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距離を縮めて

「なんで……お兄様が、いるのですか」



ヴィオレットは愕然とした。


「なんだ、ヴィオレット。兄に向かってその言い草はないじゃないか」


ジスランが演技がかった様子で肩をすくめた。

ヴィオレットが困惑の視線をその場にいるもう一人に向けると、向けられた本人、ランベールは曖昧に笑ってみせた。



(ら、らんべーる様との初でーとが……)


ヴィオレットは崩れる期待に打ちのめされながら、ひきつった笑みを返した。



ヴィオレットが準備を終え、玄関ホールに向かうと、そこに待っていたのはランベールとジスランだった。

ランベールだけがいると思っていたヴィオレットはジスランがいることに困惑が隠せなかった。もしや、お見送りをしてくれるのかも……と期待してみるが、それは希望的観測にすぎず、兄の格好はどう見ても外出用のものだ。



「あのぉ……お兄様()、どちらに行くのですか」

「さぁ?今日の予定は俺もよくは知らない」

「……え、えっと。それはその……」

「……ヴィオレット、予想できてるんだろ?俺も、2人と一緒に行くんだ」

「や、やっぱり?」


ヴィオレットはできれば外れて欲しい……と考えていた予想が当たってしまったことにたいして肩を落とした。そんな彼女の肩をジスランが慰めるようにたたく。ヴィオレットはランベールに聞こえないように兄に身を寄せると不満げな様子を隠すことなく彼にぶつける。


「おにいさまぁ!私、この日をとても楽しみにしていたのですよ……」

「すまない、ヴィオレット。応援してやりたい気持ちも本心なんだが……可愛い娘をもった父親の複雑な気持ちを察してやってくれ。ついでに可愛い妹をもった兄の気持ちも」

「むぅ」

「まぁ、後で2人きりの時間ぐらいは作ってやるから。そんなにむくれるな」


ジスランがヴィオレットの膨れた両頬を片手で押しつぶすようにしてしぼませる。


「俺ならヴィオレットのサポートもできる。……3人でデートと行こうじゃないか」


それから乱れない程度に妹の頭を撫でて、それまで内緒話をする仲良しな兄妹の様子を微笑ましげに見ていたランベールの方を振り向いた。


「なぁ、ランベール!今日のヴィオレットの格好も可愛いだろ?」

「っちょっと、お兄様!」


(たしかにランベール様が今日の私の服装をどう思われるのか知りたいとは思っていましたが……そのような聞き方では褒めるのを催促しているようではないですか!)


気を悪くしてないだろうか……と思ってランベールに目を向けたヴィオレットは彼とばっちり目があってしまって緊張に体を硬直させた。ランベールは甘く微笑んでから、ジスランへと視線を戻した。


「ああ、とても可愛らしいと思う」


ヴィオレットは微笑みの甘さを受けた時点で顔をりんごのように染めていたが、ランベールの「可愛い」発言を受けて、息が詰まるような衝撃を受けた。


(ランベール様が!可愛いって言ってくださった!)


まだ硬直が解けず、表情も体も動いていないが、内心ではこれ以上ないぐらいのはしゃぎっぷりだった。


(たくさん悩んで良かったわ!私にアドバイスしてくれたみんな、ありがとう!!)


父や兄から「可愛い」と言ってもらえることもとても嬉しかったが、『運命』に言ってもらえる「可愛い」がここまで自分の恋心に突き刺さるものだとは思いもやらなかった。なんて甘美な響きなのだろう。


そんなふうにヴィオレットが内心悶えていると、今度は彼女にランベールの視線が向けられた。ヴィオレットの心拍数が一気に上がる。


「ヴィオレット嬢。お誘いいただき、ありがとうございます。今日の服装も可憐なあなたにとてもよくお似合いです。街歩き楽しみですね」

「はぃ。こ、こちらこそご一緒できて、とても、嬉しいです……私、今日が来るのを心待ちにしていました。今日はよろしくお願いします」


(なんだか、ランベール様の色彩を纏って彼の前に立つのって恥ずかしい……)



照れが隠しきれないヴィオレットが発生源となって、2人の間には初々しい空気が漂う。そこをぶった斬るやうにしてジスランの声が響いた。


「ヴィオレットもランベールも堅いな。せっかく今日は街歩きなんだ、もっとフランクにしたらどうだ?」


ジスランが笑って言う。

ヴィオレットとランベールは顔を見合わせた。ヴィオレットは兄の言い分に納得できたので、彼の言うようにもう少し気軽に喋るように試みることにした。


「ランベール様。よければ私にも兄に対するのと同じように接してください!実は、お2人がとても仲が良くて、羨ましかったんです……」


そう言ってランベールを見上げた。

彼は少し驚いたような表情をしてから、目を細めるようにしてヴィオレットを見た。


「急に変える、というのは難しいですが……わかった。それじゃあ少しフランクに話させてもらうね。ヴィオレット嬢も気軽に話してね」

「はいっ!」


(喋り方だけでランベール様との距離が大きく縮まった気がする!お兄様とランベール様が本当に仲良くって、羨ましかったんだから!)


ヴィオレットは花が綻ぶように笑った。それを真正面から受けたランベールは目を大きく見開いてまじまじと少女の笑みを凝視していた。その頬は徐々に赤みをさしていくように見える。


そんな彼の様子を、喜びを噛み締めているヴィオレットは気づいていないようだ。




「へぇ」


2人を見ていたジスランはランベールの反応を見て、楽しそうに笑った。彼は小さい妹の想いはどうにも伝わりにくいと思っていたのだが……



「ヴィオレットにかかれば、貴公子の微笑みも崩れるのか……」


そう独りごちたジスランの声には、楽しげな色が滲んでいた。


ジスランからみて、自分の妹は贔屓目なしにとても可愛らしいと思う。とくに最近のヴィオレットは女性らしさがぐんと増したように思う。ふとした時の表情が妙に色っぽい。兄の自分がどきまぎすることはないが、ヴィオレットがこれから多くの男を魅了するだろうことを感じとっていた。



そして、その妹の変化にはこの目の前の男が関係していることを知っている。



ランベールはジスランから見ても文句なしにいい男だ。容姿もいいし、真面目だし、性格もいい。若干の男らしさと狡猾さは足りないが……そこは今後に期待するとして。

この友人にならヴィオレットを任せてもいい。


ヴィオレットを変な男に任せるつもりはない。だが、ヴィオレットの想いを無視するつもりも毛頭ない。


この男ならば、妹の意思を無視することなく、また自分も安心してヴィオレットを任せられそうだ。

……まあ父がどう思っているのかは知らないが。


懸念していたのは、8歳という歳の差。大人になるにつれて8歳差など気にならない程度になるが、今、16歳の自分達にとっては、自分の年齢の半分の少女はそういう対象に見えにくい。それを度外視しても構わなかったのだが……小さいと思っていた妹はもうすっかりレディなのかもしれない。



(いやはや、恋とはすごい威力だな)


ヴィオレットの変化をみて思う。

先程の彼女の笑みは自分たちと同年代の女性と比べても目を見張る美しさがあった。こんな短期間に、ここまで女性としての魅力を纏うようになるだなんて。

変わっていく少女がすごいのか、きっかけを与えた青年がすごいのか。



「さて。可愛い妹のためにも一肌脱ぐとするか」



金の髪の男は、遠かった距離を縮めて楽しそうに話をしている一組の男女にむかって歩をすすめた。




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