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自殺


   〈自殺〉


 毎日がいつもと同じような朝を向かえ、いつもと同じような夜で終わる。変わっていたのは私だけで、後は何も変わらなかった。そんな日常を全部壊してしまいたかった。でも、私にはそんな勇気などなかった。

その日も、いつもと同じ時間に起き、いつもの様に着替え家を出た。しかし、一つだけ違う事は、私には行く場所なんて無いという事だ。普段なら眠い目をこすり、欠伸をしながら会社に出勤している時間なのだが、もうその必要はなかった。私は会社とは逆の方向に歩いていた。そして家の近くにある公園へ向かった。平日の朝からスーツ姿で公園のベンチにずっと座っている奴なんてリストラされたサラリーマンくらいだろう。実際私もそうだった。家にいてもすることなどなく、毎日ように足を運んではぼーっとしていた。いつの日からかそれが日課になっていた。


いつからだろう。死にたいと思うようになったのは・・・。


仕事をリストラされたから?妻が愛想を尽かし子供を連れて出て行ったから?もっと他の理由?それとも、その全て?

そんな事を考えている時間が増えていた。

今思えば、私がまだ子供の時から死ぬという事に対して抵抗が無かったのかもしれない。


私がまだ小学生だった時に、父は自殺した。朝会社に行くと言って家を出たその足で、向かってくる電車に飛び込んだのだ。

父が死を選んだ理由などわからないが、毎日忙しそうだった父はストレスを溜めていたのかもしれない。父は仕事人間だった。休日も家にいることなど滅多になく、私が朝、目を覚まし、ニ階の部屋から居間に降りてもそこにいるのは、いつも母一人だった。

そんな父だったが、私は大好きだった。忙しそうな父だったが、授業参観や運動会など学校の行事には、仕事を休んで来てくれるからだ。もしかしたら世間ではあたりまえなのかもしれないが、私にはそれが嬉しかったのだ。

ある日曜日の朝、私がいつものように居間に降りると、父がテレビを見ながら朝食を食べている姿があった。そして父は

「おはよう!」

と挨拶してくれたのだが、私にはそれがどうも照れくさくて、

「お、おはようございます。」

と、つい小さな声で返してしまった。そんな私に注意することなく、

「今日はどこに行きたい?」

と、聞いてきた。しかし私は何故か遠慮してしまい

「どこでもいいよ。」

と、答えてしまった。その答えに少し困った表情を浮かべた父だったが、少し考えて言った。

「じゃあ、遊園地に行くか!」

顔には出さなかったが、私は嬉しくて急いで朝食を食べたのを覚えている。母の笑顔も久しぶりに見た様な気がした。

遊園地は休日で混んでいたが、乗り物なんかより、家族でいる時間が楽しかった。両親と手を繋いで歩いているのが楽しかった。そして、あっという間に、一日が過ぎていった。

閉館時間ギリギリまで遊び尽くしたが私にはまだまだ足りなかった。もっとこの時間が続けばいいと思った。だが、父と母はさすがに疲れてしまっている様だ。

家に帰る車の中で私は、

「また三人で何処か行こうね!」

と言った。助手席に座っている母はクスクス笑っていた。

「おう!また暇ができたらな。」

と、父が答えてくれた。

「でも、ちゃんと勉強して良い子にしてたらですよ。」

と、母が言った。その日から、次は何処に行こうかと考える様になった。母との約束も守り勉強も一生懸命頑張った。

しかし、家族三人で何処かに出かけたのは、それが最初で最後だった。父が自殺したのは、それから三ヶ月後の事だった。

小学生とはいえ、〝死〟というものがとっくに理解できる歳だった私は、優しかった父にもう会えないと思うと、悲しくて毎日泣いていた。母も周囲には気丈に振舞っていたが、一人になると声を押し殺しながら涙を流していた。そんな母の姿など見た事のない私はその時はおどろいたが母の悲しみの方が私なんかより大きかったのだろう。

そして、父が自殺してから一週間後に今度は母が自殺した。

私が目を覚まし居間に降りると、母は首を吊って死んでいた。母の死体を見つけた時の事は今でもはっきりと覚えている。天井からぶら下がっている母を必死に助けようと引っ張っていた事。強く引っ張りすぎて目の前に母が落ちてきた事。その母の死体を揺すりながら話しかけていた事。でも、もう母は何も話してはくれなかった・・・。その後の事は何も覚えていない。

後から聞いた話だと、私は泣きながら隣の家に駆け込んでいたらしい。

その後は、父方の親戚に引き取られる事になったが、そこにはもう私の家族と呼べる人がいなかった。私はずっと、独りだった。そして、私を残して死んでいった両親を恨むようになっていった・・・。


今になって子供の頃の事を思い出すなんて・・・・。結局はそれがトラウマになって〝死〟というものを意識していたのかもしれない。だが、今更そんな事を考えたって仕方がない。もう過去には戻れないのだ。もしも今、何処かの誰かがタイムマシンを完成させ、自分の行きたい過去へ戻れるようになったとしても今の私にはそんなもの必要ない。だって、もう、手遅れだから・・・

私は、電車に轢かれた自分の姿を見下ろしていた。


  私は、自分で自分を殺した・・・


もう死体となった自分の姿を見ても、気分は落ち着いていた。それなりの覚悟をもって線路に飛び込んだからだろう。自分はこんなにも落ち着いているのに、ふと横のホームに目をやると、泣き叫ぶ人たちや野次馬の姿が目に入った。あんなに叫んでいる人がすぐそこにいるのに、私の耳には一切の音が入ってこなかった。無音の世界・・・。

最初は抵抗があったが、すぐにそれが死ぬという事なんだと思った。

(これからどうなるんだろう?)

死んだ後の事なんて、考えているわけもない。このまま幽霊として彷徨い続けるのだろうかと考えていると、急に目の前が真っ暗になった。

(そうか、もうあの世へ行くのか・・・。)

手を伸ばしても何もない。何も見えない。〝孤独〟には慣れているはずだった。しかし、本当に〝孤独〟となった私を不安と寂しさが襲ってきた。


・・・・・・


この真っ暗な場所に閉じ込められてどの位の時間が経っただろうか。数時間、いや一日はこうしているだろうか・・・。何もない、真っ暗な空間に長時間いると、人は精神がおかしくなるらしいが、私は平気でいられた。最初の不安もいつのまにか消えて、逆にこの空間が本来自分の望んでいた場所なんではないかと考えるようになっていた。もちろん自殺した事を後悔なんてしていない。ただ、心残りがあるとすれば、毎週見ていたドラマの最終回をもう見る事が出来ないという事だった。そんなくだらない事を考える位、心に余裕が出来ていた。そのせいもあってなのか私はいつの間にか眠ってしまった。


そして、夢を見た・・・


私は何もない一面真っ白な世界にいた。全てが真っ白なので、上下左右の感覚がわからなかったがどうやら寝ているようだ。すると、遠くの方から足音が聞こえてきた。一つじゃない。何人もの足音がだんだんと近付いてくる。何もわからない私は怖くて逃げ出したかったが、体を動かそうと思っても全く動かなかった。そして沢山の人が寝ている私を取り囲んだ。全員が私を見ている。みんな何か喋っているようだが声が小さすぎて何も聞こえなかった。

(どこかに行ってくれ!)

私は心のなかで叫んでいた。そして恐怖のあまり目を閉じた。


そこで私は目を覚ました。しかし、目を覚ました私はもう真っ暗な世界にはいなかった。目の前に広がっていたのは夢に見たままの真っ白な世界だった。しばらくの間まだ夢を見ているのかと思ったがどうやらこれは現実らしい。そして私がここを〝あの世〟だと理解するのに、さほど時間はかからなかった。

どこまでも続いていそうな真っ白い世界。まさにあの世という場所にピッタリだと思った。しかし、あの世に来たからといって私にはこれからする事なんてない。そもそも、もう死んでいる私にこれからがあるのだろうか?

その時、後ろから急に声をかけられた。

「あなたさっき、線路に飛び込んで自殺しましたね?」

不意を突かれた私は、その場に尻もちをついた。振り返ると、そこには全身黒い服を着た小柄の若い男が立っていた。さっきまで誰もいなかったのに、突如現れたその男に驚いた私は声を出す事が出来なかった。そんな私を見て、その男は繰り返した。

「あなたさっき、線路に飛び込んで自殺しましたね?」

少し冷静さを取り戻した私は男の質問に答えた。

「そうだけど、あんたは誰だ?」

そう答えると、男はにっこり笑って更に続けた。

「思っていたよりも早かったですね。本当は私の方が早く着いて待っていないといけないんですけど・・・。でもそれはあなたが自分の死を理解する時間が早かったわけで、私が悪いというよりもあなたが早すぎたのが悪いというか・・・。でも、早く来て悪いわけじゃないので、おあいこという事にしときましょうか。

決して私が遅刻したわけではないのであしからず。」

男は言いたい事だけ言い、こっちの質問には答えなかった。

「おい、聞こえなかったのか?あんたは一体誰なんだ?」

「あっ、自己紹介がまだでしたね。私、死神をやらせてもらってます。」

そう言うと男は更に続けた。

「驚いたでしょ?うんうん、わかりますよ。いきなり目の前に現れた男が自分を死神なんて言うんですからねぇ。信じられないのも無理はない。むしろ信じろという方が無理ですよねぇ。でもね、全て本当の事なんですよ。あなたが死んだのも、私が死神なのも。クッ、クッ、クッ。」

男は気味の悪い声で笑った。少し落ち着きを取り戻した私は動揺しているのを悟られない様に死神に言った。

「あんたが死神なのはわかった。それに俺が死んでいるのもわかっている。

それでいったい俺になんの用があるんだ?あんたが死神なら、もう死んでいる俺なんかに用はないだろ?天国か地獄にでも連れて行ってくれるのか?」

そう言うと死神の顔が変わった。

「天国?地獄?それはこれから決まるのです。それに、あなたはなにか勘違いをしてるみたいだ。」

「勘違い?」

「そう。死神は死んだ者には用はないと・・・。

それは違います。私たち死神は死んだもの、いや、自ら死んでいった者。そう、あなたみたいな自殺者にこそ用があるのです。」

「・・・・・・。」

「死神は生きている人間の命を奪うとでも?それは、あなたがた人間が考え出したイメージに過ぎない。実際は違います。まっ、詳しい事はこれからだんだんと解っていくと思いますよ。」

今の私には、死神が言っている事が理解できなかった。

「少し、説明しましょうか。もうすぐたくさんのお客さんが来る時間だ・・・」

お客さん?何を言っているのか解らなかった私は、すぐに尋ねようと声を出したのだが、死神が話を続けたため、私の声はかき消された。

「あなたはもともと決められていた命を自ら削りました。本当はもっと生きていくはずだったのにね。その宙に浮いた残りの命は私の命になります。ここまでは理解できますね?」

私は小さくうなずいた。

「よろしい。あなたはそれでいいかもしれない。ですが、あなたと係わった者の人生や命が、あなたの死によって少なからず変わっているのです。まっ、急にそんなこと言われても混乱するだけですよね・・・。」

そう言うと、死神はどこから取り出したのか分厚い紙の束に目を通した。

「あなたには奥さんと子供もいますね。その人間たちだけじゃない。あなたと関わった人間がこれからどういう人生を辿るのかも、あなたは知る義務があるのです!」

全く考えていないわけではなかったが、ただ死んで楽になりたいと思っていたのも事実だった。

「ちょうどみなさんも来たみたいですねぇ。」

そう言って死神は私の後ろの方を覗いた。振り返ると、遠くの方から何人もの人が列を成してこちらに向かって歩いて来ている。私は振り返り死神の顔を見た。

「これからおもしろくなりますよ。クッ、クッ、クッ。」

死神はそう言うとまた気味の悪い笑みを浮かべた・・・。




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