佐後勇作の場合⑬
「まあそうですよね、そんな簡単に辞められたら困りますよ」
もちろん最後の一言は佐後の本心ではない。
「・・・とはいっても、合法的に辞めさせる方法もあるにはあるが・・・」
「どんな方法ですか?」
「契約更新を狙うんだよ」
「契約更新・・・ですか?」
「春日さんの雇用形態は特殊でね、なぜこうなってるかも分からないんだが、毎年雇用契約を更新しているんだよ」
葛沢によると、春日は毎年会社と雇用契約を打ち切り、その都度契約しなおしているらしい。社内の一部では「契約更新」とも呼ばれているが、実際に「契約更新」をしている社員は他に存在しないとのことだ。
「制度自体はよく分かりませんが、それを利用するってことですか」
「そうだ。『更新』とは言っても、実際には一度契約を打ち切り、契約しなおすからねえ」
「なるほど・・・打ち切ったままにして、契約を結びなおさなければ、自動的にクビってわけですね」
「俺はそこまで言っていないが・・・まあそういうことだ」
葛沢は簡単に言うが、この方法、それほど簡単ではないことが佐後には分かっていた。
実際に契約に関する事柄を行うのは、人事権を持つ会社の上層部、そしてほかでもない春日だ。春日本人が契約更新を忘れるわけがない。
となると、この契約に絡むには、上層部へのアプローチしかないのだが、佐後にはそれほどの伝手はない。
(上層部に近いのは俺よりも葛沢だ・・・だがこいつは・・・)
葛沢という男、自分が危険になるようなことは決してしない。あまり期待は出来なさそうだ。
(コイツは責任をかぶらせるには必要な奴だ。ここで切るには惜しい・・・)
そんなことを佐後が考えている横で、葛沢も考えていた。
(佐後が春日の不真面目さにイライラしているのは分かっている。春日を追い出したいのは俺も同じだ)
実際、葛沢も春日の振る舞いについて取引先から苦情を言われたことがある。それも一度や二度ではない。大勢の前で「管理能力を疑いますよ」とまで言われ、恥をかかされたこともある。
(コイツを焚き付けてやれば、俺の責任の及ばないところで事を起こし、労せず春日をクビにできるぞ。その後で佐後がどうなろうと知ったことじゃない)




