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一人、拘束されて

「……っ」


 まさか最初から、私が目的だったとは。人形でも扱うかのようにひょいと持ち上げられ、クレハとヤヨイの二人と離された時、すぐにそのことを理解した。確かに二人に比べれば私は無力で、銃以外の武器を持たない一般人。私を人質に取り、二人に対して有利に立ち回るというのは合理的だ。しかしそれは、私のことをよく知っていれば、の話である。


「(知られたとすれば、いつだ?)」


 この世界に来て以来、自分を隠すように行動してきたわけでは確かにない。リョウヤとも何度も話をして、今回の作戦の詳細を聞いていたし、食料品その他いろんなものを買う際は、なるべく店員と話すのを心掛けていた。店員の中には私に呼応して明るくしゃべってくれる人もいたし、その逆にさっさと帰ってほしそうな態度を露骨に取ってくる人もいた。私を絶望捜査官に準ずる調査員だと疑って、ボロを出さないようにという考えの表れなのか。だとすればそれはそれで、少しの他意もない人間を疑り深く見なければならない点で、この世界は相当悪い方向に進んでいるということになるが。


「おい、女。名前は?」

「……サツキ」

「なら、サツキ。お前はどうしてあの二人と一緒にいた?」


 とりあえず本名を言うのもしゃくだから、適当に思いついた名前を名乗った。ヤヨイが三月だから、五月あたりにしておく。それで通ったということは、どうやら私のことはまだ「クレハとヤヨイの二人と一緒にいる、怪しい女」くらいの認識らしい。確かにあの二人は指名手配犯のようなものだから、私を怪しまない手はないだろう。ただ、私の出自を掘り下げられるのも困る。


「あいにくお前たち絶望捜査官のせいで、両親を殺されてな。あてもなくさまよっていたところを、あの二人に保護してもらった。それだけだ」

「なるほど」


 さらっと嘘をついても、特に怪しむ様子はない。すらすらと、冷めた口調でしゃべったことが効いたのか。さりげなく両親が殺されたという、とんでもない嘘をついたが、それがあたかも当然であるかのようにスルーされたことの方が私は気になった。そのような境遇の子どもなど山のようにいる、ということか。両親が絶望に堕ちていれば、たとえ幼い子どもがいようと構わずに殺すという、この世界の恐ろしさが見えた。


「ならば、『教育』さえ施せば、俺たちの味方になってくれるというわけだ」

「どうしてそうなる? 私の話を聞いていなかったのか? それとも相当な愚か者であれば、また別であろうが」

「……まあいい。いずれそんな口も叩けなくなる」


 絵に描いたような小物のセリフだな、と私は心の中でため息をつく。現実にしろフィクションの中にしろ、私はいくらか悪党というものを見てきたが、ここまでテンプレートな物言いをする人間は初めて見た。

 が、いずれにせよ悪い状況であることに変わりはない。クレハやヤヨイの今回の作戦、その中の行動も、私の存在をある程度前提としているだろうし、仮にそうでなかったとしても、ヤヨイの精神状態が心配だ。聞けばヤヨイが捜査官であったところから絶望に堕ち、相対する人間になったのはごく最近のことだという。ずいぶん暗い経験のありそうなクレハならまだしも、ささいなことに敏感と見えるヤヨイが、私のことを心配するあまり予想外の行動に出たりしていないか気になるところだ。


「(……銃を取り上げられていないことと、()を奪われていないことは、幸いと言えるか)」


 私を本気で屈服させ、絶望捜査官の側に引き入れるにしては詰めが甘い。私はそう感じていた。逆の立場であれば、まず縛るなり何なりして足を奪い、逃げないようにする。一般的に見てもそう奇抜な措置ではないはずだが、どういうわけか私は何の拘束もされていなかった。そして薬で眠らされることもなければ、危険な武器と言える銃さえ没収されていなかった。他に決定的に私が逃げ出せないような仕掛けがあるのか、それとも私が逃げ出すはずはないと慢心しているのかは分からないが、頭の悪そうな連中を見る限り、どうも後者のような気がしてならない。いかに絶望捜査官といえど、一定以上の知能で選別しているだろうから、もしやこの男たちは絶望捜査官ですらないのか、という邪推もしてしまう。


「おい、どこだ。あの女たちと一緒にいたというガキは」


 あれこれ考えていると、急にガラの悪い中年男の声が聞こえた。その声が聞こえるなり、私を取り囲んでいた男たちの表情が一斉に強張り、一気に緊張感が走った。ロボットのように同じ様子を示した彼らは、異様とさえ言えた。


「おうおう、お前か、また随分とちっこいな」

「初対面の女性に対し容姿で悪く言うとは、また随分と品性のない男だ」

「言うじゃねえか」


 私が声の主を視界に入れたその瞬間。私のすぐ後ろにあった壁に穴が開いていた。決してよく思えない、硝煙の香り。銃を撃たれたことに少しの間気づけなかった自分が、最も恐ろしかった。


「こっちにゃいつでもお前をぶち殺せる準備があるってこと、忘れんじゃねえぞ?」

「……っ」


 空気が変わった。先ほどまでのように挑発をするのは愚策であると、本能が告げている。この発砲は技術の高い脅迫だった。すなわち、私の腕や脳天、足などを狂いなく撃ち抜ける腕を持った上で、敢えて外して撃ってきた。そのことがひしひしと感じられ、私はいったん余計なことを言うまいと口をつぐむ。


「とはいえ、お前に死んでもらうにはまだ早えよ。情報を搾れるだけ搾っとかねえと、こいつらを動かした意味がねえからな」

「苦労したところ悪いが、私は大した情報を持っていないぞ。それに私が考えるに、わざわざ私に吐かせなくとも想定のつく情報ばかりだ。少し考えさえすればな」

「それを『わざわざ』吐かせるのが、面白いんじゃねえかよ。なあ?」


 男が嗜虐的な笑みを浮かべる。世の中に邪悪な人間は数知れないほどいるが、心からそんな表情ができる人間を私は見たことがなかった。この男は、本当に恐ろしい奴かもしれない。そう考えると、私がクレハたちと離れ拘束されてしまったのは憂慮すべき事態なのだろう。男はスーツを着込んでいたが、その男にスーツほど似合わない服装はなかった。私の認識では、スーツはおしなべて男性を見栄えよくするものだったのだが、それを改めなければならない日が来るとは思わなかった。


「それは私を拷問なりなんなりすれば情報を吐く、という前提があるだろう?」

「気の強え奴はみんなそう言うんだよ、今時本当の拷問を受けたことのある人間なんていねえからなあ。そうだろ? ぬるま湯しか知らねえお前に、本当の恐ろしさってのを教えてやるよ」


 性根の恐ろしそうな奴の割には、吐く台詞が小物だと感じたが、私は最大限の警戒をする。痛覚を最小限に抑え、記憶の一部を全身から切り離しシャットダウンする。

 私は曲がりなりにも、人造人間だ。外から見れば普通の人間と何ら変わりないし、臓器や血管の働きも人間のそれにかなり近いというだけで、設計の際にはきちんと従来型のロボットが参考にされている。人間には本来必要のない機能もいくつか存在する。それに自分で気づいたのはごく最近のことだが。脳神経と身体が人間より少し独立傾向にあるのも、その一つだ。


「(……さて、この身体がどこまで耐えられるか)」


 どんな程度のものか分からないとはいえ、私は今から拷問されるというのに妙に落ち着いていた。これまでに拷問を経験したというわけでもないのに。同等に過酷な場面に遭遇してきたからだろうか。私には、仕打ちに耐えつつクレハとヤヨイが助けに来るのを待つしかなかった。


「(……”創生(そうせい)”が使えていれば、というのは夢物語に過ぎないか)」


 サイズや生物種など、様々な条件を指定し、創り出す能力、創生。まさしく無から有を生み出す力であり、与えられた私自身、非常に強力だと思っていた。しかしそれは環境や自身の体内に『データ量』という概念があることを前提とした話。質量を持たないものなどめったに存在しないこの現実世界においては意味をなさない。それに私は亜紗という姉を失い、虚構世界に生きる半人間の状態から脱したことで、その能力も失った。


「(さて……この身体が、どこまで耐えられるか)」


 痛みをほとんど感じないように切り替えたことは、吉と出るか凶と出るか。私はこれから受けるのであろう仕打ちのことをなるべく考えないようにしながら、目を閉じた。

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