまだないのですから。神の審判が終わって初めて、あなたの居場所が出来るのです。

もしもあなたが本当に耐えられなくなったとしても、この場所からは逃げる事も出来ません。

証言を聞くのが嫌になって耳を塞いだとしても、あなた自身が魂という存在ですから、証言は記憶として刻まれるでしょう。

もう分かったでしょう?この神の審判に途中退室なんて許されていないんですよ。」

そしてまた死神の言葉で次の証言者が前に歩いてきた。だが、私は一切その人を見る事はなかった。そして心に大きな穴が空いてしまったように、その人の言葉も、死神の言葉も耳には入らない。ただ私の中を通り過ぎていくだけだった。

しかし、証言者が消えていった時に初めて、その人の身に起きた出来事を知ることになった。おそらく、これが死神の言っていた魂の記憶というものなのだろう。知らないはずなのに、実際に目にしたかのように私の中に残っていた。

次々と証言台に登っては何かを話して消えていく人達・・・。

そのたびに私の中には新たな記憶が刻まれていった。しかし、私はもうなにも感じない。まだ、妻の事だけを考えていた。


・・・・・。


いったい、どのくらいの時間が過ぎたのだろう。ただこうして、妻の事だけを考える事なんて生きていた時は一度も無かった。自分の中で忘れていた楽しかった記憶もよみがえってきていた。だが、楽しかったはずなのに今は思い出すだけで辛かった。

(もう・・・疲れた・・・。)

私は早く裁判が終わって地獄に行く事だけを待っていた。少しでも早く、妻に罪滅ぼしをしたかったからだ。

「いつまでそうしているんですか?この神の審判も、もうすぐ終わりですよ!」

突如張り上げた死神の声で私は我に返った。

「まったく、いつまでもそうしていたって何も変わらないじゃないですか!最後位しっかりして下さい!」

私は周りを見回した。あんなにいたはずの人達の姿はもう無く、そこに立っているのは一人のお婆さんだけだった。

「じゃあ、始めますよ!ほら、立ちあがって下さい!」

私は死神の言われるがまま立ちあがった。それを見て死神はニコっとほほ笑んで言った。

「よろしい。では、再開しましょう。

最後の証言者は前へ!」

そう言うとさっきの年老いたおばあさんが証言台に立った。


  証言者 老女


「あなたはこの被告の関係者ですか?」

「はい。私はこの男の関係者です。」

「それではあなたはいつ、被告の関係者になりましたか?」

「私はこの男が線路に飛び込んだ瞬間に関係者になりました。」

「私はあの時電車に乗っていました。電車の中は混んでいたので、座席に座れずに立っていたのですが、突然電車が急ブレーキをかけるものですから私は隣に立っていた人に押されて倒れてしまったのです。

その時、運悪く電車の扉に頭を打ってしまって・・・。そのまま私は死んでしまったみたいです。」

最後の証言者も今までと何も変わる事はなかった。

(本当に人から恨まれっぱなしの人生だったな。)

私の人生は生きていた時も、死んでからも不幸だったのかもしれない。そしてその不幸を他人にまで撒き散らしていた。

(もし、生まれ変われるとしたら・・・。今度はせめて今よりも幸せになりたい。)

そう思った。

「それで、あなたは被告を恨んでいると?」

「いや、どうせこの先そんなには生きられなかったと思いますし、主人ももう亡くなってますからねぇ。死んで主人に会えるのならこれで良かったのかもしれませんねぇ。

だから恨んでなんかいませんよ。」

私は耳を疑った。

(恨んでない?私のせいで死んでしまったのに・・・。私が殺してしまったのに・・・。)だが、お婆さんは確かにそう言った。

「そうですか。大丈夫。ご主人はあなたの事を待っていますよ。私が保証します。

では、最後に被告に言い残した事はありませんか?」

死神が告げるとお婆さんは私の方を見て

「あそこで死ぬなんて思ってなかったけど、別にあんたを恨んでなんかいないよ。さっきも言ったけど、主人に会えると思うと嬉しくて。あんたには感謝しないといけないのかもねぇ。

あんたこそ若いのにもったいない。まだ生きていたら楽しい事もいっぱいあっただろうに・・・。でもまあ、自分で決めた事だから、こんな婆さんにどうこう言われても何も思わないかもしれないけど、生まれ変わったら今度はちゃんと生きてみなさいね。」

その言葉はとても温かいものに感じられた。そしておばあさんはほほ笑みながら私に手を振り消えていった。

私のせいで死んでしまったのに、まさか恨んでいないなんて。お婆さんの言葉で私は救われた気がした。そして、妻の時とは違う涙を流していた。

「ありがとうございます・・・。」

私は、もうそこにはいないお婆さんに感謝した。


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