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リリーエリカと金色の少女⑧

 リトラに手を引かれながらメフィラスの元に戻るリリーエリカは両親のことを考えていた。リトラは季節外れの暑さのせいか、それとも人混みの中で長時間待たされたことで疲れてしまったからか、顔色が悪くなっている。メフィラスだって昨夜遅くに旅から戻ってきたばかりで疲れているはずなのに、早起きしてリリーエリカと一緒に体操をしたり、リトラとリリーエリカと午後から出かけるために、溜まっていた仕事を午前中に大急ぎで片付けていたと、執事とリンドが話していたのをリリーエリカは耳にしていた。


 そんな体調が万全ではない両親が、ここにまだ留まっている理由は、身体測定と説明会と物品購入会がまだ残っているからだ。リリーエリカはリトラと廊下を歩きながら心の中でため息をついた。実際に初等学び舎に入るのは半年も先の話だし、リンド達使用人が噂していた話により、初等学び舎の説明会は子どもの急激な体調の異変や諸事情で出席できない保護者も多くいることが予め考慮されているため、今日しか行われないというものではないということを知っていたからだ。


 それに説明会に行けない者のための案内冊子や提出書類も請求すれば送付してくれるものであり、事前健康診断や身体測定は自分の都合のつく日に自ら病院に出向くか、医師に家に来てもらって問診や測定を行い、初等学び舎の入学受付に書類を提出するときに、問診や身体測定の結果を添付しておけば問題ないものであるらしい。


 学び舎で使う物品の購入だって、侯爵家という高い身分の貴族ならば、商品を持って貴族の屋敷まで出向いて売りに来る商人から買い求めるというのが普段の貴族の買い物のスタイルらしいから、態々そこに赴いて自ら買い求める必要もなく、どうしても買いに行きたいなら馬車に乗って自分達で店まで出向けばいいだけのことで、メフィラス達が直接ここに出向く必要は本当はないのだという。


 それなのにメフィラスとリトラが態々ここに出向いたのは、ひとえに()()()()と自分達が考える行動をしたいと二人が思っているからではないだろうかとリリーエリカは思った。噂話が好きなリンド達のおかげで、両親は傍若無人で傲慢で強欲でずる賢いという親戚縁者達のせいでジャミランの育児に関わることが出来ず、幼いリリーエリカも手元から離さざるを得なかったということを今のリリーエリカは知っている。


 この世界の貴族は子育てに直接関与することが殆ど無いということを鑑みれば、両親には何の落ち度もないとリリーエリカは思うのだが、親戚縁者達が悪意を持ってジャミランを育てていたことが明るみに出たことで、両親はジャミランの育児を彼らに取り上げられたことに激しい後悔を感じているようだ。そして離れて暮らしていたリリーエリカがバドとカウラを実の親だと思っていたことを知り、それをとても寂しく思っていて、何とか自分達が本当の親だとリリーエリカに実感してもらいたいと考えているらしい。


 もしも10歳までの記憶しかない、以前のリリーエリカのままだったら、その実感は未だに持てなかっただろうが、前世の記憶を思い出し、大人の事情というものを冷静に受け止められる精神年齢となっている今のリリーエリカなら、彼らの苦労を理解することが出来るから、とっくに本当の親だと実感しているというのに、それにメフィラス達は気がついていない。


 そんな両親に、二人の体が心配だから身体測定を受けるのを止めて、今日はもう屋敷に帰ろうとリリーエリカが正直に思っていることを言葉にして伝えても、素直に聞き入れてくれるかどうかはわからない。自分達の都合でリリーエリカのための外出を中途半端で終わらせたくないと拒まれる可能性の方が高いだろうし、その結果、リトラもしくはメフィラスが体調を完全に崩してしまった場合、それくらいで体調を崩す自分は親として不甲斐ないのではないかと二人は余計に落ち込んでしまわないだろうかとリリーエリカは心配した。


 そう考えると身体測定やら説明会を受けるのを両親が中断して屋敷に帰る理由は、()()()()()()でなければならないのではないだろうかと、リリーエリカは考える。リリーエリカ自身が原因で中断すれば、両親は自分達が不甲斐ないとはけして思わないだろう。けれども一つだけ問題がある。リリーエリカが理由で帰るとしても、その理由はリリーエリカの体調不良……仮病……であってはならないということだ。


 何故ならばリリーエリカの目的は疲れているだろう両親を早く家に帰らせることであって、両親に心配をかけることではないからだ。それにここは病院も併設されている。もしもリリーエリカが家に帰りたい理由に仮病を用いたら、両親は即座に家ではなく病院にリリーエリカを担ぎ込むだろう。それらを考慮すれば、リリーエリカが取るべき手段は自ずと決まってくる。




 リリーエリカはリトラと廊下を歩きながら、今から自分がやろうとしている強硬手段について頭の中でシュミレーションをしていた。


 まず会場に戻り、メフィラスがいるのを確認したら、リトラの手を振りほ……母を驚かせたくないし、悲しませたくもないから出来るだけ優しく手を離し、メフィラスの前まで駆け寄ったら、いきなり床に仰向けにひっくりか……床で頭をぶつけたりすると父が慌てて助け起こしに来る可能性が高いし、周りには小さな子達も大勢いるから驚かせてしまったり、泣かせてしまうかもしれないので、いきなりひっくり返るのは良くないだろうとリリーエリカのシュミレーションはそこで一時停止する。


 それにひっくり返るのを見ていた子ども達がリリーエリカの真似をして、万が一にも怪我をさせてはいけないし、その子達や付添の人達に迷惑がかからないように、自分や周囲の人が怪我をしないような場所を探す必要がある。また部屋に置かれている備品を破損させないように気をつけるのも忘れてはならないだろう。少し悩んだリリーエリカはメフィラスの前まで駆け寄ったら、そっと寝転がった後に手足をジタバタと動かし続けながら家に帰りたいと駄々をこねまくった方が、迷惑は最小限に押さえられるだろうと結論づけた。


 リリーエリカが頭の中で思い浮かべている強硬手段とはズバリ、駄々をこねる子どもの模倣だ。スーパーやおもちゃ屋の前で何度となく見かけたことがある、それを前世のリリーエリカ自身がしたことは一度もない。実親から養子に出された時も、養子に出された先の夫婦が離婚し、養母の姉に預けられた時も、嫌だと泣いたことは一度もなかったし、実の親だろうが養親だろうが義理の親だろうが関係なく、何かをねだったことも一度もなかった。


 駄々をこねたことがない理由は、リリーエリカが特別聞き分けが良い子どもだったからではないと、リリーエリカ自身は思っている。実親は貧しかったが、戦争で物がないのは皆同じだった。欲しければ自分で工夫して調達し、無ければ我慢するというのが幼い頃からの常であり、それが骨身に染みていたから、駄々をこねて自分の意志を通そうとする発想自体を持ち合わせていなかった。


 だからといって他の子どもが駄々をこねるのを見ても、子どもが好きなリリーエリカはそれを不快だとは思わない。年をとったリリーエリカは街中で子どもが駄々をこねる場面を見かける度に、それだけ世の中が平和になり、子どもが素直に親に物をねだれる位に自分達の国は裕福になれたのだなぁと呑気に思うだけだ。だがリリーエリカが不快に思わなくとも周りの人間もリリーエリカと同じように感じるかどうかは違う問題だということもリリーエリカは理解している。


 放課後教室を手伝う中で知り合った保護者達と親しく話す内に、子育ての不安や仕事や家庭の愚痴を聴く機会が多々あったので、外出先で子どもに駄々をこねられた際の親の心理も僅かではあるが知らないわけではなかった。自分の子どもが家の外で泣きわめき、駄々をこねるという状況は親にとって、最も困るトラブルの内の一つであり、早くその場から立ち去りたいと親に思わせるものだと聞いていたので、今回はこれを真似るのが最良だろうとリリーエリカは考えた。


 きっと、それをやったら両親は困ることになるだろうし、最悪の場合は泣かせてしまうことになるかもしれないが、確実に両親は予定をキャンセルして家に帰る選択を選ぶだろう。両親の体のことを思えば、後から両親に叱られるぐらいリリーエリカは構わない。まぁ、正直を言えば両親に幻滅されたり悲しませたりするのは避けたいところではあるが、他に良い案は思いつかないし、背に腹は代えられない。


 リリーエリカは自分のために10年もの間、苦労し続けてくれた両親を大事にしたいのだ。それに……上手くいけば両親がその苦労を体験することで自分は親だということを強く実感してくれるかもしれない。練習無しのぶっつけ本番の一発勝負。負けられない戦いが直ぐそこにある。リリーエリカは唇をキュッと引き締めて覚悟を決めた。

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