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幸福を呼ぶカエル

 オルフィ侯爵領からの早馬がオルフィ侯爵家に着いた時、リリーエリカの両親であるオルフィ侯爵夫妻は隣国に向かうために馬車に荷物を詰め込ませている真っ最中だった。


 オルフィ侯爵夫妻は本当ならば息子を旅立たせる前に自分達が先に旅立つつもりでいたのだが、旅立つ直前になって息子が両親の言いつけに背き、友人達の家に泊まりに行く約束を取り付けていたのが発覚したため、先に出発するのを取りやめていたのだ。


 ゴネまくって行きたがらない息子を先に領地に送り出し、息子が約束を取り付けた相手に謝罪の手紙を送っているところにオルフィ侯爵が王都の屋敷にまだいることを知った職場の仲間が次々と仕事のことで相談しにオルフィ侯爵家を訪れてきたため、すっかり出発が伸びに伸びてしまっていた。


 友人との約束をオルフィ侯爵が断ったことで癇癪を起こしていた息子を問答無用で旅立たせたことを覚えていた夫妻は、領地からの早馬は息子が自分を王都に戻すよう強く催促する手紙だろうと思い、お互い顔を見合わせ、ため息をついた。


「全くジャミランには困ったものだ。リリーエリカと過ごせる最後の夏になるかもしれないというのに……」


 オルフィ侯爵がガックリと項垂れながら言うと、オルフィ侯爵夫人は夫の腕に自身の手をそっと添えて、慰めの言葉をかけた。


「仕方ないですわ、メフィラス。ジャミランはリリーエリカと顔を合わせたのは二度ほどしかありませんもの。兄妹という自覚が薄いのでしょう。それにジャミランは今年14歳になるでしょう?お茶会で教えてもらったのですが、14歳は第二次反抗期というものが来てもおかしくはない年頃だそうですわ。婦人達がいうには第二次反抗期というものが来ると、どれだけ正しいことを言われたとしても、素直に大人の言葉に従うのは癪に障り、何でもかんでも悪態をつき反抗する態度を取ってしまうらしいの。だからジャミランもきっと、その第二次反抗期というものなんですわ」


 妻の慰めの言葉を聞いたオルフィ侯爵は、フゥ〜と深く息を吐くと、自分の腕に添えられた妻の手をもう片方の手で重ねた。


「ありがとう、リトラ。君は本当に愛情深い女性だね。そうか、ジャミランは14歳になるのだったね。そしてリリーエリカはもう直ぐ10歳になってしまう……。年を取ると月日の巡りが早まるように感じるというが、本当にあっという間だったね」


 オルフィ侯爵夫妻は10年近い年月のあれこれを思い出し、お互いに切なそうな微笑を浮かべた。隣国に向かう前に早馬で来た息子からの手紙の返事を出せそうで良かったと言い、一緒に手紙を開き……それが領地の屋敷を任せている老夫婦からの手紙だったことに目を丸くしながら読み進めた結果、彼らは急遽、隣国に行くのを取り止めた。




 手紙を読んだオルフィ侯爵夫妻は興奮状態となって、自分の目で真実を確かめなければと躍起になり、通常なら一週間は掛かる旅の行程を三日間にまで縮めるほど、馬車を飛ばしに飛ばして、領地の屋敷にやってきた。


 馬車が止まるなり、馬車を降りる時に使う足場を御者が置くのを急かせる程の慌てぶりを見せた彼らは、予定より早めに来たことを驚きながら玄関から出てきた老人に労いの言葉を掛けるのも忘れ、早馬の知らせは真なのかと詰め寄った。


「説明は後ほど、させていただきますが、まずは実際に見ていただければ真実だとご理解いただけるかと思います」


 オルフィ侯爵夫妻が、目を潤ませ満面の笑みを浮かべる老人に連れられて早足気味に向かった先の部屋では、老婦人と積み木で遊ぶリリーエリカがいた。夫妻が来たことに気づいた老婦人がリリーエリカに「リリーエリカ様、あちらに旦那様と奥様がいらっしゃっていますよ」と声をかけると、リリーエリカは顔を上げ振り向いて、こう言った。


「ダディ……と、マミィ?」


 生まれてはじめて娘が言葉を話しているのを自分の耳と目で、はっきりと聞き取ったオルフィ侯爵夫妻は、感動のあまり号泣しながら愛しい娘に飛びつくようにして掻き抱いた。


 暫くは大泣きしながら抱きしめてくる両親に対し、大人しく抱かれたままになっていたリリーエリカだったが、まだ積み木で遊びたかったのだろう、身動ぎして両親の腕から出ようともがきだした。興奮が落ち着いてきた夫妻はリリーエリカを抱く腕をほどき、リリーエリカが積み木で遊ぶ後ろ姿をソファで眺めながら老夫婦に詳しい話を聞くことにした。


「あれはジャミラン様が到着された日のことなのですが、長旅の疲れからか、ジャミラン様が癇癪を起こされて、馬車を降りてから見つけたカエルをリリーエリカ様に投げつけられてしまわれたのです」


 老夫婦の話によると、ジャミランが投げつけたカエルはリリーエリカの左胸に当たり、リリーエリカは驚きのあまりに卒倒してしまったらしい。二人の近くにアントラーがいたおかげで、リリーエリカは地面に後頭部をぶつけることは免れ、その直後に意識を取り戻したとのことだった。


「リリーエリカ様が意識を取り戻された時、まだカエルはリリーエリカ様に貼り付いていたので、またリリーエリカ様が驚かないようにとアントラー様がカエルをどけようとされたのですが、リリーエリカ様は言葉こそ発したことはありませんが、お優しい方ですから身振り手振りでそれを押し止め、カエルに怪我がないのを目で確かめられた後、ご自身でカエルを庭に逃して差し上げたのです。……きっと、それを天上から神様が見ておられたのではないかと、領地の神殿の神官達が言っておりました」


「ええ、そうなのです。兄の悪戯で気を失いながらも、その原因となった哀れなカエルを助けたリリーエリカ様の慈愛深さに感心した神様が、リリーエリカ様を愛する者達がリリーエリカ様の魂が戻ってくるのを心から願っていることを知って、神様の国に留め置かれていた魂をリリーエリカ様にお返しになられたのだろうと……。医師の診察によるとリリーエリカ様は音を感知出来るようになっていて、話す言葉の内容も理解出来るようになっているということでした」


「いやぁ、あの時は本当に驚きましたよ。なにせ次の日になって朝の支度のためにリリーエリカ様のお部屋に入ったらリリーエリカ様が微笑んで、『おはよ……ござます』と、それはそれはお可愛らしいお声で挨拶をされたのですから。当然、その後は屋敷中が大騒ぎとなりましてね。ジャミラン様に煩いとお叱りを受けてしまいましたが、驚きが大きすぎて誰も直ぐには冷静にはなれませんでした」


 そう言って老夫婦の説明は終わった。話を聞き終えたオルフィ侯爵夫人は手布で目元を抑えながら感動に打ち震えていた。


「なんてありがたいことなのでしょうか!神様に感謝を伝えに、後で神殿に向かわねばなりませんね!」


 オルフィ侯爵も真っ赤になった目で頷いた。


「ああ、リトラの言う通りだね。神様は私達を見捨ててはいなかった!カエルを助けるリリーエリカの優しさが奇跡を起こしたのだ!きっと、そのカエルは幸福を呼ぶ神様の使者だったに違いない!よし!領地にカエルを祀る祠を建て、オルフィ侯爵家の紋章をヘビからカエルに変更しよう!」


 興奮気味のオルフィ侯爵夫妻と老夫婦の話は、リリーエリカの身に起きた奇跡の話からオルフィ侯爵夫妻の今までの苦労話へと移っていった。彼らは無邪気な顔で積み木遊びをしているはずのリリーエリカが、その話に耳を欹てて……リリーエリカが自分の現状を知るために情報を集めようと必死になっていることに気が付かないでいた。

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