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リリーエリカと護衛騎士アントラー④

 リリーエリカが前世で暮らしていた国はリリーエリカが子どもの頃は、まだ戦時中だった。離島に住む貧乏な農家の四女に生まれた前世のリリーエリカは、4つになるかならないかの頃に子の無い夫婦の元に養子に出されたものの、一年も経たない内に夫婦は離婚してしまい、前世のリリーエリカは養母となった女性に引き取られた。


 養母は自分の姉に娘となった前世のリリーエリカを預け、本州まで出稼ぎに出た先で再婚し、娘を本州に呼び寄せたのは、それから随分経った後で、前世のリリーエリカの草鞋を編む技は、本州に呼び寄せられるまでの島暮らしで身についたものの内の一つだった。


 因みに、その後の前世のリリーエリカの人生はどうだったかというと、前世のリリーエリカの養母の再婚相手は荒物屋を営んでいて、先妻との間に息子が一人いた。新たに義父となった男性も義兄となった青年も穏やかな気性の人物で養母と血の繋がりがない前世のリリーエリカのことを快く受け入れてくれたが、義父は自分の戸籍にリリーエリカを迎い入れはしなかった。


 物はなく、いつ空襲で死ぬか分からない死の恐怖が常に隣り合わせであったが、新しく家族となった人達と暮らせることが幸せだと思い始めた矢先、養母は病死し、義兄に出征の赤紙が届いた。義父は義兄と前世のリリーエリカを仏壇の間に招き入れると、二人に結婚をしないかと言ってきた。義父は最初から、その考えがあったから前世のリリーエリカを養女として戸籍には入れなかったと話し、義兄と結婚して、いつまでもこの家にいて店を守ってほしいと頼んできた。


 養父には一人息子である義兄の他に子がなく、親戚は義父の妹が一人生き残ってはいたが、金遣いの荒い愚か者だから、義父は店や家を妹だけには奪われたくないのだと二人に頭を下げたので、義兄と前世のリリーエリカはお互いに顔を見合わせた。二人はお互い家族になろうという気持ちからの歩み寄りはあっても、そういう対象で相手を見たことは今の今まで一度もなかったからだ。


 もし二人が了承出来ないときは、義父の戸籍に養女として届け出をすると義父は言ったが、養女と息子の嫁では養女の方が、義父の妹に対抗するにはいささか立場が弱いと思われたし、義父が義兄に荒物屋を継がせたいと思っていて、義兄が戦争に出ている間にしっかりと家を守ってくれる者を欲しているのだと察した親思いの兄妹は義父の願いを聞き入れ、義兄が出征する前日に籍を入れて夫婦となった。


「君は16になったばかりだし、僕が戦争から戻ってきてから、ちゃんとした夫婦になろう。でもね……約束してほしいことがあるんだ。もしも僕が戻らない時は父に遠慮することなく、好いた相手と再婚して家を出てほしい。いいね?この家や店に縛られずに自分の人生を歩むんだよ。夫婦の約束だからね」


 明日は出征してしまうという日の夜。初夜であるにも関わらず、夫となった義兄はそう言って前世のリリーエリカに触れなかった。翌日、夫は義父やリリーエリカに微笑みを見せて出征していき……戦地で生死不明となったという知らせが届いたのは、戦争が終わる三日前のことだった。戦争が終わって数年後に義父が亡くなったが、リリーエリカは再婚せずに店を守り続け……老いてから店と土地を売ったお金で老人ホームに入居した。


 ……と、いう前世の記憶を思い出したリリーエリカにとって縄を綯い草履を編むことなど造作もないことであったが、それを大人達が不審に思うことなく、受け入れたのはバドとカウラのおかげであった。




 バドとカウラがオルフィ侯爵夫妻やアントラーと話しているのを耳にした限りでは、リリーエリカの生きる世界では国内外を問わず、貴族が貴族籍を抜け、出家をすることは、そう珍しいことではないらしい。出家する理由は人それぞれで、単純に神に仕えたいとか、配偶者に先立たれたなどの理由で自分の意志で出家する者もいれば、親子兄弟間での後継者争いに敗れた者や、本人の性格や資質が貴族を続けるのに難ありとされた者などは強制的に出家させられたりもする者もいた。


 しかしマウントラル国では貴族は出家しても神殿には入らず、女神の家と呼ばれる施設に入る者が殆どであった。何故、神殿があるのに女神の家と呼ばれる施設に貴族が入るのかというと、理由は色々とあるのだが、大きな理由として上げられるのは、裕福な特権階級である貴族だった者が神殿で平民と混じって清貧な暮らしを一生続けることが出来ないことや、強制的に出家させた者が逃亡しないようにする機能が神殿にはないことだった。


 女神の家は税金ではなく貴族達の寄進で賄われ、寄進をした貴族家の意向に添う目的の女神の家がいくつか作られていて、貴族であったときとほぼ同じ生活水準で生活出来る保養所のような役割を持つものもあれば、逃亡出来ないようにする収容所のような役割を備えたものもあった。


 その理屈で当てはめるのならば、本来リリーエリカは廃嫡されても貴族であったときとほぼ同じ生活水準で生活出来る女神の家に入るのが順当であるはずなのに、オルフィ侯爵家の親戚縁者達はそうせずに神殿に入るように仕向けたのは、リリーエリカが言葉を話せないから……ではなく、オルフィ侯爵家の直系として生まれたはずのリリーエリカの髪が黒髪ではなく、目も赤くなかったことが原因だった。


 オルフィ侯爵家の領地は女神ハハの神使である蛇神が守っている土地であるのだが、代々のオルフィ侯爵家の直系の子孫は、黒い鱗で赤い瞳を持つと言い伝えられている蛇神と似た、黒髪に赤い瞳で生まれてくる者が多かったため、オルフィ侯爵家は蛇神の加護を得ていると信じられていた。だから直系のオルフィ侯爵家の子とは思えない髪色と瞳の色を持って生まれたリリーエリカのために多額の寄進をオルフィ侯爵家が出すのを親戚縁者達は許せなかったらしい。


 オルフィ侯爵家の親戚縁者達が先代のオルフィ侯爵を抱き込み、10歳までにリリーエリカが言葉を話せなければオルフィ侯爵家から廃嫡して神殿に入れるように仕向けたことを知ったバドとカウラは、オルフィ侯爵夫妻から託されたリリーエリカに貴族教育を施すことを躊躇した。


 何故ならばバドとカウラは、廃嫡されて家を追い出されるリリーエリカは平民の孤児と同じ扱いとなり、将来は神殿で下女となるように育てられる……神殿が運営する孤児院に引き取られる孤児は一部例外を除き、皆、神殿で働く下男や下女となるように育てられる……と知っていたからだ。


 オルフィ侯爵夫妻は娘を失わないで済むようにと骨身を惜しまず東奔西走していたが、結果はどれも芳しくないと聞かされていたバドとカウラは、オルフィ侯爵家から追い出された後のリリーエリカの人生を慮り、人の言葉を理解することが出来ないリリーエリカは、貴族の生活から平民の生活に変わることを不安に感じるだろうと考えた。


 それなら最初から貴族の生活を過ごさせるよりも平民の生活を過ごさせたほうが戸惑いが少なく済むのではないだろうか?そう思ったバドとカウラは、常にリリーエリカを傍に置き、日常の生活を毎日一緒に過ごすことで言葉を理解できないリリーエリカに、一通りの家事が出来るようになるまで仕込んでいたのだ。


 だから言葉が話せるようになったリリーエリカが、とても聡明な子どもになって縄を編んで作る履物を考案しても、大人達は驚きはしても不審には思わない。それどころかオルフィ侯爵が信頼するバドとカウラに育てられたリリーエリカは、バドに似て聡明だと言って口々に褒められた。


 ジャミランのように使用人に対して声を荒げることも手を上げることもないリリーエリカは、カウラに似て優しい性格だと好意的に受け入れられ、前世で一般人以外の何物でもなく、演技などというものに縁遠いところで生きていたリリーエリカは、そういう意味でも二人に深く感謝した。

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