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3-1-3 ひかりの心配

 うちの近所にできたカフェのお持ち帰りワッフルが評判だと聞いて、今度お土産に買っていくね、と言う話をしてたら、何故かいきなり今日、虎倉君と食べに行くことになってしまった。

 まあ、別に他に用はないけど。

 いつもは駅まで見送ってもらっているけど、今日は一緒に電車に乗って、私がいつも使っている駅で降りる。

 お店は駅からそう遠くなく、ちょっと待ったらすぐに座れた。

 もちろん、評判のワッフルを頼む…。種類の多さに迷いつつ、プレーンのマロンクリーム添えとミルクティを頼んだ。

 くぅうおおおぉぉ、…。口の中で、栗が踊ってる。甘すぎず、口の中でとろける栗ペーストとつぶつぶが、

 おいしーーー!。

「ご飯前にこんなの食べちゃったら、夕飯入らなくなって怒られそう」

「スイーツは別腹なんじゃなかったっけ」

「食後はね。先に食べちゃうとどうかな」

 同じのを頼んで、まだ手をつけていなかった虎倉君が、マロンクリームの上のトッピングの栗をひとつすくって、私のワッフルの上に置いた。

 いいの? いいの?

 思わずじっと見ると、笑顔で勧められるまま、渋皮のついた栗の甘露煮を頬張って、ああ、私はリスになる。

 いつも思うけど、虎倉君の食べ方には品がある。ちょっとした所作がいいとこの坊ちゃんなのかな、と思わせる。

 片や庶民の私は、遠慮なく、もぐもぐと口にほおばらせて、リスになろうと気にせず、広がる風味を堪能中。

 それをじっくり見られて、ちょっと自覚して恥ずかしくしてると、

「いつも、美味しそうに食べるよなあ…」

と言って、こらえきれなかったように笑みを向けられた。マンガならキラキラ周りが光ってそうで、こっちが照れる。

 私の食事は、あなたの食事。良いもの食べることは、良い血を作ること。

 ワッフルが血に良いかは知らないけど、頑張って食べます。これだけ美味しかったら、頑張らなくても食べられるけど。

 今日は私のおごり、と宣言していたにも関わらず、またしてもおごってもらってしまった。どうしたもんだろう。

「ひかりんの家は、ここから遠いのか?」

「駅からバスで10分くらい。バス停から歩いて5分かな。結構便利な方だよ。電車も快速止まるし」

「…ひかりんと今同じ学校にいて、同じクラスになれたのって、結構奇跡的なんだな…」

 ふとつぶやいたその顔が、何だか寂しそうに見えた。

「大げさだよ」

 まあ、わざわざ隣の市の高校に通わなくても、市内にも高校はあったけど、ちょっとでもいい学校に行きたかったし、交通もそんなに不便じゃないからあんまり迷わなかった。

 …そう言われれば、人の出会いは、みんな奇跡かも知れない。


 虎倉君は、幼い頃、お母さんに触れることを禁止されていた時期があった。

 理由は、無意識に手から血を吸えてしまうため、お母さんの健康を守るため、だったんだけど、本人にとってはとてもつらいことだったようで、その頃同じ保育園にいた私の手をお母さんの代わりにして握っていた。

 今は誰にも「手を繋ぐこと」を止められていないのに、今でもあの時みたいにふと寂しそうな顔をする。そして、この顔をされると、私は弱い。

 今でも人として生きるために、いろいろと我慢してるのかも知れない。

 我慢で連想されるのが、例えば「思いっきり血を吸うこと」? と思ってしまう私は、誰よりも虎倉君のことを誤解しているのかも知れない。充分に大事にされているのに、自分に、血液補充要員以上の価値が思い浮かばない。


 駅に向かって歩いていると、急に虎倉君が足を止めた。私に聞こえないものを聞いている。

「ここにいろ。…すぐに戻る」

 そう言って、早足で元来た道を戻っていった。

 忘れ物じゃないのは、様子から判った

 何だか気になって後を追うと、途中の狭い道に入り込んだ。

 薄暗いけど、駅への近道。

 後を追ってその道に入ると、その先には、異様な光景が…

 地面に転がる女の人は、白目になっていて、首の角度がおかしい。開いた口に光るあの鋭い犬歯は、この前の吸血鬼騒ぎの時に見た、あの牙だ。

 もう吸血ウイルスは解決したと聞いてたのに。

 その奥にいる男の人が、腕に捕らえている男の人の首筋に口を当て、どう見ても血を吸っている。その様子が何だか楽しそうにケタケタ笑っていて、ついこの間見た、吸血化した人間の飢えた荒々しい様子とは全然違う。

「玲二…?」

 虎倉君が、つぶやいた。知ってる人?

「あ、女の子だ!」

 吸血していた男の人がこっちを見た。

 笑顔を見せ、瞬きほどの間にこっちに飛んできた男の人に腕を捕まれた。あまりに移動が早くて、掴まれたと自覚しきれていないうちに、すぐ目の前に顔があり、濃紺の目が「委ねよ」と命じたその直後、真横に風を感じ、その男の人は遠くの壁にぶっ飛んでいた。

 殴ったのは、虎倉君だった。ヴァンピールの一撃をくらい、相手の男は壁に当たった衝撃で目を回し、その場から動けなくなっていた。少し壁に埋もれているようにさえ見える。

 呆然とする私を虎倉君が睨み付けた。

「来るなって言っただろっ!」

 怒鳴られて、思わず一歩足が下がる。でも、悪いのは私だ。来るなと言われていたのに、何も考えずについて行ったんだから。

「…ごめんなさい」

 睨まれていたのは数秒で、虎倉君はすぐに周りの後片づけを始めた。

 血を吸われていた男の人が意識を取り戻すと、今のことを忘れるよう男の人を説得していた。説得と言うより「指示」に近いかも知れない。

 道の向こうで待っていた友達らしい人たちにも何か「指示」をしていた。みんなその「指示」をすんなりと受け入れ、男の人は、友達と一緒に何事もなかったかのように立ち去った。

 倒れていた女の人は、スカートがめくれていた。少し怖かったけど、スカートを直し、散らばっていた、女の人のものと思われる荷物を集めておいた。首は…動かして良いかがよく判らず、そのままにした。

 そうしないうちに人が来て、倒れていた女の人と、壁の下でひっくり返っている男の人をどこかへ運んでいった。警察じゃなさそうだった。

 虎倉君はうちの一人と話をして、多分状況を説明していたんだろうと思う。私のことも何か話していたようだった。話が終わると、相手は早々にいなくなり、虎倉君はそれを見送った後、溜め息を一つつくと、ものすごく怖い顔でまっすぐこっちに近寄ってきた。

 怒ってる。

「腕を見せろ」

 言われるまま、上着を脱いで、シャツの袖をめくると、ほんの短い時間掴まれていただけだったのに、指の跡が赤く残っていた。でも血が出るほどじゃない。

「大丈…」

 言い終わるより前に、背中に回った手に取り込まれていた。

「来るなって言ったのに何で来るんだよ。あんな奴に吸われたかったのか」

「そんな、吸血族さんだって判らなかったし…」

「俺以外の奴に血を吸わせるな」

「そんなつもりは」

「いっそ全部吸い尽くしてしまおうか」

 わ、私を?

 目が青くなっている。何か術をかけようとしてる。

「…。」

 だけど何の「指示」もなく、強く睨まれても、青い目が私を射貫いても、私の心は私のままだ。

 眉間にしわを寄せて、

「おまえは、俺のエサだ」

 首筋に噛みつくように唇を当てられた。ゴクッ、ゴクッ、と飲み込む音が2回。しばらく吸い付かれたまま、ゆっくりと唇が動く。でも、初めの2回の後は、血を吸われている気配がない。

 ゆっくりと首から唇が離れていく。まだ吸い尽くすには全然足りないだろうに。

 目と目が合うと、泣きそうな顔をしていた。

「ばかひかり」

「ばかって言った…」

「ばかだからばかだ。危ないからついて来るなって言ったのに。…ほんと、おまえは自分からトラブルに巻き込まれていくよな」

 虎倉君の腕に少し力が入った。距離が近くなる。

「…吸血族が暴れてる気配がしたから、来るなって言ったんだ」

「今度から、来るなって言われたら、…行かないようにする、かもしれない」

「『かもしれない?』だ? 全然反省してないじゃないか」

 私の中途半端な返事に引きつった笑みを見せて、今にも噛みつかれそうだ。

「だって、心配だったんだもん」

「おまえが心配するな」

 そんな無茶な。

「心配しないのは無関心と一緒だよ。…違う?」

 犬がガルルルル、とでも言いそうな顔をして牽制し、何か言おうとしながらも続く言葉が出てこない。

「心配しないなんて、できないよ」

 虎倉君は言葉を飲み込んだ代わりに軽く唇に触れて、ぷいっと、目をそらした。

 血さえも吸えないほどの短い口づけに、ちょっと赤くなって、でもまだ怒っている。

 私の方が恥ずかしいと思うのを忘れてしまってた。

「…帰るぞ。送る」

 手を引かれて駅まで向かい、バス乗り場でお礼を言おうとしたら、すぐに来たバスに何故か一緒に乗り込んできた。

 今のこの目は、断っても無駄な奴だ。

 結局バス停で降りた後もついてきて、家の前まで送ってもらった。…うちを知りたかっただけ、とか? な訳ないか。

 変な騒ぎはあったけど、今日は美味しいワッフルの日だったのを思い出した。

 あんなことがなかったら、幸せな味に楽しく一日を終えられたのに。

「今日はごちそうさまでした。…次はおごらせてね」

「? …ああ、そうだった。こっちもごちそうさま」

 これは、血の方だ。

「じゃ、また。…守り切れなくて、ごめん」

 せっかく口に出しながら、小さな声で聞き逃すのを待っているかのように謝ったその言葉は、本当は一番言いたかったことなんだと判った。

 来るなと言われたのに行った私が悪いのに。ちゃんと守ってくれたのに。

 気がついたら、腕を掴んでいた。

 振り返らせておいて、言葉が出てこない。

「えっと…」

 こめんを否定しなくていい。ただ、私が言いたいことだけ言えば。

「言うこと聞かなくて、ごめんね。…ありがとう。じゃ」

 手を離すと、さっきまで掴んでいた腕がそのまま背中に回ってきて、強く引き寄せられた。

 突然始まったカウントダウン、

「3、2、1、…よし」

 よし、で一瞬だけ強さが増して、腕から解放された。

「帰りたくなくなることするなよ。…じゃ」

 そう言って、目をそらせながらほんの少し浮かべた笑みが、男前バージョンなのにズキンときた。

 おかしい。私はかっこいい虎倉君には何ともなかった筈なのに。

 困った。本命の彼だから、困らなくていいんだけど、…困った。どうしよう。

 明日からまともに顔を見られなくなるかも知れない。

 そろそろ認めなければいけない。なんとも思わない、関わらない、知らんぷりを続けてたけど、そう思う程度にはずっと意識していたことを。

 でも、また忘れられるのが怖い。仕方がないと思えるようになるまでの、何度も蘇ってくる心の痛みが怖い。

 本当に、今度は本当に大丈夫?


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