佐後勇作の場合⑩
「春日を会社から消す」と決めてから、佐後は重要な仕事の担当が春日にならないように動き始めた。しかし、その重要な仕事は誰かが仕事をこなす必要がある。佐後は葛沢に相談した。
「春日さんに仕事を任せていると、近い将来必ず損害を起こしますよ」
「いやでも・・・彼女も頑張ってるしなあ」
現状を維持したがる葛沢の渋った表情。しかし佐後は葛沢の保守的な態度を予想していた。
「自分は心配なんです」
「何が?」
「もしこのまま春日さんが仕事を続けて損害を起こした場合、その責任は誰が取るんでしょうか?春日さんにとれますかね?」
「彼女には無理だろ。一社員がどうこうして済む問題ではない場合もあるからね。私の長年の経験からも言わせてもらえば、責任は上司が取るものさ」
「では、春日さんが起こすであろう重大な問題の責任は、全て上司である葛沢さんがとることになりますね」
「いや、それは・・・」
「契約もまともに結べないような人間ですからね、予算の10倍、いや20倍くらいの損害を出したりして・・・いや、私が心配することではありませんね。私は葛沢さんではありませんから、私が責任を取ることもありませんし」
「・・・俺を脅かしているのか?」
「とんでもないです。私は、ただ、近い将来、葛沢さんに起こりうるであろうことを述べただけです」
「なら、どうすればいいと言うんだ?」
「彼女が行っている仕事を、全て私に任せてもらえませんか?」
「佐後君にか?」
「彼女の仕事の進め方には、無駄が多いところがあります。私に任せていただければ、現状と同程度の仕事なら、彼女より5倍ほど早く片付けられます。もし精度を上げるとしても、3倍ほど早く片付けることができます。もちろん、仕事にミスがあった場合には、全て私が責任を持って対処いたします」
「しかしなあ・・・」
「彼女には別の簡単な仕事を当てればよいでしょう。もちろん、そのまま仕事を交換しても納得しないでしょうから、『春日さんの負担を減らすため』とか『この仕事は春日さんにしかできない』という枕詞をつけて進言してもらえれば、むしろ彼女は喜ぶと思いますよ。彼女の本質は、楽をしたいということですからね。仕事も終えてないのにほとんど残業もしないで帰るのがその証拠です」
佐後の目算では、精度を上げても実際には5倍ほど早く片付けられると確信していたが、保険をかけて低く見積もった。それでも、現状維持を好む保守的な葛沢を納得させるには十分だった。
「・・・今言った言葉に嘘はないな?」
「先日のコンペでも、葛沢さんの教えを生かして、私は無事勝ち取ることができました。葛沢さんのために、少しでも仕事を早く、精度を上げて取り組みたいんです」
「・・・分かった、佐後君に任せよう」
こうして、佐後は少しずつではあるが、春日の持つ重要な仕事を自分で請け負うこととした。春日がやっていた時折より仕事の精度が上がり、また仕事が素早くなっているのは誰の目にも明らかだった。だが、今回の佐後の働きかけは、春日を会社から追い出す足がかりを作ることだけではなかった。
佐後がいくら声を上げても、春日を追い出す決定打にはなりえない。所詮は佐後も一社員。立場的には春日と同等なのだ。そのため、佐後に必要だったのは、追い出す決定打となりうる人物を味方に引き入れることだ。
そこで目を付けたのが、上司である葛沢だった。葛沢の人柄自体は決して好まれるものではなく、佐後もどちらかといえば嫌いだが、葛沢には人脈があった。どういうつながりかは不明だが、会社の重役ともつながりがある葛沢を引き込むことで、多少強引な手を使うことも可能にしたのだ。
(本当なら春日には一切の仕事を与えないようにしたかったが、葛沢の顔も立てておかないとな)
果たして、佐後の思惑通り、春日の仕事を重要なものから簡単なものに置き換え、春日の存在意義を下げることとなった。春日自身はといえば、業務が変わったことに苦情を言うどころか、かえってのびのびと仕事をしているようにすら見える。
しかし、こののびのびした態度により、佐後は痛い目を見ることになる。




