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第十三特別区・絶望捜査官駐屯地爆破事件

 絶望捜査官の制度が欠陥まみれである証拠の一つに、第五特別区の人口飽和が挙げられる。すなわち、精神を病み、第五特別区に異動になる絶望捜査官が多すぎるあまり、その都市一つでは抱えきれなくなってしまったのである。そこで今、近隣の旧政令指定都市である北九州市――現第十三特別区に、同様の機能を持たせようという動きがある。現在再教育施設が完成しており、駐屯所は建設中。それが完成し次第、第二の”失格者”受け入れ先として機能し始める。いわゆる『正常な』絶望捜査官も、それに合わせて追加で任命され、赴任する予定のようだ。私たちの父の権力は想像以上に強く、特に私が天満の家を追い出された前後を境目に、ますます特別区に指定される都市は増えている。それに合わせ、父は絶望捜査官になれば絶望を抱えても立ち直るためのプログラムを手厚く用意している、と喧伝し、そのおかげで年々新しく資格を得る絶望捜査官の人数は増えている。おそらく第五特別区に配置する人数を変えなくとも、間に合ってしまうだろう。


「絶望捜査官などという、とんでもない制度を作り出すような世界だから、てっきり私の知るものなど何もないと思い込んでいたが。案外あるものだな」

「絶望捜査官の支配下にある都市――つまり、特別区は街並みをまるごと変えられて、無機質になってしまっているけれど。港や世界遺産あたりは、案外残っているものなの」


 私とクレハ、そしてリョウヤとリサの四人で、第十三特別区の東端の方へやってきていた。東端と言えば、門司港があり関門海峡があり、小倉の街並みがかつて広がっていた場所。そして近くには、旧八幡製鉄所がある。

 小倉の街並み自体は、絶望渦巻くそれに完全に置き換わってしまった。が、八幡製鉄所は世界遺産として今も触れられず残っている。天満家は絶望捜査官に関する諸制度を、まずは着実に日本に広げようという方針であり、現状海外ではよく知られていない。そんな状況で世界遺産を取り壊しでもすれば、批判の矢面に立つのは天満家。今後のためにそれは避けたいという思惑を透けて感じる、臆病さが出た一例である。


「旧八幡製鉄所が残されている理由は納得した。が、門司港も残っているのはなぜだ? まあ、取り壊す理由があるかと言われれば、ないのかもしれないが」

「リサの言う通りよ。たとえ取り壊したとしても、それほど空き地が増えるわけでもないから。それに、この港はいまだに重要な役割を果たしているの」

「……なるほど。『落ちこぼれ』を護送する船が発着する、というわけだな」

「ええ」


 リサに詳しく説明するより先に、実物が私たちの目の前に現れる。フェリーのような十数人ほどを乗せられる船が港に近づいてきたのを見て、クレハが私たちに隠れるように合図を送った。


旭日旗(きょくじつき)の色を反転させたような旗があるのが見えるか? あれが、絶望捜査官や天満家を象徴するものだ。いずれ日本中に、この腐った制度を広げるという意思を示しているようだが。あれは良くも悪くも目立つ」

「……何とも趣味が悪い。よりによって、しかるべきところから猛反発を食らいそうなデザインにするとはな」

「昔から趣味の悪い男だったよ、アタシたちの父親は。自分のしていることが歪んでいると理解したうえで、表面上は正しいと信じているように見せかけ、他人に強要する狂った奴だ。娘が自分の方針に反しているからといって、信頼する部下に娘を拷問するよう命令する父親など、世界を探してもそうはいまい」

「……なるほど。それは確かに醜悪だ。だが、どこの世界にもそういう愚かな人間はいるものなんだな」


 リサが妙に腑に落ちたような声質でクレハに言う。どうも経験したか、見たことがあるのではと思いたくなるような雰囲気だったが、尋ねることはできなかった。私が過去のことをあまりべらべらと他人に話したくないと思うのと同様に、リサもまだそれほど親しくないこの状態で打ち明けたいとは思わないだろうから。

 しばらくして船が着岸すると、中から十人ほどの絶望捜査官が出てきた。毅然とした態度の正規の絶望捜査官に比べ、黒無地の服を着た彼らはまるで罪人のようだった。実際、絶望捜査官という制度が当たり前の者たちから見れば、彼らは『失敗作』であり『罪人』なのかもしれないが。その表情は様々で、げっそりとやつれた感じを出している者もいれば、この世の全てが憎いとばかりに周りをにらみつける者もいた。まだ北九州市――第十三特別区は『落ちこぼれ』の受け入れ先としては機能していないため、このように本州や北海道方面から来た彼らはこれから陸路で福岡市、第五特別区へと向かう。


「……ただ、精神を病んだ絶望捜査官たちが即死刑にならないあたりは、まだ救いがあるのかもしれないな」

「その考え方はあまりよくないな。わずかな希望を求めて行動していると、それが奪われた時に行くべき道を見失ってしまう。それに、何ら罪を犯していない人間が他者に裁かれ殺されるのは、確実に間違っている」

「そんなことは、この世界の人間であれば誰もが理解しているさ。理解しているが、それが現在の制度であり、それに勝る方法を思いつけない限り、従うほかない。そういう意味で、天満家が出した解答は、今の世の中にとっては正解なんだ」


 この国に生きている人みんながみんな、希望を投げ出したわけではない。絶望捜査官という存在に管理してほしいと願ったわけでもない。『ぼんやりとした不安』が私たちの心をじわりじわりと覆ってゆく中で、みんなどうすればこのだんだん傾いてゆく状況を打破できるのか考えていた。だが、ついに効果的な、あるいは効果的だと多くの人が納得できるような方法は出なかった。唯一それらしい方法として出たのが、絶望捜査官という制度だったのだ。それをずっと続けていて、この国がいい方向に向かうとは誰も思えなかった。私たちの元父親のあの人でさえ、そのことを分かっているに違いない。だが、その方向に突き進むしか、当時はやり方がなかった。


「……さて。計画を始めるぞ」


 絶望捜査官たちが出発するのを見届けてから、クレハが私たちに言った。

 やることは簡単。この第十三特別区で現在建設中の、絶望捜査官の駐屯地に爆弾を仕掛け、破壊する。ただしあくまで人を傷つけることが目的ではないから、誰も立ち入る可能性のない深夜に決行する。私たちらしからぬ過激な作戦であり、私はクレハにそれとなく文句を言ったのだが、


「今さら言うことか? 今の絶望捜査官たちの方が、よほど過激な活動をしていると私は思うが。それに革命とは往々にして、派手な行動を含むものだ」


 と一蹴されてしまった。確かに野暮な意見だったな、と思うのと同時に、慣れてしまっている自分が恐ろしかった。


「無関係の人々を守るために行動することは何度かあったが……私が妨害工作をする側になるとは、思ってもみなかったな」

「何を言っている。この妨害工作も、一般の人々を守るためだぞ。『絶望を抱えないように生きなければならない』と怯える者たちをな」


 リサもクレハに文句を言いつつ、着々と爆弾を仕掛けてゆく。文句を言ってはいたが、その顔は何だか楽しそうだった。ちなみにその爆弾は、リョウヤによれば「裏ルートから仕入れてきた、今回の一連の作戦が成功すれば多額の報酬がもらえることになっている」らしい。その張本人のリョウヤは、今回の計画が露見しないよう、本来の絶望捜査官としての仕事をするために第五特別区にとどまっている。


「どういうわけか、あまり『悪いことをしている』という実感はないな。むしろ、この世界に来てから初めて、明るい気分になっている気がする」

「当然だ。人間を殺すのが悪いことだというのは、リサ、お前の世界でも常識だろう?」

「そうだな。……それがだんだん常識でなくなっているのが、この世界なのだろうが」

「それを常識の範囲内に引き戻すのが、アタシたちの仕事だ」


 私は正直、まだリサが並行世界から来たという事実を受け入れきれていなかった。確かにこの世界の人間でない感じはするが、それはリサから話を聞いたうえで抱いた感想であり、そうでなければ、まあこんな人間も世の中には一人くらいいるだろう、としか考えなかったと思う。それに対してクレハは、至って自然にリサという存在を受け入れていた。私が天満の教育に毒されていた間に、いろんなところを旅し、多様な価値観に触れてきたからなのだろうと思うと、少しうらやましいと思ってしまう。リサは年下なのにどことなく偉そうで、あまりよく思わない人もいるだろうが、不思議と仲良くしてみると面白そうだと思える。


「……さて、こんなところか」


 明らかに駐屯地を爆破するだけなら多すぎる量の爆弾を仕掛けたところで、クレハが私たちを呼び寄せた。


「それで? 私たちはどうするんだ? まさかいかにも犯人らしく、現場にとどまるわけにもいかないだろう」

「そうだな。今仕掛けた爆弾は全て、絶望捜査官たちによる警備が手薄になる深夜二時に起動するように設定されている。その間にアタシたちは、第五十八特別区へ移動する」


 クレハはその方角を指差しながら、そう告げた。リサも納得したようにうなずく。

 第五十八特別区――すなわち、向かう先は下関市だ。

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