※不憫なジャミランと人形貴公子①
リリーエリカを湖に落とした日から部屋に軟禁されたジャミランは、その日も朝から喚き声を上げていた。
「あ〜!ムカつくムカつくムカつく〜!何で僕がこんな目に合わないといけないんだよ!全部全部あいつが悪いのに〜!」
声は大人の男性のものだが、喚いている言葉は幼な子が上げているのではないかと思える幼稚な内容だ。食事を運ぶ以外では何があろうとも部屋の扉を開けてはならないとのオルフィ侯爵の命令を受けている騎士達は、高慢で我儘で癇癪持ちの若君の相手をせずとも良いことを喜びながら扉の前で立っていた。
喉が痛くなるほど怒鳴っても喚いても今日も騎士達が部屋に入って来ないと知ったジャミランは、目についた部屋にあるものを手当り次第、掴んでは投げつけたり、飾り棚に置かれた花器や陶器の人形などの大きな音が立ちそうなものを選んでガチャン、パリン!と片っ端から割っていった。そうすればメイド達が今日こそは掃除をするために部屋に来てくれると思ったからだ。
しかしメイド達も騎士達同様、食器を下げる以外の世話は不要とオルフィ侯爵夫人に命令されていたから誰も部屋に入ろうとはしなかった。それにメイド達もまた騎士達同様、普段のジャミランの振る舞いに嫌気がさしていたので、奥方の命令をこれ幸いと喜んで部屋を素通りし、誰も掃除する者がいないジャミランの部屋は、ジャミランの心と同じように日に日に荒れていく一方だった。
どれだけ叫んでも暴れても可哀想で不憫な自分を慰め、謹慎処分を下した両親をとりなして自分の謹慎を解こうとする者は一向に現れない。苛立ちは収まりそうにはなかったが、喉が枯れ、暴れ疲れたのもあって、一旦暴れるのを止めたジャミランは、荒れ果てた部屋で唯一被害がなかったベッドの上にゴロリと寝転がると不憫な境遇にいる自分を憐れみ、自分をこんな境遇に追いやった妹を激しく恨んだ。
不憫なジャミランの不運は6年前の夏の季節、両親の代わりに領地の別荘にいる妹に会いに行った時に、妹にカエルを投げつけたことがきっかけで始まった。
最初にして最大の不運はジャミランの妹の魂が天の国から戻ってきてしまったことだった。魂が戻ってきたばかりの妹は祖父と同じ色無し……黒髪赤い瞳ではない容姿……で、空から宝玉が落ちてくるかとジャミランに尋ねるほどの愚か者だった。
それなのに遅れてやってきた両親も使用人達も皆が皆、妹の帰還を喜び、可愛いだの聡明だのと言って大いに可愛がり始め、これからは家族一緒に暮らすのだと言って王都の屋敷に連れ帰るとまで言い出した。しかも、だ。ジャミランが密かに憧れていたアントラーまでもが、どういう理由でなのかは不明だが妹を心酔し、妹に騎士の誓いを立て、妹専属の護衛騎士となってしまったのだ。
両親や使用人達の愛情を独り占めしただけでなく、お気に入りの騎士まで奪った妹に対し、怒りが沸いて仕方がなかったジャミランは妹が戻ってきたきっかけを作った小さなカエルを見つけると、その小さな命を奪うことで気晴らしをしたが大して気は晴れず、父が使用人に譲り渡した地図をその後に出てきた黒蛇に驚いて駄目にしてしまい、全てを見ていた使用人達に冷たい目で見られることとなった。
妹への怒りの気持ちは解消できず、小さな命を粗末に扱い、地図を駄目にしたことを使用人を通じて両親に知られ注意されたジャミランは、王都に帰ったら愚痴を聞いてもらうために友人達と会おうと思っていたが、ジャミランの不運はそこで終わらなかった。
長年オルフィ侯爵領の金を横領し、オルフィ侯爵家の私物を不正に横流しして利益を得ていたオルフィ侯爵家の親戚縁者達がもっと私腹を肥やそうと欲をかき、夏にジャミランの両親を事故に見せかけて暗殺し、妹を神殿に追い出し、後継者となったジャミランを傀儡にしようとしていたことがアントラーの友人達の告白によって発覚したのだが、ジャミランの友人達の親は皆、その首謀者であるオルフィ侯爵家の親戚縁者達だったのだ。
ジャミランの父が新たに雇った騎士達によって逮捕され、犯罪を犯した親戚縁者達の子どもだったジャミランの友人達は皆、平民に下り、遠方へと追いやられてしまったので、ジャミランをチヤホヤしてくれた親戚縁者達や友人達は一人もいなくなってしまった。
王都の屋敷に戻ってからもジャミランの不運は続いた。今までジャミランの世話を焼いていた乳母や子守役や家庭教師達が皆、屋敷から追い出されていたからだ。それというのも彼らはオルフィ侯爵家の親戚縁者達の手の者で、親戚達から命を受けてオルフィ侯爵家の私物を盗んだ犯罪者だったからだが、どんな我儘も聞いてくれていた者達がいなくなることはジャミランにとって辛いことであった。
今までジャミランを甘やかしてくれた使用人達が一掃され、代わりに入ってきた使用人達は贅沢や怠惰を許してくれず、ジャミランの日々の態度を厳しく諌め、誰もジャミランの味方にはならない者ばかりだったから、ジャミランは自分の家にいるというのに窮屈な思いをしなければならなかった。それが我慢ならなかったジャミランは秋からの学院生活に希望を抱いたのだが、残念ながらジャミランの不運は学院に入っても続いた。
昔からマウントラル国の貴族の結婚は一部例外を除き、殆どが政略結婚である。しかしながらマウントラル国では貴族が社交界に出るのは成人してからと決まっていて、未成年の子どもを守るという意味合いから社交界では未成年の子どもの話をしてはいけないというのが昔からの暗黙の了解となっているため、貴族達は未成年の我が子の婚約者を社交界で探すことが出来なかった。
運良く親同士が友人でお互いが子連れで交流をしたりだとか、仕事上の付き合いでお互いの家を行き来する中で子どもを偶然見知ったとか、親戚縁者達からの紹介だとかで婚約を決められたら問題は無いのだが、そうそう上手い具合に年齢や家格がピッタリと釣り合う子どもがいないことの方が多いため、殆どの親は我が子の婚約者を探すのに苦労することになる。そこに目をつけたのが神殿だった。
マウントラル国が建国された大昔から寄進を集めるのに必死になっていた神殿は、我が子を身分が高い貴族と結婚させてやりたいと考える平民や、直接の縁故がなくとも何とかして玉の輿に乗せたいと願う下級貴族や、自分は恋愛結婚をしたいのだという子どもの意見に賛同したいという上級貴族もいることを知っていたため、その親達の要望を叶えることで、何とかして多額の寄進を得られないだろうかと考えていた。
なので、その当時の巫女姫に社交界では未成年の子どもの話が出来ないならば、未成年の貴族が一堂に集まる場を設ければ良いと王家と貴族に進言させ、ありったけの寄進を王家と貴族達から巻き上げて王都に学院を作った。……そう、マウントラル国の王都にある学院は結婚相手を子ども自身に探させる婚活の場所として作られたものだったのだ。
大人のいる社交界には出られなくとも日常生活の大半を共に過ごす学院に子どもが入れば、子どもが直接自分の目で多くの子息子女を見ることが出来るので、人となりを判断した上で婚約を申し込むことも可能になるし、学院で出会った当人同士が愛情で強く結ばれれば身分差があっても婚約が出来るという風潮……女性を巫女姫見習いに仕立て上げる……を学院を建てる時に神殿が作っていたのもあって、玉の輿も夢ではないという利点があったため、婚約者を見つけられない貴族の子どもの大半が学院に入学した。
学院はそんな場所であったから、当然ながら特別貴族と呼ばれるオルフィ侯爵家の長男であり、女神ハハの神使の蛇神と同じ色を持つジャミランは入学する前から生徒達の注目の的だった。そして実際に入学してみれば、両親譲りの美貌が人目を引き、ジャミランは入学直後から生徒達の誰からもチヤホヤされ持て囃されたのだが、ジャミランの不運は学院に行っても収まらず、その人気は一週間しか続かなかった。
その原因は王都にある神殿の本部にいる巫女姫の夢枕に蛇神が立ったことによって、蛇神の本当の色味はジャミランやメフィラスのような色味ではなく、祖父やリリーエリカのような色味だと大体的に神殿が発表したせいだった。
それでもジャミランが、やり手の外交官として名高かったメフィラスと同じくらい優れていて、誰に対しても丁寧に接するリトラと同じくらい優しい性格をしていたら、例え蛇神と同じ色味を持っていないとわかってもジャミランの人気は落ちることなく、その後も変わらず生徒達から持て囃されていたことだろう。
しかしながらジャミランは学院の誰よりも傲慢で我儘であったため、自分よりも下の身分の生徒達と話そうとせず、人を馬鹿にしたり、貶める発言ばかり口にしていたのもあって、オルフィ侯爵家の黒髪と赤い瞳の持ち主が神に特別に愛されている証ではなかったのだとわかった途端、生徒達はジャミランを持て囃すことをピタリと止めてしまった。
それどころか蛇神が巫女姫の夢枕で、蛇神の住まう土地をジャミランの父に守らせるために、美しい魂を愛でるという女神ハハが好んで手元に置いていたジャミランの妹の魂を地上に帰したのだと神殿が発表したものだから、生徒達の関心は皆、ジャミランの妹に移っていった。
今まで自分を持て囃していた彼らが話しかけてくる話題が全て妹のことに変わってしまったことが気に入らなかったジャミランは、誰に対しても不機嫌な表情で妹の悪口ばかりを並べ立て、蔑み貶める発言をあげつらってばかりいた。
すると家族の情を知る生徒達からは実の家族にすら愛情を持たない冷徹な人間だと影で評され、貴族らしい貴族の家に育った生徒達からは家族に情は無くとも構わないが、それをそのまま誰彼ともなく語るのは貴族として未熟な者がすることだと影で嘲笑された。
いくらオルフィ侯爵家が高位の貴族とは言え、跡継ぎがこのような者では今後の付き合いに、それぞれが望む利は見いだせそうにないと、ジャミランは早々に見切りをつけられてしまったわけだが、ジャミランはそれを自分の言動が招いた結果だとは思わず、愚かな妹がいるせいで自分は生徒達に敬遠されたのだと思い込んだ。
そして妹のせいで婚約者探しは難航しそうだとジャミランが思った矢先に、マウントラル国に歴史的な大事件が起きたことで、さらにジャミランは不運に見舞われることになった。




