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絶望渦巻く地、博多へ

 風を切る音しか聞こえなかったはずの私の耳に、それをかき消すほどの機械音が響く。見ると、どこにそんなものを隠し持っていたのか、戦闘機が私たちにぴったりと張りついてきていた。


「想定以上の早さだな……しかし一瞬の光で失神させただけにすぎないから、当然と言えば当然か」

「アタシたちは元から翼を持っているからある程度は対応できるが、お前は大丈夫か?」

「心配は要らない。取るべき策なら、いくらでもある」


 ”創生”が使えないから、私は一般人としてこの世界では逃げ回るしかなかった。しかし使えるなら黙って大人しくしておく義理はない。長らく使っていなかったので勘を取り戻す必要はあるが、ヨドと一緒に戦っていたあの時とは事情が違う。莫大なデータ量で莫大な構造物を創り出すわけではないのだ。


「念のため確認しておくが。今から銃を生成して、あれに風穴を開けて墜落させるのは避けるべきということだな?」

「アタシは一向に構わないんだがな。絶望捜査官側の人間を殺すことにもはや抵抗はないし、大して生かしておくことに意味のない人間ばかりだから。……しかしヤヨイが渋るとあっては、アタシも引き下がる他ない」

「別に私も、理由もなく嫌がっているわけではないわ」


 確かに人を殺すことは大前提として人間の定めた倫理に反し、常識的に禁忌であると誰もが認識している。しかしそれは私の世界における話であり、この世界ではそうとは限らない。そもそもその倫理観が大多数の人間に染みついているならば、絶望捜査官という存在は誕生せず、また望まれもしないはずだからだ。そういう意味で、ヤヨイの感覚は当たり前のようで、特別なのだ。たとえ相手がどんな人間であろうと、自らの手で殺めるようなことがあってはならない。


「ひとまず博多に着くまでこちらからは仕掛けない。片をつけるなら、一度の方が楽だからな」

「了解した」

「リサ、お前も人を殺す、あるいは傷つけることに抵抗があるなら、早めに言ってくれよ。それによってアタシの取るべき行動も変わるからな」

「問題ない。重大な犠牲を出さずとも、今回の奪還は成功させられる。私が人を殺さなければならない状態に陥ることは、ない」

「……どうだかな」


 クレハはあくまで計画の邪魔になる者は殺してでも排除すべき、という考えの持ち主のようだった。通常であれば悪とみなされてしかるべきな思想だが、これで罪なき一般人を恐怖による支配から解放しようとしているのだから不思議だ。こうして並行世界を渡り歩くことがなければ知る由もなかった、歪な世界。それを本当の意味で根底からまともにすることは、この両手では難しいだろう。クレハとヤヨイが解放したのがいまだいくつかの小都市にとどまっていることが、その証拠だ。だが例えばこうして、大きな都市を”攻略”する手助けができたとするなら。それは未来へのきっかけとなり、私がここにやってきた意味はあったと、言い切ることができるだろう。

 おそらく天満コウシロウの弟、ユウゴロウを乗せた戦闘機は私たちを威嚇するように周りを飛んだかと思うと、ぐんとスピードを上げて去っていった。


「……さて。ここからが正念場ということだな」

「仮に失敗したとしても、立て直す時間はある。北九州の施設を爆破したのはそのためではなかったのか?」

「その通りだが、失敗を前提に行動してはいけないということだ。リスクを認知しておくことはある程度重要だが、行き過ぎると精神に影響を及ぼす。この世界では、説得力があるだろう?」

「……そうだな」


 最初にクレハと出会った時は、随分と達観した人間だと思った。他人からそう言われがちな私が評するのはどうなのかと思うが、まさに別世界に生きる人間、といった雰囲気が彼女からは感じられた。その顔をそれなりの時間見てきた今でも、その印象は変わらない。しかしクレハにはクレハなりの考えがあって、行動しているのだと理解できた。そして絶望を経て達観してなお、少しも希望を捨てていない。だからこそ、妹で元絶望捜査官のヤヨイが全幅の信頼を寄せて共に行動しているのだろう。この姉妹と出会ってよかったと、私は思う。私のこの力をどのようにして活かし、どのような貢献ができるか、それを考えるためのきっかけを得られた。あとは、学んだことを行動に活かすだけだ。

 第五特別区の中心には、比較的すぐに着いた。小倉からの距離はおよそ70キロだというが、そこは翼を使って飛んでいるからなのか、距離感覚の割には時間がそれほど経っていないように感じられた。


「……さて。ユウゴロウたちが、どう出てくるかだな」

「そうね……」


 クレハの合図に従って、私たちは福岡タワーの屋上に降り立った。それができるのも、翼あってこそだ。政令指定都市として真っ先に特別区化した福岡市の中で、当時のまま残された数少ない構造物の一つ、福岡タワー。絶望を抱えた人間が逃げる際に追っ手を巻けないようにするため、そして絶望捜査官が追跡しやすいようにするため、他の建物はみなかなり低くなっている。爆発などからおおよそどのあたりで争いが起こっているのかが見られる。三人でそれぞれ120度ずつ眺めていると、ひと際大きな爆発が私の見ている方角に映り込んだ。


「……まるでそちらから来いと、言われているようだな」

「地の利は向こうにあるから、余裕があるだろうな。しかし押されるかもしれないと考えているなら、ここにはいない」


 今度は合図なしで、クレハが飛び降りる。ヤヨイも一拍遅れてそれに続き、最後に私も翼を広げて風を受けた。黒煙の上がるその場所に降り立つと、やはりと言うべきか、出っ張った腹ですぐにその人と分かる男が悠然と立っていた。ユウゴロウが下卑た笑いをこちらに向ける。


「その顔はどうやら、この街を奪還できる気でいるということらしいな?」

「それが最初から、アタシたちの目的だ。ここは最初からお前のような小物が統治するには向いていなかった。殺されたくなければ、大人しく諦めるといい」

「どうだか。俺ぁそこまで行き当たりばったりな男じゃねぇよ」


 一度真顔に戻ったユウゴロウが、もう一度さらに醜悪な笑みを浮かべる。クレハの言葉などものともしないといった様子。この期に及んで何か秘策でもあるのか、と思った瞬間。ユウゴロウは指を鳴らした。それとともに、絶望捜査官らしき二人の女性が脇道から姿を現した。


「「……っ!?」」


 まさかそれが秘策とでも言うのか。私が拘束されたものの、もっと多人数を相手取ってクレハとヤヨイは生還している。その程度は脅威ではないはずだった。


「いいえ……そんな……」

「まさか、な……いや……」


 クレハは自らの考えを打ち消すように首を横に振り、ヤヨイはその場にへたり込んでしまった。二人がこの一瞬で、到底戦える状態でなくなってしまったと私が気づいたのは、クレハとヤヨイの青ざめた顔を見てからだった。

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