葛沢正太郎の場合②
「いやあ、おかげでいい思いをさせてもらったよ。君は本当に素晴らしいね、ありがとうね」
ビールの入ったジョッキを呷りながら、高石は何度目かの感謝を葛沢に述べた。
葛沢の勤務が終わるまで待っていた高石は、そのまま葛沢を馴染みの中華料理店に連れていった。
顔パスで個室に通され、「なんでも好きなものを頼んでくれ」と言いながら高石が注文したのは生中と四川風麻婆豆腐、それに春巻。
「いや、高石さんの懐が温かくなったようで、何よりです」
葛沢はドラゴンハイボールと焼売を注文していた。学生時代に中華街で遊んだ時、紹興酒をロックで飲むことができなかった彼は、代わりにこれで風味を味わうことにしていたのだが、いつの間にか癖になっていた。
「札束の山は見せてもらいましたけど、結局どれくらい入れたんです?」
「これだけさ。まあ、ざっと10倍にはなったかな」
そう言って高石は人差し指を1本立てた。それが10万円なのか100万円なのか、はたまた1000万円なのか葛沢には分かりかねたが、どうでもいいことだった。
「そんなことより、聞きたいことがあるんだが」
ジョッキを置いた高石は、まっすぐ葛沢を見た。その目つきは先ほどまでの笑みを含めたものではなく、恐ろしく鋭い眼光を秘めている。
「なぜ俺に近づいた?」
「店でもお伝えしましたが・・・」
「俺を虎砲組の若頭補佐と知っていたな。俺はお前を知らないが、どこで俺を知った?目的は何だ?」
いつの間にか、葛沢の後ろには高石の部下が2名立っている。葛沢の答えによっては、この場で取り押さえるのだろう。
そもそも高石の顔パスで個室に通される店だ。店全体が高石の息がかかっている可能性が高い。
そんな状況でも葛沢は顔色一つ変えず、焼売を食べて言った。
「知りたかったんですよ」
「何を?」
「あそこのカジノで儲けたお金がどう使われるのか」
「・・・それだけか?」
「それだけでございます。ですから、お声がけする方はどなたでもよかったんです。そんな時に高石様がいらっしゃった。何度かお見掛けしていましたから、顔も名前も存じておりましたし・・・」
「それで俺に声をかけたのか」
葛沢は頷いた。
仕事柄、高石は色々な人間を見てきた。土下座して許しを請う人間、両手両足を拘束されながら恨み言を喚き散らす人間、平気な顔で嘘を吹聴する人間。だが、葛沢のそれは、どれとも異なっていた。
(言っていることは嘘ではない。だが、その真意が分からん。疑わしきは罰するべきだが、こいつはそうなることも承知の上でここに来たようにも思える・・・)
しばしの沈黙が流れた後、高石は口を開いた。
「分かった、それを信じよう」
「補佐!それでいいんですか!?こいつは・・・」
高石の言葉に思わず声を荒げたのは、葛沢の後ろに立っていた高石の部下だ。だが、そこまで言って口をつぐんだ。高石の鋭い視線が突き刺さったからだ。
「もういい。こいつは本当に金の流れを知りたいだけみたいだ。いい社会勉強だと思って教えてやろう。稼がせてもらったのは事実だからな、その義理は返してやる」
「高石様、ありがとうございます」
その後、高石は葛沢との食事を楽しみながら、金の流れを教えた。葛沢は本当にお金の流れが知りたかったらしく、高石が金を使って何を買うのか、相手方の職業や立場などを詳しく聞き取っていた
店を出るとき、高石はごちそうするつもりだったが、葛沢はこれを断った。メンツを潰すつもりかと問いただしたが、「先ほど聞いた金の流れの中に私へのごちそう代については含まれておりませんでしたので。高石様が嘘を言うはずがないですから」と言われると、ごちそうすることはできなかった。




