※リリーエリカと死に戻りの巫女姫⑤
翌週からアントラーはリリーエリカの護衛騎士に復帰したもののの、祖母を亡くし、妹を引き取ることになったことを考慮され、当面の間は護衛は日勤のみで夜勤は免除となった。エミーキララは、この数ヶ月間が嘘であったかのように元気と明るさを取り戻し、頭のたんこぶも数日で治まり、日常生活にも問題はなさそうだと医師にお墨付きをもらったので、成人するまでオルフィ侯爵家でリリーエリカの小間使いとして働かせてもらうことが決まり、兄と同じように翌週から働き始めた。
数ヶ月後。その日も厨房ではリリーエリカを取り囲むコック達の真剣な姿があり、その中にはエミーキララも当然いた。
「……と、こうして蒸し上がったガンロネ国のお芋は、このまま食べても美味しいし、ちょっとお塩をまぶしたり、バターやマヨネーズをつけて食べても美味しいです。食べ飽きたら天ぷら粉をつけて焼けば、芋きんつばにもなりますし、他には蒸したものを裏ごしして砂糖を混ぜて型に入れて冷ませば芋ようかんに、さらには砂糖だけではなくバターや生クリームを混ぜて型に入れて、上から卵黄を塗って焼けばスイートポテトにもなりますし、もっと柔らかいクリーム状にして、スポンジケーキにかければ栗のケーキと同じくらい美味しいケーキにして食べることも出来るんです。そして残った蒸した芋は薄く切ってザルに並べて天日干しにすれば干し芋が出来るから、いざというときの携帯食になって便利なんですよ」
リリーエリカが蒸した芋を人数分に切り分けた物を厨房にいる者達は、恐る恐る口にした。果物でもないのに甘みがある芋にコック達は驚き、唸った。エミーキララも、こんなに美味しいものは初めて食べると、うっとりと目を細め、舌鼓を打った。
「これ、美味しいです、リリーエリカ様!ガンロネ国から輸入されたお芋が、こんなに甘くて美味しいなんて私、知りませんでした!」
エミーキララが興奮気味に言うと、コック長も他のコック達もエミーキララに同意し、流石はリリーエリカ様だと褒めちぎり、マウントラル国で採れる芋で、このように甘い芋は今までなかったから食べ方がわからずに困っていたから助かりましたと喜んだ。皆の喜ぶ顔を見て嬉しそうに微笑むリリーエリカが、この国では芋をおやつとして食べる食文化は今までなかったようだから無理もないとボソリと呟いた後、皆が見慣れぬ甘い芋の利点を上げ始めた。
「さつまいもは……このガンロネ国のお芋は私の知っている遠い国では初心者でも育てやすいと有難がられていた植物なんですよ。作りやすくて味が良く長期保存が可能……しかも、この芋は私の住んでいた……いえ、その国の西部で特に人気があった品種のお芋に良く似ているから、もしもこのお芋が同じ特性を持っているものならば、生育が早くて収量も多く見込めると思います。煮てよし焼いてよし揚げてよしとどんな調理法で食べても美味しく、ビタミンや食物繊維……えっと体に良い栄養が色々入っているんです。それにお芋だけではなく茎も食べられるから、私は戦時中はこれできんぴらを作って食べ……とにかく、このガンロネ国の芋は使い勝手が良くて、お得なんです。……と、お父様達に話したところ、そんなにも育てやすいのならと試しに領地で栽培してみようと言ってくれたんです。ですから来年からは皆も食べる機会が多くなると思います」
微笑みながら説明しているリリーエリカをエミーキララは、私達のお嬢様は、なんて賢いのだろうかと尊敬の眼差しで見つめる。エミーキララはここに来て日は浅いが、小間使いとしてリリーエリカの傍で数日過ごす内に、幼子とは思えないくらいに聡明で、祖母以上に穏やかで優しいリリーエリカに懐き、兄と同じようにリリーエリカに心酔してしまっていた。
そんな風にリリーエリカを好ましく思っているエミーキララは、自分達兄妹の主人となったリリーエリカについて、ある程度は把握していたので、厨房の皆と共に、意味ありげにリリーエリカの後ろに立っているハルジオンに視線を移し、答えがわかりきっている質問をした。
「へぇ〜、そんなにも、すごいお芋だったんですね。あっ、もしかして、このすごいお芋を探して旦那様に勧めたのもハルジオンさんの体の為にですか?」
リリーエリカの遊び相手兼侍従見習いとして、リリーエリカの傍にいるハルジオンは体つきが華奢で、よく熱を出すからか、リリーエリカは常にハルジオンの身を案じ、ハルジオンの体に良い食べ物はないかと書庫に通い詰めて資料を探したり、外交官をしていたメフィラスに外国の食べ物について尋ねたりしているのを屋敷中の誰もが知っていた。
ハルジオンは美少女に見間違えるほど容姿が整っていたが、エミーキララの好みは自分の兄みたいに雄々しい男性だったのもあって、エミーキララはハルジオンに対し、憧れや親しみといった好意を初見で感じることはなかった。それどころかリリーエリカの小間使いとなって日常を一緒に過ごす内に、リリーエリカに強い親しみを感じるようになると、いつもリリーエリカに気にかけてもらえているハルジオンを羨ましく思うようになり、ハルジオンに対し、若干の嫉妬の感情を抱くようにもなっていた。
だから今回もリリーエリカがハルジオンを思って行動したのかと、エミーキララは多少の嫉妬を浮かべた目でハルジオンを睨みながらリリーエリカに言ったのだが、リリーエリカの返答は誰もが予想していなかったものだった。
「確かにお芋はハルちゃんの体に良い食べ物ですが……でも実はそれだけが理由ではありません。ハルちゃんとエミーちゃんは今年14歳でしょう?この国の成人が18歳と聞きましたので、それまでに二人は巫女修行を済ませないといけないんですよね?……実は私、こんなことを言っては神様に怒られちゃうかもしれないけれど、あまり、この国の神殿が好きではないんです」
「ええっ!?」
リリーエリカの発言内容にエミーキララも厨房にいたコック達も少し離れた所にいるアントラーも目を丸くして驚いていたが、ハルジオンだけはリリーエリカが神殿を好まない理由に思い当たることがあるのか、驚いた顔は見せず、代わりに何故か目を潤ませ、リリーエリカを熱い視線で見つめ出した。
「私は親がいない子どもをあんな状態になっても放置している神殿を信用していません。だから神殿に大事なハルちゃんやエミーちゃんを……ううん、本当は私、国中の女の子達を神殿の巫女修行になんて行かせたくないんです。だけど私は何の力もない子どもで……、前と同じで私は何も出来ない一般人だから、全ての女の子達を助けてあげたくとも助けてあげることが出来ません」
前に何があったのだろうか?エミーキララは厨房にいる者達の顔をそっと見回してみた。厨房にいる大人達もハルジオンも、その理由を知らないようだったが、自分の兄だけがリリーエリカの言葉の意味を正しく理解しているように感じたので、流石は私のお兄ちゃんだと、エミーキララはアントラーのことを誇らしく思いながら、リリーエリカの話の続きを聞くことにした。リリーエリカは子どもらしからぬ自嘲めいた笑みを顔に浮かべながら言った。
「私、巫女修行の期間はお布施の額で短縮出来るというお話を耳にしたことがあるんです。だから私……ハルちゃんとエミーちゃんの巫女修行のお金だけでも、ガンロネ国のお芋で稼げないだろうかと思ったんです。ここの領地の神殿は、ハルちゃんが育ったような王都の神殿みたいに酷い場所ではないとは思うけれど、出来るだけ二人を神殿に置いておきたくないんです。沢山お布施したらハルちゃんもエミーちゃんも短い期間で巫女修行を終えて帰ってこれるんでしょう?」
キュッと思い詰めた表情で大人達を見回して尋ねる小さなリリーエリカの姿に、エミーキララは感動し、体をプルプル震わせ、リリーエリカに抱きついた。
「私の巫女修行の為に、そこまで考えてくださっていたなんて!本当にありがとうございます、リリーエリカ様っ!なんて優しいのでしょう!大丈夫ですよ、リリーエリカ様!こう見えて私は兄ゆずりの体力と根性もあるので、お金がなくたって巫女修行をチャチャッと直ぐに済ませてきますから!」
どうやらハルジオンも心が喜びでいっぱいになったらしく、顔を赤く染めて涙を流し、リリーエリカに駆け寄り、片膝をつき、エミーキララが抱きしめているリリーエリカの手を取った。
「っ!リリーエリカ様、そんなにも僕のことを考えてくれているんですね!すっごく嬉しいです!ありがとうございます!あっ、でも!僕の為の巫女修行のお金は要らないんですよ。そのお金はリリーエリカ様の為に使って下さい。その時が来ても僕はずっとリリーエリカ様のお帰りをお待ちしていますから!あのですね。驚かないで聞いてほしいことがあって。実は僕は……」
「ちょっとハルジオンさん!リリーエリカ様に馴れ馴れしく触らないで下さいますか!今、リリーエリカ様は私と感動のハグをしている最中なので邪魔しないで下さい!」
ハルジオンの言葉を遮ったエミーキララは、ハルジオンをキッと睨みつけた。ハルジオンもキッとエミーキララを睨み返し、負けじと言い返してきた。
「そっちこそ僕が話している途中でいつも割り込んで邪魔してくるなんて酷いじゃないですか、エミーキララさん!今日だって折角のチャンスだったのに!それにそっちこそ、急にリリーエリカ様を抱きしめるなんて馴れ馴れし過ぎますよ!アントラーさんやメフィラス様達から聞かなかったんですか?リリーエリカ様は驚きすぎると気を失ってしまうんですよ!」
この数ヶ月でエミーキララはハルジオンのことを女の子だと勘違いをしているリリーエリカにハルジオンが真実をいつ告げようかと悩んでいることを知ったが、リリーエリカに気にかけてもらっているハルジオンへの嫉妬の気持ちからハルジオンが真実を口にするのをいつも邪魔していたから、ハルジオンから快く思われていなかった。
エミーキララもハルジオンも相手より先にリリーエリカからは離れないぞと意地になって睨み合いを続けていると、二人のいがみ合いを止める剛の者が現れた。
「はい、そこまで!二人共いい加減にしないか!ここは刃物と火を取り扱う厨房だ!暴れるなら外でやれ!……リリーエリカ様、大丈夫でしたか?」
リリーエリカを挟んで両者が一歩も引かない状態で睨み合ってるのを止めたのは、リリーエリカの護衛騎士長となったアントラーであった。エミーキララは兄には逆らわないし、ハルジオンもリリーエリカが信頼しているアントラーには逆らわない。厨房の者達の安堵のため息の中、アントラーは二人をリリーエリカから引き離し、リリーエリカを縦抱っこに抱き上げた。
「はい、大丈夫です。ありがとう、アントラーさん」
「それなら良かったです。あの……リリーエリカ様。私も少し前にメフィラス様達から聞かされて知った話があるのですが、どうやらリリーエリカ様も、そこの二人も知らないようなので、これから皆で応接室に行って、私が話すことをどうか驚かずに聞いてほしいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、わかりました、アントラーさん。なるべく驚かないように頑張って聞いてみます」
「ありがとうございます、リリーエリカ様。では応接室に行きましょう。……二人は私の後をついてきなさい」
エミーキララはリリーエリカを抱き上げたまま応接室に向かう兄の背を追いかけ、ハルジオンと共に歩いていき、着いた応接室でアントラーからマウントラル国に起きた奇跡の話を聞くこととなったのだが、それがエミーキララの一度目の人生と同じ末路を歩むことになるフラグが完全に絶たれた話であることに気づくことは永遠になかった。




