リリーエリカと金色の少女⑫
部屋で言い争う三人の男達を覗き込んで見ている者達は、初等学び舎の事前健康診断を受けに来ている子どもの付き添いで来ている者が殆どだった。彼らはリリーエリカが泣きながら話していた言葉を聞いて、一斉に顔をしかめた。
「もし子どもが話していたことが本当だったとしたら、あいつらがやっていることは虐待なんじゃないのか?」
誰かがポツリと言った。それにつられるようにして、人々はヒソヒソと囁きあった。
「この部屋に入ったとき、やけに綺麗な子だなと思ったから私もチラチラと様子を見ていたのだけど、まさか神様の愛し子だったなんて……。確かに私もあの子が何かを飲んでいるのを見ていないわ」
「ええっ!?それって虐待というよりも暴行じゃないか?。あそこにいる若い神官があの子は話せないし自分では歩けないと言ってたじゃないか?自分で喉の乾きを言えないんじゃ、さぞかし苦しくて辛かっただろうに……」
リリーエリカを抱き上げるメフィラスとメフィラスの横でリリーエリカの背中を撫でるリトラは、子ども達の泣き声と人々の咎める視線とヒソヒソと話す声を聞いて言い争いを止めた男達が声の主達を探すようにしてキョロキョロと周りを見回している姿を見て、顔を強張らせ、お互い視線を交わし合った後、人混みの一番後ろに移動した。
リリーエリカはリリーエリカを庇うようにして後ろに回った両親と、リリーエリカを庇うメフィラス達の姿を更に隠すようにして前に立った護衛騎士のピーターとキールに守られていることを不思議に思いながらも金色の髪の少女のことが心配でならなかった。リリーエリカの両親と護衛騎士達は自分達が隠したリリーエリカが泣きながらも少女のいる部屋をずっと見つめ、少女をとても気遣っている様子に心を痛め、お互いの顔を見合った。
「娘はあの子を助けてほしいと言っているが……どうしたものか。助けてやりたいのは山々だし、娘は嘘を言う子ではないが、私達があの部屋を離れている間に彼らがお茶を飲ませていたとしたら、言いがかりをつけられたと抗議されてしまうだろう」
彼らにリリーエリカがいることを知られたくないメフィラスは名前を言わないようにと気遣いながら話した。それを察したリトラも夫に倣って話しだした。
「まぁ!私達の可愛い娘が嘘なんてつくはずがありませんわ!それに……実は私、先程誰かが話しているのを聞いたのだけど、子どもの世話をする人の中では、おしめ洗いを凄く負担に思っている人がいるそうなんですって。だからその回数を減らすために、子どもに水分を取らせるのを控えさせようと考える人も中にはいるそうなんですの。それに部屋で騒いでいた男性達の内の一人が話していたのだけど、ここの神殿は貧しくて孤児院は人手不足なんですって。だから人一倍、世話がかかる神様の愛し子をここでは世話がしきれないから外国に養子に出しているそうですわ」
メフィラスや護衛騎士達は、リトラの話を聞いて顔をしかめた。護衛騎士のピーターやキールは元々、地方とはいえ、王立騎士団に所属し、女神の呪いにかかるまでの短い間だったが、民を守るために働くことに喜びを感じていたほど正義感が強かったので、子どもを虐める行為が行われたと知って怒りを募らせた。
「もしもそれが本当で、人手不足だからとかおしめを替える手間が面倒だからと、わざと子どもに水分を取らせていなかったとしたら、それは皆が言うように虐待であり、暴行であり、下手をしなくとも殺人行為に値する。急ぎ、王立騎士団に知らせなくては!」
キールが鼻息荒く怒りの声で言うと、ピーターも拳を震わせ、それに同意した。
「お前の言う通りだ。それに孤児院の職員だけではなく、それを神殿の神官と大神官が黙認していたということは組織ぐるみで日常的に虐待が行われている可能性がある。それともう一つ……神様の愛し子を外国に養子に出していたという話も気になるな。神様の愛し子は人一倍、世話がかかるというのに何故、外国の者は養子に欲しがるんだろう?」
人混みの後ろから聞こえるキール達の話し声を聞き、そこにいる者達の目線は更に冷たいものになっていく。リトラにトイレでの話を聞かれていた者達はバツが悪そうに顔を俯かせたが、それに気がつく者達はいず、彼らのヒソヒソ声は段々と声が大きくなっていった。
「確かにおしめを替えるのは面倒だ。だが我々、子守り役や乳母はそれも仕事として生活の糧を得ている者達だ。だから面倒だからと言って仕事を疎かにすることは絶対にしない。そもそも子どもも大人も同じ人間なんだ。自分達だって喉の乾きを感じて水を求めるのに、どうして子どもに水を与えないという残虐非道な行為が出来ようか?」
「そうよね。生命に直接関わる水を与えないという行為は、同じ人として絶対にやってはいけない行為だわ。それに小さな子や神様の愛し子なら尚更、自分で喉が渇いたと気が付かなかったり、言うことが出来ないのよ。だから私達のような子どもを養育する立場にある大人は子ども達の様子を観察して、状況にあった対処をするのが当然のことなのに、それを組織的に怠らせていたなんてありえないことだわ。あの神官達は本当に女神ハハを信仰している人達なの?」
「……というか、あの外国の貴族も変じゃないか?あんなにあの子を養子に欲しいと言っている割には、あの子にお茶が与えられていないことを知らないなんてさ?大体さ、何でわざわざ外国で養子縁組をしようとしているんだ?自国にだって孤児院はあるだろうに」
部屋の中で言い争っていた三人の男達は人々の咎めるような視線やヒソヒソと囁かれる声を聞き、必死になって反論をし始めた。
「わっ、私達は虐待なんてしていません!この子にだって、お茶を飲ませています!……なんだ、その不信の目は!?私が嘘をついていると思っているのか!あなた達の見ていないところでちゃんと飲ませていたんだ!証拠もないのに不確かなことは言わないでもらおう!」
狼狽えながらも若い神官が反論の声を上げた。
「そうです!この者の言う通りです!何の証拠があって我々を侮辱するような言葉を言うのですか!事と次第によっては、あなた達の仕える貴族家に侮辱を受けたと抗議の手紙を送りつけますよ!」
水晶玉を両手に持つスダール大神官は強い口調で人々を脅した。人々は自分達の主人の家に抗議の手紙を送り付けられてはたまらないとスダール大神官から視線を外し、ピタッと口をつぐんだ。
「わ、私だってマウントラル国へは仕事で来ただけだ!隣国に帰る前に、このマウントラル国が、この世界で唯一の、神が実在する国だからと思い、神殿に祈りに来て、たまたま孤児院の庭に出ていた、この綺麗な子を見て、自分の養子にしようと思っただけだ。だから君達が怪しく思う理由なんて何もない!この子にお茶を飲ませていないという証拠もないのに、変に疑うのは止めてもらおう!でないと私だってこの国の民に侮辱されたとマウントラル国の王に訴えるぞ!」
ナメゴン男爵がマウントラル国の王に訴えると言ったので、人々は皆、あからさまに顔を引きつらせ、たじろいだ。対岸の火事のように自分達とは関係のないことだと思い、好き勝手に言ったことが原因で自分達の身に火の粉が飛んでくるのは嫌だと人々は目を泳がせ、一歩、二歩と後ずさりしていった。
「根も葉もないことで騒ぐのは止めて帰りなさい。今日の初等学び舎の事前健康診断は中止とします。日を改めて受け直すか、関連書類を帰りにもらって後日に提出するように。あっ、日を改めて受け直すときはあなた達は付き添わないように。証拠もないことで疑う人間を女神は嫌いますからね」
「スダール大神官の言う通りですよ。証拠もないのに私達を責めるなんて、あなた達は最低です。さぁ、こんなところで覗き見なんてしていないで解散して帰って下さい」
「それがいいですね。彼らが帰ったら、また話し合いをしましょう。全く、証拠もないのに無実の人間を責めるなんて、あなた達の人間性を疑います」
人々が怯えるのを見た三人の男達はお互いに目を配らせ、形勢は自分達に有利だと確信し、人々を解散させようとしたときだった。
「証拠なら、あります!」
人混みの中から、可愛らしい子どもの高い声が聞こえてきた。




