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リリーエリカと金色の少女③

 メフィラスが屋敷の執務室でため息をついていた頃、リリーエリカはリトラと一緒に一階のテラスにいた。と、いうのも、その日の午後、リリーエリカは次の年の春に初等学び舎に入る前の事前健康診断……前世でいうところの小学校の就学前健康検査に該当するもの……を受けに母と神殿に行く予定になっていて、リリーエリカが健康診断を受けている間に、保護者であるリトラは通学に関する説明会と必要な物品購入の申込みをすることになっていたので、リトラは物品購入に当たり、リリーエリカの好みが知りたいからと学業用品を用意するリストを一緒に作ろうとリリーエリカを誘ったのだ。


「まずは初等学び舎に行くときの鞄よね?ジャミランのときは斜めがけの肩掛け鞄が流行りだったけれど、来春の流行りは何かしら?リリーエリカはどんな鞄がいい?ほら、リンドが手に持って見せてくれているのが鞄の一覧表なのよ。どれがいいのか、私に教えてちょうだいね」


 リトラは隣に座るリリーエリカに微笑みかける。リリーエリカはリトラが促す一覧表に目をやると、そこには色も形も様々な鞄の絵が描かれていて、リリーエリカの目線は前世で香織ちゃんや放課後教室に通っていた子ども達が持っていた鞄にそっくりな絵で止まった。一覧表を手にするリンドはリリーエリカの目線を追いかけ、どの鞄を見ているのかと邪魔にならないように気をつけながら自分も一覧表を覗き込んだ。


「まぁ、さすがはリリーエリカ様ですわ!実は私の実家は服飾を扱う店を営んでおりまして、この鞄はこれから流行るだろうと社交界の淑女の皆様が注目されているともっぱらの噂の、隣国製の両肩に背負って持ち運ぶようになっている革製の鞄なのだそうですよ!」


 その鞄は前世の世界ではランドセルと呼ばれていたものによく似ていた。リリーエリカは前世では戦時中だったこともあり、空襲で度々授業が潰れたり、休校が多くて、まともに落ち着いて小学校で勉強した記憶が殆どなく、中学校も途中までしか通えなかった。そして小中の学校には鞄ではなく風呂敷に包んで登校していたのでランドセルを使ったことなど一度もなかったが、他の子ども達も風呂敷や手製の手提げ鞄と似たようなものだったので、当時それを恥じることもなかったし、専用の通学鞄が欲しいとも思ったことはなかった。


 だが戦争が終わって数年後に、リリーエリカは義父の遺した店を一人で切り盛りしなければならなくなってから度々、学力不足を痛感する事があり、その度に、やはり学校の勉強は大事だったんだなと事あるごとに思うことがあったから、リリーエリカに取ってランドセルは平和な時代がきたという象徴であると共に、少しだけきちんと学校で勉強したかったなと羨望を抱かせてしまうアイテムでもあった。


 ただ前世の世界ではランドセルは値段が張る物だったと記憶している。この世界でも革製の物は高額なのだとアントラーに聞いて知っていたリリーエリカは、ランドセルを背負って学校に行くことに憧れる気持ちを持ったものの、それを欲しいとは素直に言えなかった。リリーエリカはもう一度、目線をその鞄にやり、拳を作った左手を口元に押し当て、足元を見てから視線をリトラに向け、口を開いた。


「あの……私はお兄様の鞄があるのなら」


「ごめんなさいね、リリーエリカ。先に話しておくのを忘れていたわ」


 リリーエリカの一連の行動を見ていたリトラは、ジャミランの使っていた鞄を使いたいと言うつもりのリリーエリカの言葉を遮った。


「何ですか?」


「あのね、あいにくジャミランの物は何一つ残っていないのよ。え〜と……つまり、その………、そう、お下がり!ほら、子ども服は大きくなると直ぐに着られなくなるでしょう?だからマウントラル国の貴族の子ども服や使えなくなった物は使用人に下げ渡したり、孤児院に寄付しているのよ」


「お下がり……」


 リリーエリカはお下がりと言う言葉に反応する。前世で生まれた生家の記憶は薄っすらだが、いつも上の姉妹のお下がりを着せられていたように思うし、養母に引き取られて養母の姉に預けられていたときも近所の子のお下がりをもらい、裾を詰めたり継ぎ足したりしながら着せられていたことを思い出したからだ。


 寄付という言葉にはピンとは来ないものの、それが貴族なのだと説明されたら、そうなのだと信じてしまえるほど、前世も現世もリリーエリカは貴族というものに疎かった。なるほどと納得したような表情を浮かべたリリーエリカに畳み掛けるようにリトラは説明を続ける。


「それでね、あなたのお兄様は飽き性な性格で毎週のように鞄も学業用品も新調しては、今までのものを乳母や子守り役に下げ渡していたから初等学び舎の物は何もかも残ってはいないの。だからあなたに欲しいと思える鞄がないのなら、オルフィ侯爵家の者としての対面を保つためにもリンドの言葉を信じ、その一番右上の鞄を買うことにします。……それで、もしもあなたが、その鞄を気に入ったのなら無理にお下がりにしなくても、ずっと持っていて良いですからね」


 リトラは一見するとリリーエリカの意見を聞かないという物言いで、リリーエリカの通学鞄を決めてしまったが、実はそうではないことにリリーエリカは気がついていた。言葉を理解出来なかった頃からリトラは、リリーエリカが欲しいと思うものをさりげなく与えてくれる優しい人間だったから、リトラのこともメフィラスと同じ位に好きだったが、何故リリーエリカの欲しいものがわかるのだろうといつも不思議に思っていたのだ。


「はい、お母様。あの、ありがとうございます。……その鞄がいいなと思ってたから、凄く嬉しいです」


 リリーエリカが頬を赤らめているのをリトラはフフッと柔らかく笑って眺める。リトラは夏の季節しか一緒にいられない自分の娘のことを何でも知りたくて、カウラに頼んで毎月報告の手紙をもらっていたため、リリーエリカの好物や苦手な物、そしてリリーエリカがとても欲しいものを見た時に取る仕草……対象物を見た時にもう一度、目線を対象物にやってから、拳を作った左手を口元に押し当てて、足元を見るという一連の仕草……もカウラから教えられて知っていたのだが、それをリリーエリカに教えるつもりはなかった。何故ならリトラはリリーエリカに、カウラと同じくらいにリトラのことも母親として好きだと思ってもらいたかったからだ。




 マウントラル国の貴族は通常、子育てを自分ですることは殆ど無い。貴族は王家から賜った土地を管理し、そこに住む人々の暮らしを守り、領地を繁栄させる役目があるので、子育ては乳母や子守り役や家庭教師に任せることが貴族の常識でもあったのだが、恋愛結婚をしたリトラは本当は子育ても自分でやりたいと思っていたのだ。


 しかしリトラが嫁いだのは、この世界に存在する動物神がいる土地を管理するオルフィ侯爵家だ。一般の貴族でもそれを実際に行うのは難しいことなのに、特別貴族あるいは神職貴族とも揶揄されているオルフィ侯爵家はこの国で一番古参の貴族でもあるから親戚縁者がとても多く、そこからの干渉もとても多いことでよく知られていた。


 彼らは直系の血に拘り、マウントラル国の神話で語られる蛇神の色であるとされる黒髪赤い目と同じ色を持って生まれてきた者を神聖視する傾向が強かった。ゴメテウスは先々代のオルフィ侯爵の五番目の息子で本来なら跡は継げないはずだったのだが、オルフィ侯爵家の親戚縁者達の言いなりだった先々代や上の4人の兄弟が相次いで病や事故で亡くなったので、急遽オルフィ侯爵家当主の跡取りとなった。


 しかし黒髪赤い目で生まれてきていないゴメテウスが先代のオルフィ侯爵になったことはオルフィ侯爵家の長い歴史の中で初めてのことであり、親戚縁者達はそれが許せなくて自分達の一族の黒髪赤目の者を当主にしたいと王に訴えたのだが、当時の神殿の巫女姫がゴメテウスが正式なオルフィ侯爵家当主であると蛇神が言っていると告げたことで訴えを退けられてしまった。


 それを快く思っていなかった彼らは、当主となったゴメテウスを臨時当主と侮っていたが、ゴメテウスの息子が黒髪赤い目で生まれたことで、渋々だがゴメテウスが当主であることを認めた。そしてメフィラスを先々代の当主のように自分達の意のままに動く当主にしようとしたが、ゴメテウスの妻……何とゴメテウスが正式なオルフィ侯爵だと言った巫女姫がゴメテウスの妻となっていた……が連れてきたバドとカウラがメフィラスの乳母と子守り役にしたせいで、メフィラスは彼らにとっての都合の良い当主とはならなかった。


 そこで彼らは成人したメフィラスに、自分達の息のかかった娘を妻に充てがおうとしたが、それもゴメテウスの妻が紹介した他領の伯爵令嬢だったリトラとメフィラスが結ばれたことで失敗に終わった彼らは怒り狂い、メフィラスとリトラに中々、子が出来ないことに目をつけて、それ見たことかと心無い言葉や嫌がらせを沢山してきた。


 そうした中、生まれたのは黒髪赤目のジャミランだったが、その頃には頼みの綱であったゴメテウスの妻は亡くなっていて、妻を亡くしたゴメテウスも自身の見た目が黒髪赤目で無いことに引け目を感じていたし、メフィラスもリトラも長年の彼らの暴言に心が疲弊していたので、彼らが乳母や子守り役を一方的に送りつけてきても抗う気力がなかった。


 当時を思い出したリトラの表情に一瞬、翳がかかる。やっと念願の子を持てたと思ったら、彼らは乳が張っているリトラからジャミランを取り上げ、直ぐに第二子を産めと言ってきたことを思い出したからだ。

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