3-1-7 ひかりの不安
「じゃあ、明日、学校で待ってるね」
そう言って、持ってきた課題を机の上に置くと、リビングを出た。
すぐについてきて、
「送る」
と言うけれど、
「病人に送られなくていい。…大丈夫だから」
そう言って、お断りした。
玄関まで見送られて、靴を履き終わると、腕を引かれた。
「ん? 何?」
「…寂しい」
「え?」
ゆっくりと近づいてきた顔が、唇に触れる寸前で止まった。
「さっきみたいに、触れて欲しい…ひかりから」
こんなに近い距離で、ただじっと待たれて、どんどん鼓動が大きくなる。迷えば迷うほど、ドキドキする。
泣きそうな顔を見て、迷いながらも目を閉じて、唇を寄せた。
そのまま、ゆっくりと離れようとしたけれど、唇が離れない。
そうしないうちに、唇を透して血が少し流れたのが判った。
ゆっくりと唇が動く。強く、弱く。わずかに開いて、閉じるその動きに合わせて、少しづつ血が渡されていく。
波打つようなゆらめくリズムで唇が揺さぶられ、血のやりとり、それだけなのに、止まらない動悸が苦しい。
血だけじゃない、心まで吸い取られてしまいそう。
私はエサなのに…。もう、エサでいいと思えない。
ゆっくりと時間をかけた吸血から唇が離れ、かすかに笑い声が漏れた。
「ああ、そうか」
いつもの、満足した時とは少し違った笑みが、私の目に映っていた。
「俺が欲しがると吸い過ぎてしまうんだ。今みたいに、ひかりから血が満ちてくると、俺は選んで受け取るだけでいいんだ…。部分吸血って、そういうことか…」
私にはよく判らないけど、確かにさっきは血のやりとりは、ほんの少しだったような気がする。
「それじゃあ、来月からは、月に一回、ひかりから俺に血をくれるってことで」
「はい?」
いきなりのその提案は、…何ですか?
「部分吸血のコツは、俺が吸わないことだ。だから食事の時は、さっきみたいにひかりからで、よろしく」
「よろしく? …さっきって…。あ」
鈍い頭から正解にたどり着いたとたん、ひたすら
「無理無理無理無理!」
と全力でお断りしてた。途端に拗ねた顔で、じろりと睨まれた。
「協力してくれないなら、飢え死にするか、暴れて他の人の血を吸うか…。どっちがいい?」
次は脅迫なの!
「ひかりが選んだとおりにするよ」
浮かべた薄ら笑い。本気なのか、からかわれているのか判らない。
これが、ヴァンピールの本性か。何が何でも思い通りにしようって言うのか。
「…協力は、しないこともない、けど。…りゅーくんが好きだって思わせてくれないと、無理」
あくどい笑みから一瞬、目を見開いて、やがて何とも言えない優しい笑みを浮かべた。
「約束だ」
…負けた。
私に勝てる要素なんて、何もない。そう思い知らされたのに、
「ひかりにはかなわないな」
そう言って、血のやりとりのない、短いキスをくれた。
玄関のドアに手をかけて外に出ようとした時、勢いよくドアが開いて、そこにいた人に、思わず体が固まった。
「流斗! エサ届けに来たぞ! …あ、普通の味の子」
え、駅前で襲ってきた、吸血族の…!
思わず虎倉君の後ろに逃げて背中にしがみつき、喉まで出かかった悲鳴を必死に押さえ込んだ。
虎倉君は至って普通に応対してる。
「もう俺いらね。体に合わない。さっきも吐いたとこ」
「えーっ、こんなに美味しいのに。じゃ、全部もらってやるよ。後の分はキャンセルって所長に言っとくな。今日は配達頼まれただけだから。じゃ、ごゆっくりー」
それだけ言うと、あっさりと帰っていった。
あまりに悪びれない態度に、逆にびっくりした。
…全ては、過去のこと、になってる??
あれだけのこと、しておいて???
「…吸血族って、…みんなあんな感じ?」
「いや、玲二は特に気ままな奴だけど、吸血族って、結構人間の常識、通じないから」
ちょっとびっくりして、あ、足が動かない。立ってるだけで、少しまだ震えが来る。
「少し休んでから帰ったほうがいいな」
「は、ははは…」
そのままへたり込んだ私を見て、虎倉君は手を差し出しながらご機嫌になっていた。
「あいつにはずっとむかついてたけど…。ひかりともうちょっといられるからいいか」
「よくないから! 絶対、あんな人と会いたくないから! りゅーくんも時々常識通じないから!」
私がどんなに怒ろうと平気な様子で鼻で笑うと、軽々と私を抱え上げてリビングに戻っていった。
「だって、俺、ヴァンピールだよ?」




