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想定外

「……さて」


 絶望捜査官はいわば、軍隊のようなものだ。まだ制度上は天満家の持ち物であり、国が公認しているわけではないが、容赦なく、絶望を抱えた人間を始末するために訓練を重ねている。一般人が相手でも油断はせず、もちろん私たちのような絶望捜査官崩れの人間や、元自衛隊員のような腕に自信がある人間に対しても優位に戦えるようにされている。だからこそ、その場にいた全ての絶望捜査官たちを完全に無力化するのには、しばし時間を要した。


「この手際……最初から、リサを狙っていたようだな」

「ええ……そのようね」

「とすれば、リサが絶望捜査官と関わりがそもそもなく、銃も持たされているだけでろくに使ったことのない一般人であるという情報が、どこからか伝わっていたということになるが」

「……あまり考えたくはないけれど」

「ああ。犯人は絞られてしまうな」


 私たちは絶望捜査官に支配された街を解放するために全国を転々としている。とはいえ、その場所の人たちと濃く関わっているかと問われれば、それは否だ。あまり肩入れしすぎてはいけない、というわけでは決してない。むしろ一般の人たちでも、協力が取りつけられるならばそれほどいいことはない。単純に、絶望捜査官に歯向かう存在でありながら、”ラスト・リゾート”に駐在する私的軍隊でない私たちが恐れられているのだ。それにリサと出会ってからは、北九州とここ下関にしか訪れていない。


「……どうやら、私たちの悪い予感は当たってるみたいよ」

「……仕方ないな」


 私は気絶させた絶望捜査官たちの胸ポケットから、手帳を人数分抜き取る。うち一人の中身を見て、私は確信した。

 その手帳は天満家公認の『兵士』である証であり、紛失すると複雑な手続きを経て再発行する必要がある。私が絶望捜査官だった当時、周りに失くした人がいなかったため詳しくは分からないが、二ヶ月は再発行にかかるとの噂だ。すなわち一時的に絶望捜査官を無力化したいのであれば、何も力でねじ伏せる必要はなく、ひたすらに盗みを働けばよい。が、一般人にこのことはよく知られていない。


「この男……私の同期で、リョウヤの親友だったはず」

「肩書きは?」

「……第五特別区第七番隊副隊長」

「なるほどな」


 敵の中に見覚えのある顔があった時点で、怪しかったのだが。他の人たちの手帳を見ても、みな第五特別区、すなわち博多の絶望捜査官だと分かった。身分証明の欄を偽装した跡もないし、私自身が、最初に挙げた男が博多配属になったことを知っている。つまり彼らは、東の方からではなく、博多からやってきている。そして博多所属の絶望捜査官は、私たちの父であるコウシロウの管轄ではない。

 コウシロウは博多に絶望捜査官を『更正』させるための制度を作り出したとはいえ、それにより戻ってきた捜査官たちは『邪道』として嫌っており、博多そのものを完全に別の組織として扱っている。制度上はコウシロウをトップとする組織の傘下になっているが、管理は弟のユウゴロウに完全に委ねている。


「他の連中も、第七番隊のようだな」

「ええ」

「一隊あたり、せいぜい六、七人が相場だろう。となれば、リサを連れ去ったのはまた別ということになるが」

「けれど、博多所属であることに変わりはなさそうね」

「まとう雰囲気は紛れもなく、博多の人間のそれだったからな」


 絶望を抱え込んだ人間が、そうでない人たちと違って独特な瘴気をまとっているように。博多で暮らす人間も、ただの絶望とは違う空気を持っている。私がそれを表現するならば、私たちのものよりももっととげとげしく、攻撃性を持っている、というところか。博多という街においては、絶望を抱えているかどうかは問題ではない。他の特別区よりもずっと死と隣り合わせな場所であり、そこで暮らした年数はそのまま、修羅を潜り抜けた経験につながる。それが数年というのであれば、相当しぶといことの証明になる。素人であっても、単に絶望を抱えた人間と博多でいくらか生きている人間を並べられれば分かるだろう。


「さて、どうする?」

「決まってるわ。リサを助ける」

「だろうな」


 絶望とは無縁な子だから、ということもある。私自身が、こんな世界に、こんな家に生まれなければどんなによかっただろうと考えたことがあるから。せめてこの世界の歪んだ部分を、うわべだけ知るのにとどめてほしい。たとえあの子が意図的にこの世界に来たのだとしても、こんな世界が存在していて、一歩間違えればリサの世界もこうなっていたかもしれないという事実を知って、絶望してほしくないから。人はいとも簡単に絶望に堕ちるのだということを、自分の身をもって知った。リサのような子がいったん絶望を知ってしまったら、もう戻れなくなることは容易に想像がつく。


「こんな時、ノノカがいれば、と考えてしまうが。あまり年端のいかない子どもにあれこれ頼るのも、情けないからな」

「そうね……」


 私が絶望に堕ちてしまって以来、ごく最近まで、ノノカとシノちゃん親子が私とともに旅をしてくれていた。しかし途中で寄った”ラスト・リゾート”、すなわち絶望捜査官に対抗できる私的軍隊を持った街で、特にノノカが成長するまでは平穏な生活を送った方がいい、という判断を私とクレハがして、三人はそこにとどまることとなった。

 ノノカは十歳で両親を亡くし、絶望捜査官から命からがら逃れ、そして絶望に堕ちた壮絶な経験を持つ。ゆえに、絶望捜査官という存在に対して非常に敏感だった。ノノカいわく、絶望捜査官は絶望とは全く別の『不快な臭い』がするらしく、出会った当初から多少距離が離れていても感知できていた。以来感覚は研ぎ澄まされる一方で、別れる直前には数キロ離れていても確信を持って言い出すようになっていた。後から聞いた話だが、拷問されていた私をクレハとノノカが助け出せたのも、その特殊とも呼べる直感のおかげだったという。


「ひとまず、リサが連行された方へ向かいましょう。……博多の方へ逃げたことも、視野に入れて」

「そうだな」


 あてはない。無力なリサがこのような事態に陥ることは一応想定していて、位置情報を知らせるデバイスは身につけてもらっていたが、勘付かれ捨てられたのか私たちから比較的近いところで動いていなかった。そこで拘束され続けている可能性はないわけではないが、あまり考えにくい。ヒントのほとんどない状態で、私たちはリサを探し出すしかなかった。

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