3-1-4 ひかりと彼の不協和音
この前の事件は、虎倉君のいとこさんが吸血族に嚼まれて?? 牙にある、突き刺す痛みを感じさせない「毒」のようなものが体に合わず、ちょっとおかしくなってしまったらしい。
吸血族同士で嚼むなんて珍しいらしいのだけど、人間の血が混ざった人たちが増えてきて、そうしたトラブルも出てきているらしい。
昔のように閉鎖的な社会だと、吸血族は吸血族で、人とは捕食以外の関係を持たずに暮らすのがスタンダードだったけれど、今のように国を超えて人が混ざるようになると出会いの場も増え、感染がウイルスのせいだと判ったことで禁断の恋が禁断でなくなった。
だけど、喰う物と喰われる物の関係は続く。
基本的に、吸血族が起こしたことは吸血族で対応することになっていて、人の血を糧とする以上のことをしでかせば、それなりにペナルティもある。
幸い、牙のある吸血族の女の人は吸血ウイルスがなく、吸われた人間さんも、いとこさんも、感染無し。人間さんの吸血も日常程度で「処理」も無事にできたので、今回はお咎め無し、で落ち着いたそうだ。
あの女の人、首の向きとか結構すごいことになっていたけど、よくそれで丸く収まったな…。
私は腕を握られ、怖い思いをしただけ損だった。
ウイルス騒ぎなんて、滅多にない。普段は個人的に血を吸うレベルのことが密かに行われている程度。それが現在の吸血族と人間の関係であるらしい。
虎倉君のご両親が、久々に日本に戻ってきた、と聞いた。
海外に行っていることさえ知らなかった。
「一年間の予定でイギリスに行ってたんだけど、延長になってあと二年は向こうにいるらしい。妹は今は祖母のところで世話になってるんだけど、今度は一緒に行くことになった」
そこまで聞くと、どういう話かは読めてくる。
虎倉君は私と違って英語もできるし、留学経験は今の時代結構評価される。
もしかしたら、大学はそのまま向こうで進学して、もう戻ってこない、と言うこともあるかも知れない。
ああ、やっぱり。
心のどこかがそう言ってる。
あの時もそうだった。急にうちの引っ越しが決まって、保育園を変わることになって、バイバイって言ったら、もうつながりはなくなった。
毎日繋いでいた手は、一度離れると、戻っては来なかった。
お手紙を書いても返事はなくて、3回出したら諦めた。
小学3年の時に、保育園の夏祭りに行って、久々に会ったみんなは、私のことを忘れてた。同じ小学校の子同士て仲良くしゃべっていて、名前どころか顔さえも忘れられて、輪の中に入れなかった。虎倉君とは目も合わなかった。
吸血族さんは無理に記憶を操作するけど、そんなことしなくたって、人はちゃんと忘れるようにできている。特に印象に残るような要素が何もない私なんて、簡単に忘れ去られてしまう。
「虎倉君はどうするの? 行く?」
「…まだ決めてない」
珍しく、即決していない。結構何でもスパッと迷いなく決めてしまう方だと思ってたのに。
「それって、チャンスだよね。私は英語嫌いだから留学なんて無理だけど、虎倉君だったら活かせるんじゃない?」
思ったことを言ったつもりだった。それなのに、
「本気で、そう思ってるのか?」
と聞かれて、心の奥を見透かされているようで怖くなった。
「…何で、そう思うの?」
笑顔がうまく作れない。
「少しも引き留める気はないんだな」
拗ねてるのが判る。振りでも引き留めれば良かったんだろうか。でも、そんなことできない。そんなことしたら、本当に引き留めてしまう。
「だって…。そう。これは虎倉君の問題でしょ? 私が引き留めるのはおかしいよね。…一人で海外行くのは不安だけど、家族で行けるなら心強いんじゃないかな。行って損はないと思うよ」
つらつらと出てくる言葉は、一般論だ。
目をそらせたまま話を聞いていた虎倉君は急に立ち上がると、
「わかった」
そう言って教室を出て行った。
また英語の小テストに引っかかり、居残りになった私は、その日は声もかけられず、別々に帰った。
いつも声をかけてくれたのは、虎倉君の方だった。そうさせていたんだと、申し訳ない気持ちになった。
いつも、好意に甘えてばかりだった。今さらながらそれに気がついて、もうすぐ失うだろう存在が自分の中であまりに大きくなってしまっているのに戸惑うしかなかった。
それから、話をすることもなく、目が合うこともなく、気まずいままに時間が過ぎていった。
何か話題を作って話しかけようかな、と思っても、特に話題もなく、目を向けても目が合わない。困ったなあ。そもそも自分から話しかけるというのが、あまり得意じゃない。
血は足りてるのかな。血の切れ目が縁の切れ目とか。
まあ、私に義理立てなければ、地球はご飯に満ちている訳だから。海外に行こうが心配はない。この世に人がいる限り。
むしろ、私がいない方がうまくいくんじゃないか。私のわがままに応えようとして、血を得るにも不自由してるんじゃないのか・・。そのことに気がついたら、余計話しかけられなくなってしまった。