佐後勇作の場合⑥
「そもそも、俺はなぜ今の仕事で苦労させられてるんだ…」
休みの日、佐後は家で考えていた。4年前に年上の彼女と別れて以来、休日を共に過ごす間柄の友人等もおらず、一人でいることに慣れ、いつしか物事を考える際には口に出して整理するようになった。
「クソ上司もそうだが、そもそも直接的に邪魔なのは、細々したトラブルをいくつも持ってくる春日だ。アイツを排除しなけりゃ始まらん…」
依頼した書類を指示通りに作れないこともそうだが、佐後が春日に対してイラつきを覚える原因は他にもあった。
ある時、春日が見つけた新規取引先となる会社との契約を締結することとなった。しかしこの取引先会社、関係者の間ではあまり評判が良くなかった。社内でも「大丈夫か?」「やめたほうがいいんじゃないか」との声が挙がったが、春日が騒ぎ、葛沢の采配で半ば強引に契約締結することとなった。
「なんで私が見つけてきた会社はダメなんですか!?私のことを陥れようとしてるんですか!?」
誰もが「お前が会社を陥れようとしてるんだろ」という言葉を堪えていたことだろう。
それはさておき、本来なら契約書は春日が作成するのだが、春日には一向に契約書を作成する気配がない。
「春日さん、契約書はもう作ったんですか?契約期間から考えると、そろそろ作らないとまずいのでは…」
「大丈夫です。先方が作ってくれることになってますから。任せてください!」
誰もが「信用のおけない会社が作る契約書などには任せられない」と思ったことだろう。
果たして契約書が届き、社内での稟議による契約書を確認した時、佐後の不安は的中した。
「春日さん、契約書読みました?」
「はい、分かるところだけ。最初の方だけですけどね」
「…最初の方に書いてありますけど、相手方に支払う金額が『100千円』ではなく『1,000千円』になってますよ?」
「だってよく分かんないですもん」
「『分かるところは見た』と言いませんでした?」
「細かいのは分からないので、佐後さん確認しといてもらっていいですか?私帰ります」
確認したところ、金額はおろか、こちらの業務内容である「工事」が「掃除」になるというとんでもない間違いまであった。佐後が先方に契約書の誤りを指摘し、その上でこちら側で契約書を作成する旨を説明、承諾していただき、新しく契約書を作成しなおすのには約1時間を要した。
「あの女、自分の仕事に責任感を全く持っていないんだよなあ。いつか会社に大きな損害をもたらすぞ」
佐後が会社の損害を心配しているのは本心だが、そのほかにも損害への対応業務が自分に降りかかってくること、さらには損害への責任を佐後自身に押し付けられることを危惧していた。
「自分のミスで責任を取らされるのならいい、自分のせいなんだからな。しかし、あの女王様気取りの責任を取らされるのなんて絶対嫌だ。アイツがいなければ、休みの日のこんなこと考えなくて済むというのに…」
佐後が苦労している点は他にもある。
例えば、社内全員に配布される広報誌。
ある時、たまたま広報誌が春日にだけ配布されていなかった。広報誌には「社内バレーボールチームの試合結果」とか「会社近くのおすすめランチベスト3」とか、特に大したことが書いているわけでもなく、配布担当者もたまたま誤ってしまったものだ。担当者もすぐにミスに気付き、「すみませんでした」と謝りながら春日に広報誌を手渡そうとした。
しかし、春日の反応は予想だにしないものだった。差し出された広報誌を受け取らず、隣にいた佐後に大声でまくしたてたのだ。
「佐後さん、どうして私だけ配られないんですか!私を仲間外れにしたいんですか!こんなにひどい仕打ちをされたのは初めてです!会社をやめろってことですか!?次こんなことがあったら社長に言いますから!」
担当者が平謝りしたので、その場では事なきを得たが、佐後にとっては春日の存在が不愉快なものであることを改めて認識させられる一件となった。
「アイツ本当にいらねえんだよなあ…なんとかなんねえかなあ」
そんなことを考えながらパチパチと指鳴らしていた佐後だったが、突如、彼の頭の中に妙案が生まれた。
「そうか、アイツがいらないんだから、アイツを消せばいいんだ!なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう」
佐後は急に頭がクリアになったような気がした。考えがとめどなく溢れてくる。
「消すとはいっても、生命的に消すことはできねえからな、社会的に、少なくとも会社から消しちまえばいい。上が動いて辞めさせるのが一番だけど、『不当リストラです!』とか騒がれても面倒だしなあ。一番いいのは、あのクソ女が自主的にやめるように仕向けることだ。俺にできそうなのは、アイツの仕事を全部取っちゃうことだな。アイツの仕事がなくなれば、アイツの会社での存在意義がなくなるし、『やることないから辞めます!』とか『仲間外れなので辞めます!』とか自分で言い出すかもな。そうしたら『どうぞどうぞ』と辞めさせればいい。これは素晴らしい案だぞ!」
そこまえ考えて、佐後はもう一つ思い出した。
「会社を辞める時の必要書類を人事担当者に確認しておくか…」