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リリーエリカと金色の少女⑭

 多くの人々が見守る中、スダール大神官が放り投げた水晶玉は大きく弧を描いて落下していき、待合室のテーブルの角に当たり、木っ端微塵に割れたのは一瞬の出来事だったのだが、リリーエリカの目にはそれがスローモーションで動いているように見えていた。


 老人が空中に放り出したオーブ……水晶玉……は大きく弧を描いている途中、5つの色に様変わりしていった。無色透明なオーブが最初に変わった色は薄い桜色の光を放つオーブだった。そのオーブの中心に真白な両翼が浮かび上がり、一人の若い女性の姿が空中に浮かび上がる。


 アントラーと同じ髪色と瞳の色を持つ女性は笑顔を浮かべている。濃い茶色のブレザーと赤いギンガムチェックのスカートを身につけている。大きくて丸い瞳が印象的な女性は、放課後教室に来る小学校の低学年の女の子達が好む美少女達が悪と戦うアニメに出てくる、元気の良いお人好しなヒロインにどことなく似ていた。その女性が胸のところで自分の手を合わせて目を閉じる。


 〈癒やしの羽よ。闇から彼の人を解き放て〉


 女性の高めの可愛らしい声がリリーエリカの頭の中に響く。どこかで聞いたような声だと思うが思い出せない。若い女性がその場でクルリと回ると、女性の姿は若い男性の姿に変わる。リリーエリカは男性が誰だか直ぐにわかった。リリーエリカの兄のジャミランだ。空中に浮かび上がるジャミランは子どもの姿ではなくて、影がある大人の男性の容姿をしていて、前世で香織ちゃんに見せてもらったゲームで見た姿と同じ姿だった。


 ジャミランもまた、先程の女性と同じ色のブレザーとギンガムチェックのズボンを履いていて、どうやら二人が着ている服はどこかの学校の制服らしいと思えた。いつの間にかオーブは薄い桜色から燃えるような赤色の光に変わっていて、その中心には黒い蛇が浮かび上がっている。ジャミランは左手で自分の前髪を後ろに流して寂しげに笑う。


 〈私は大きな罪を犯した。これは罰なんだ。だから私を癒やそうとするな〉


 リリーエリカは青年となったジャミランの声には聞き覚えがある。老人ホームで欠かさず見ていた、健康番組のナレーションの声だった。ジャミランがクルリと回る。次に現れたのは金髪碧眼の小柄な青年だった。リリーエリカは青年が誰だかわからないが、老人ホームの職員達が見せてくれたファンタジー映画に出て来た、クルクル巻毛の天使にどことなく似ていると思った。


 彼は顔立ちが幼く見えるが、ジャミランと同じ服を着ていることから彼も学生なのだろう。オーブは青色に光り、その中心には金色の虎が浮かび上がる。小柄な青年は両手を広げて人懐っこい笑顔を向けてきた。


 〈兄上と比べないのは君が初めてだ。ねぇ、僕を一番好……ううん、なんでもないよ〉


 女の子のような高い声がして、そういえばテレビで少年の声を担当する声優は女性が多いと言っていたような気がするとリリーエリカは思い出していた。小柄な青年がクルリと回る。すると小柄な青年は黒いローブで全身を包み、顔もよくわからない人物へと変わっていった。


 正体不明の人物はジャミランよりも背が高いようだ。青色に光っていたオーブは空のような碧色に光り、中心には金色の竜の姿が浮かび上がっていたが、一瞬後に何故か竜は虎に变化し、また竜に戻っていった。黒いローブの人物は真正面を向き、右手で見えない顔をさらに隠すようにして立っている。


 〈俺は全てが憎い。なのに君だけは憎めないのはどうしてだ?〉


 凛々しい青年の声がする。良い声だとリリーエリカは思った。黒いローブに包まれている人物はどうやら若い男性らしい。黒いローブの青年がクルリと回ったときに黒いローブが脱げて、彼の後姿が見えた。肩の所で一つに結んだ直毛の髪は小柄な青年と同じ金髪で、さっきの青年達と同じ制服を着ていることから彼もまた同じ学生なのだろうと思っていたリリーエリカは、次に現れた人物を見て目を大きく見開いた。


 そこにいたのはリリーエリカ自身だった。といっても今の姿ではない。成長したリリーエリカのようだ。背丈だけで推察すれば歳の頃は16、7歳位ではないだろうか?成長したリリーエリカは先程の女性と同じデザインの服を着ている。成長したリリーエリカは母のリトラと顔つきがよく似ていたが、とても痩せ細っていて顔色が酷く悪かったし、表情は暗く、目はうつろだった。


 オーブの色は碧から真っ黒に変わっていき、中心には何の動物も現れず、ただただ真っ黒な闇がそこにあった。成長したリリーエリカは瞳に憎しみを宿らせて泣きながら両手を前に突き出した。


 〈私を一人ぼっちにした世界なんて大嫌い!皆んな闇に飲み込まれてしまえ!〉


 澄んだ声が悲しみの色に染まっていて、聞いているだけで切なくなるような声だった。声は自分だが、そこに含まれている悲しみの色は戦争を体験した者の悲哀の色によく似ていた。どうしようもない抗えない不幸な出来事により、人生を無理やり変えられた者だけがその悲しみを正確に感じとれるだろうとリリーエリカは思った。


 泣いているリリーエリカもクルリと回った後、姿が消えていった。5つの色に変わったオーブは元の無色透明なオーブに戻った。そうして長い滞空時間を経て、オーブは待合室のテーブルの角に当たった。その瞬間、オーブは再び光りだした。


 それはまばゆい白色の光だった。白く光るオーブの真ん中には緑色の小さなカエルが浮かび上がったかと思った途端、空中にリリーエリカがよく知っている人物の姿が浮かび上がった。


「香織ちゃん?」


 そこにいたのは紛れもなく香織ちゃんだった。中学生の香織ちゃんの面影が残る、大人になった香織ちゃんが老人ホームに実習に来る大学生達とよく似た服を着ていた。もしかしたら香織ちゃんは大学に進学したのかもしれない。前世のリリーエリカの年齢では、香織ちゃんの大学生姿は見ることが出来ないと思っていたから、成長した香織ちゃんの姿を見ることが出来てリリーエリカは嬉しく思った。美しい大人の女性になった香織ちゃんがニッコリとリリーエリカに笑いかけてくる。


『お婆ちゃん。今世でいっぱい一緒にいてくれてありがとう!遊んでくれてありがとう!私と私のパパを救ってくれてありがとう!無事に前世の記憶を思い出せたようだね!本当に良かった!お婆ちゃん、私と友達になってくれてありがとう。さようなら、お婆ちゃん!私はずっとお婆ちゃんの幸せをこの世界から祈ってるよ。私もこの世界で頑張るから、お婆ちゃんも不幸な運命なんかに負けないでね!悪役フラグなんて、ピエ・タンケで倒しちゃえ!』


 香織ちゃんはそう言った後、リリーエリカに向けて何かを転がす仕草をし、そのまま消えた。リリーエリカはメフィラスの腕から出て香織ちゃんの方に手を伸ばそうとしたが、メフィラスとリトラによって、それはかなわなかった。


「リリーエリカ!水晶玉の破片を踏んだら危ないから、じっとしていなさい」


「そうよ、リリーエリカ。大人しくしていてね」


 リリーエリカは香織ちゃんがいた空間を指差して言った。


「だって今、香織ちゃんが!オーブにいろんな人が!」


 両親が不思議そうな表情でリリーエリカを見る。


「ん?カオリちゃんとは誰だい?それにおーぶとは何かな?」


「誰もそっちにはいないわよ」


 どうやらオーブ……水晶玉……の色が変わったり、色々な人物が見えたのはリリーエリカだけだったらしい。そしてリリーエリカが香織ちゃんの姿に気を取られている内にオーブは割れたらしく、オーブはどこに行ったかと視線だけで探せば、部屋の隅にキラキラと光る破片が飛び散っているのが見えた。リリーエリカは周囲を見回し、割れた破片で誰も怪我をしていないようだったのでホッと息をつき、安堵した後、オーブが当たったテーブルの下に光るものが見えたので大きな破片かと思ったが、そこにあったのは、とても意外なものだった。




 前世で義父から荒物屋を託され、長い間一人で営んでいたリリーエリカにとって、貴金属類は馴染みがないものであった。しかしながら戦後、人々が今日を生き抜くためだけに働くのではなく、人生を楽しんで生きるために働こうと思えるくらいに国全体が裕福になった頃、商店街の中に新しく出来た宝飾店のマダムとリリーエリカは友人関係だったことにより、ほんの少しばかりだが宝石類についての知識があった。


 また宝石に詳しくなかったとしても、その後の人生において鉱物がそのように割れるのを一度も見たこともなければ聞いたこともなかったので、リリーエリカはテーブルの下の光るものの正体に気がついた時、とても驚いた。


 何故ならテーブルの下には、木っ端微塵に飛び散る破片に混じって6つの銀色の玉とその6つの玉よりも小さな緑色の玉が転がっていたからだ。リリーエリカはその大小合わせた7つの玉を知っている。何故ならそれは香織ちゃんとの思い出がある、ピエ・タンケで使う道具だったからだ。


 6つの銀色の玉はボール、小さな緑色の玉はビュット。それらを使うピエ・タンケは、リリーエリカの前世で生きた世界にあったフランスという国で生まれた球遊びが進化したもので、前世のリリーエリカのいた国ではペタンクという名前で親しまれているスポーツだった。


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