出会い、そしてきっかけ
「会わせたい子がおるんや」
私とクレハは、かつての同僚である神目リョウヤと、指定された喫茶店で落ち合った。そして席に着くなり、いきなりそう切り出された。
「いきなりね」
「そらまあ、今日の話題はこれしかないからな」
「それだけのためにこんなに大げさなことを?」
「大げさ言うけどな、結構大事なんやこれが」
リョウヤは私と大学校を同期で卒業している。その後、ともに第六特別区――昔で言うところの神戸市だ――の配属になり、絶望捜査官としての仕事を始めた。新人指導に当たったのが私とは別の人であったため、リョウヤと一緒に仕事をする機会はほとんどなかったが、大学校時代の成績が近かったこともあり、いくらか会話をする関係ではあった。
「そもそも”流された”あなたがここにいるのもおかしな話なのに。まずそっちの話から聞きたいところなんだけど」
「まあでもそれは、大した話ちゃうから。それにその子、今外で待ってもらってんねん」
「……分かったわ。呼んで」
季節は春先といったところだが、まだまだ外にずっといると寒く感じる頃だ。自分の興味でその子をこれ以上寒い目に遭わせるのは違うだろうと感じて、私はそう言った。
『かつての同僚』と私がリョウヤのことを言うのには、二つ理由がある。一つはもちろん、私が絶望を抱えてしまい、絶望捜査官をやめてしまったからだ。すでに絶望を抱えていたクレハとの出会いによって、私は絶望捜査官が人々を監視し、絶望を抱えた人間が殺されるのが当たり前というこの世界に疑問を抱いてしまった。それを指導担当だった先輩に悟られ、過酷な拷問を受けた末に私自身も闇に呑まれてしまったのだ。今は拷問で瀕死になっていた私を助けてくれたクレハと、追っ手から逃げつつ各地を絶望捜査官の支配から解放するための戦いを続けている。いつ終わるかなどは分からない。私たちが死んでも終わらないかもしれない、という覚悟は決めているつもりだ。それだけ、『絶望は悪』という概念が人々の中に染みついてしまっている。
「……この子が?」
「侮るなかれ、絶望捜査官その他もろもろのことをすぐに理解した賢い子や」
リョウヤが連れてきたのは、大学校に通っていそうなくらいの年頃の女の子だった。
私が『かつての同僚』と呼ぶもう一つの理由は、リョウヤ自身も絶望捜査官の落ちこぼれだから。絶望捜査官は仕事とは言え、絶望に堕ちた人間を殺す使命を与えられている。それで精神を病む者も一定数いるため、定期的に健康診断が行われる。そこでそれ以上絶望捜査官を務めるのが困難だと判断されると、再教育プログラムを受けるための部署に異動になる。リョウヤは今、そこの一員なのだ。
しかし再教育と言いつつ、それは実質的な島流しである。絶望捜査官のやっていることはどこまで行こうと結局人殺しだから、一度心が壊れてしまえば、元に戻ることはない。それを分かった上でなお天満家は絶望捜査官という制度を推し進めているのだから、いよいよ極悪人の集まりである。
「庵郷リサだ。リョウヤから話は聞いている。二人ともかの悪名高き天満の家の出身だが、反発していると」
「反発とは人聞きの悪い。まるでアタシたちが駄々をこねる子供のように言うな」
「すまない。が、部分的には事実だろ?」
私は生意気な子だな、と思うが、すぐに背丈が勘違いさせるだけで、歳はそう変わらないということを思い出す。ただ、誤解されそうな物言いであるのは間違いない。
「この子はそっちの出身なの?」
「それが、や。別の世界から来たんやと」
「別の世界?」
私の脳内は一気に疑問符で埋め尽くされたが、クレハはそれほど驚くことでもないだろう、と言いたげな顔をしていた。
「概念として並行世界、というものは存在するし、実際あってもおかしくないとは思うが。しかし大真面目にそれを口にする電波がいるとはな」
「なんだと?」
「さっきの仕返しだ、気に留めるな」
クレハとリサはどうやら相性が悪そうだ。それにしても、並行世界という話が嘘であるとはあまり思えない。絶望に堕ちればそれ相応の武器が身体から生えてくることを考えれば、私たちの常識では測れない事柄があってもおかしくない。
「……まあいい。私もむやみやたらに反抗するほど、自分が子どもでないことを信じたいからな。が、私がこの世界にはびこる絶望捜査官という制度について、よく知らないというのは事実だ」
「知らないなら正直に知らないと言え」
「まあまあまあ」
まさか私が仲裁役になる日が来るとは思わなかった。リサはクレハとよく似ていると思う。クレハのことをよく知らないとはリョウヤとは言え、何とかならなかったのかと私は思ってしまう。このままクレハとリサに会話をさせると大ゲンカになりかねないので、私が進行することにした。
「……でも、リョウヤからあらかたのことは聞いたのでしょう?」
「ああ。”第五特別区”についても、把握済みだ。というより、私がこの世界に来て最初に降り立ったのがそこだったんだがな」
「それなら、話が早いわね」
”第五特別区”。
その昔福岡市と呼ばれていたその地は、全国で唯一の『道を外れた絶望捜査官』の配属先だ。自身の仕事が人殺しだと認識してしまい、精神を病んでしまったそのような絶望捜査官の他、彼らを監視するための『正常な』絶望捜査官もある程度駐屯している。私が絶望捜査官という制度の総本山である天満の家の者でなければ、余生をそこで過ごすことになっていたかもしれない。
「しかし、絶望が犯罪に直結するという考えがここまではびこっているとはな。よそ者ながら、気の毒だ」
「あなた、ひどくはっきりと物を言うのね」
「変にごまかしぼかすよりはいいだろう。とは言え、私も言い過ぎるきらいがあるのは自覚している。もしよければ、遠慮なく指摘してほしい」
リサが根はいい子なのだろう、ということは分かる。やはりクレハと相性が悪いだろうが。
「……さて。こっからが本題や」
リョウヤが空気を変える。リサはすでに話を聞いているのか、隣に座るリョウヤの方をじっと見ていた。
「……俺は第五特別区の奪還計画を立ててる」
「奪還計画?」
「二人は分かってるやろし、リサにも話したから分かると思うけども、第五特別区は他とは毛色が違うんや。言わば絶望捜査官の落ちこぼれが集まる場所。絶望捜査官の制度をぶち壊すなら、そこからやるのが一番効率がええ」
「……それは、その通りだけれど」
私とクレハは、父が着実に広げている精神統制法、そして絶望捜査官の制度に対抗するため、小さな都市を巡っては戦う、というのを繰り返している。あるところでは私とクレハ二人で絶望捜査官に対峙して勝利したり。あるところでは独自に絶望捜査官に対抗するための軍隊が組まれていて、彼らと協力して戦ったり。小さな都市に限っているのは、絶望捜査官の配置数が少なく、こちら側が不利になりにくいからだ。だから大都市――より狭い意味では、旧政令指定都市に関しては、意図的に避けてきた。
「第五特別区の絶望捜査官はみんな、自分らがやってるのが殺人で、悪いことやと認識した連中や。逆に言えば、今ある制度が何かおかしいって、気づいてる連中ってことにもなる。やから、煽動もしやすいし、大都市は大都市でも情勢をひっくり返しやすい」
「……そんなに上手く行くかしら」
「そのために、や。まずはちっちゃいクーデターから起こす」
「まるで犯罪者のような言い方だな」
「犯罪者はどっちやねん、って話や。せやろ?」
クレハの指摘をものともしない。成長したな、と昔からリョウヤを見てきた私は思う。臆病で、人を傷つけることを何より怖がっていた。私とは違って、絶望捜査官にならない未来を選べただろうに、そんな性格を何とかしたいと絶望捜査官になることを決めた男。その決意すら、大学校時代にようやく私に打ち明けたほどだった。成長したのは、あるいは”失格”判定をもらってからなのかもしれない。
第五特別区の悪評は、その地にいなくとも聞こえてくる。絶望捜査官の大半が心を壊した者たちだから、手当たり次第に一般人を始末しようとする。『正常な』捜査官でさえ、一般人は殺してから絶望を抱えていたかどうか調べればいい、という態度で、スラム街のごとき状況を容認している。一般人もただ黙って殺されているわけではなく、裏ルートで海外から密輸してきた武器に密造した武器、果てはあえて絶望捜査官に取り入り麻薬を売りさばいて内部から破壊しようとする者など、混沌を極めている。絶望や希望などお構いなしに互いに数を減らしている地でもあり、いずれは向かわなければならないと思っていた。
「……で、どうするの」
「いきなり第五特別区でケンカ売るようなことはせん。外堀から埋める。そのために、まずは第十三特別区――北九州の駐屯地を、爆破する」
規模こそ小さいが。それは大胆な破壊活動であり、反撃ののろしと言えた。