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合流、そして見えた希望

 ぴかん、とまばゆく空が光った。


「今のはなに……?」

「爆弾の類にしては、大した音がないな。それに被害が出ている様子もない」


 時間はまだ正午にもなっていないような昼間。絶望捜査官をはじめとする諸制度が導入されて以来、絶望捜査官の配置された街はどこもどんよりとした空気が流れていて、どこか空も暗いように感じられるが、さすがに昼と夜の区別がつかないほどとはならない。昼であればそれが分かる程度には周りがよく見える。その状態でひときわ明るく何かが光ったということは、何か特別なことが起こったと理解するべきなのだ。


「雷でもなさそうだし……」

「偶然にしては出来すぎている気もするが、リサを探すアタシたちにヒントを与えるようだな」

「リサが何かした結果だというの?」

「あの女はどこか、一般人とはかけ離れた感じがある。そうは思わないか?」

「思わないと言えば、嘘になるけれど……」


 それを具体的な言葉にしろと言われれば難しいが。私たちと同年代だというが、どこか私たちと似通った雰囲気を彼女からは感じる。本人はあくまで普通の人間として振る舞いたいのか、それとも自然とそうなっているのか。


「いずれにせよ、ここからそう遠くない。行ってみよう」

「ええ、もちろん」


 息は切れるが、走れば私たちにまとわりついてきた絶望捜査官たちをいなすのにかかった時間と同じくらいでその場所にはついた。そこにはいかにも、といったふうの廃倉庫があった。


「しかし、仮にここにリサを連れてきただけとすれば……リサを連行し、アタシたちを刺激することが目的だったのかもしれんな。誘拐にしてはあまりにも杜撰(ずさん)すぎる」

「確かに……でも、リサは何か、私たちからしか得られないような重要な情報を持っていたかしら?」

「いや。せいぜい、小倉の爆破がアタシたちの仕業だということくらいしか、リサは知らないはずだ。しかもそれは現在の情勢を見れば、火を見るよりも明らかだからな。アタシの知る限りでは、コウシロウよりも醜悪な、ただ人間を拷問することが趣味の男がいるが」

「……なるほどね」


 それは天満コウシロウの弟、ユウゴロウその人だ。思慮深く、いつも落ち着いていて尻尾を決して出すことのない用意周到なコウシロウとは正反対に、短気で突発的に行動を起こすことがほとんど。お世辞にも人の上に立っていい人間ではないのだが、コウシロウは彼を第五特別区のトップに据えている。それは単に親族で赤の他人よりは信頼が置けることの他に、残虐性を買っているのもあるだろう。一度失格者の烙印を押された絶望捜査官が行く街だから、反抗勢力が出ないように暴力で押さえつけられる人間が必要、というわけである。

 その廃倉庫の中に入ると、明かりの類は一切なく、地下の方へと続く階段で足を踏み外さないかと心配になるくらいに暗かった。この状態で外まで漏れるほどの光が発生したということは、この中では相当まぶしかったのだろう。そして階段を降り切った先に、ボロボロになりへたり込んだ少女がいた。


「リサ……!」

「ああ……すまない。思ったより早かったな」

「そうじゃない、その傷……!」

「これか? それほど心配は要らない、見た目ほどに痛みは感じていないからな。痛覚の調整をしている。元が人間でないと、そういうこともできる」

「……」


 並の人間であれば気絶していてもおかしくない傷を全身に負った状態で、リサははきはきとしゃべる。そして先ほどの光の答え合わせを、彼女はすぐにやってくれた。リサが右手を空にかざすと、ぼうっと光の玉が浮かび上がる。蛍光灯程度の明るさだが、元から辺りが暗かったこともあって、リサ以外の気絶した男たちの姿が一気に見えるようになった。その中には、クレハと予想してはいたことだが、見慣れた男がいた。


「リョウヤ……やっぱり、そうなのね」

「ユウゴロウの姿もあるな。大方、アタシたちの予想通りのようだ」

「こいつらは知り合いなのか?」

「一部はな。全員、博多の絶望捜査官だ」

「……なるほどな」


 それだけの言葉を交わして、クレハとリサがほとんど同時ににやりと笑う。そしてクレハが、まるで二人の意見が一致しているかのようにして言った。


「ヤヨイ。福岡を目指すぞ。この隙にあの街を叩けば、あるいは予定よりも早く博多奪還が叶うかもしれん」

「ええ……」


 確かにユウゴロウ不在の博多の街に先着し、戦闘を始めれば上手く行く可能性はあるが。クレハとリサが示し合わせたように笑った理由が分からなかった。私に分かるのは、どうやらリサは戦えるようになったらしいということ。


「やはり発想の転換というものは、どの世界であろうと同じだな。私のいた世界よりも戦いやすいかもしれない」


 それからリサは、何があったかを大まかに私たちに説明してくれる。どうやら絶望という概念そのものを使って、具体的なモノに変換するという話だが、リサと同じ世界に棲んだことのない私にはよく分からなかった。そこはクレハも同じらしかった。が、リサに与えられていたという能力の真価を、私たちは早速目撃することになった。


「ここから博多までは少々時間がかかるだろう。クレハとヤヨイは、翼を使ってくれて構わないぞ」

「え、でも……」

「心配は要らない」


 リサは再び先ほどのように右手から光の玉を出す。そこから、天使のごとき翼を一対、生み出してみせた。同じ絶望から変換されたものであるはずなのに、クレハや私の持つ黒いものとはまるで対照的だった。それがリサの背中に宿るだけで、息を呑むような美しさだと感じてしまう。本物の天使が、私たちの前に舞い降りたようだった。


「以前は自分や他の誰かの体力を消費して、こうして物を生み出していたが……この世界では、同じことがずいぶん楽にできる。何せ、空気のようにほとんど無限にあるものを利用しているのだからな」

「すごい……」

「私がすごいのではない。……私を作ってくれた、あの人の技術力が優れていた。それだけの話だ」


 私が素直に感嘆の言葉を漏らすと、リサは照れ隠しなのか、それとも他の何かなのか、苦虫を噛み潰したような表情を見せた。ここまでリサを見てきたが、そんな顔を見せたのは初めてだった。そこでリサが口をつぐんでしまったので、それ以上深掘りするのは気が引けた。


「早く向かおう。リサはあくまで光でユウゴロウたちを気絶させただけだ。私たちが博多の方へ向かうこともすぐに分かるだろう」

「……ええ、そうね」


 クレハが背中から、木の成長を早送りしたような格好で翼を生やす。私よりも先に絶望に堕ち、数え切れないほどの苦難を幼少期から受けてきた姉は、頼もしさをその背中に宿らせると同時に、どこか寂しさをまとっていた。しかしそうして、感傷に浸っている時間はなかった。私も続いて翼を発現させて、クレハと同時に飛び上がる。博多を絶望捜査官たちの支配から解放した時、この国にどのような変化が起こるのかは私にも分からない。けれど、少なくとも悪化することはないだろうと思っている。ユウゴロウはまさしくコウシロウの右腕であり、その権威が失墜すれば、絶望捜査官の地位は大きく変化すると私は信じている。戦い抗う力さえ持っていれば、絶望捜査官を前にしてひざまずき命乞いをする必要はもはやない。そのことを、広めるきっかけにできる。


「行こう。私もこの世界でいうところの、希望に満ちている」


 殿(しんがり)を務めるように、最後にリサが創生したばかりの翼を使って飛び立った。

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