準備を整えて
屋敷では陽気な鼻歌と軽やかな足音が響いた。
(ついに、ついにこの日が来たわ!)
ヴィオレットは嬉しさが隠しきれず、全身から喜びのオーラを発していた。
ランベールを誘ってから3日が経った今日。ヴィオレットの希望通り、街へお出かけすることになった。
(私たちにとって、記念すべき初デートだわ……)
彼と出かけられるのはとても嬉しいけど、デートだと思うとちょっぴり恥ずかしさを感じる。ヴィオレットは照れたように頰を色づかせた。
約束を取り付けてからというもの、今日を迎えるのがヴィオレットは楽しみで楽しみで仕方がなかった。
待ちきれなくて夜になかなか寝付けない……なんてことはなくしっかり睡眠を取ることはできていたが、普段は苦手で気が進まない歴史の勉強をさらっとこなしてしまうくらいには浮き足立っていた。
初デートの実施が決まったその日、ヴィオレットはランベールに承諾をもらうとその足で素早く自分の部屋に向かった。
ヴィオレットは部屋に入ると一直線にベッドの方向に進み、そのまま華麗にダイブをきめる。しっかりとしたスプリングが小さな体を受け止める。シーツからは優しいお日様の匂いがした。
ヴィオレットは枕を手繰り寄せると、それに顔を押し付ける。もう声が我慢できなかったのだ。
ふふふふ、というくぐもった笑い声とともに、両足をばたつかせる。
その彼女の感情を表す行為はしばらく止むことはなかった。
(やったわ!ランベール様とお出かけできる!……よく頑張ったわ、ヴィオレット!)
ちゃんと勇気を出してお誘いしに行った自分を目一杯褒める。やはり自分の望みを叶えるためには、自分から行動するべきなのだろう。
足をばたつかせるのに疲れた頃には、気持ちがすこし落ち着いてきていた。ヴィオレットはむくっと枕から顔を上げてベッドから降りた。そのまま歩き出し向かったのは、先程決意表明をした机の前であった。
ヴィオレットはおもむろに椅子をひいて、すとんっと腰をおろす。椅子の上で背筋を伸ばし、膝の上に揃えた手の指先が美しく見えるように意識する。
そして、ゆっくり深呼吸すると……ばっと立ち上がった。
「ランベール様との初デート、絶対素敵なものにするわ!忘れられない特別な日になるように頑張るの!」
彼女なりの決意表明である。
ヴィオレットは、こうやって声に出すだけで全てがうまくいくような気がしてくる。「よし、やるぞ!」という気持ちになるのだ。単純で子供っぽいかもしれないが、そんな自分自身のことが嫌いじゃなかった。
(さて。素敵なデートにするために、まずは……)
ヴィオレットは向かった先にあったのは彼女のクローゼットだった。ヴィオレットは取手に手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。そうして目に飛び込んできたのは色とりどりの洋服達だ。
クローゼットのなかにはセンスのいい父のおかげで、たくさんの彼女のお気に入りが並んでいる。
そのため、いつも何を着ようか決めるのに時間がかかってしまうのだ。
そう、ヴィオレットがデートの準備としてまず装いを決めてしまおうと思ったのだ。
ヴィオレットはクローゼットの端から一枚ずつ服を確認していく。
(どれがいいのかしら……街にいくのだから華やかすぎるのはダメよね)
ヴィオレットはデートの際、どんな服を選ぶべきなのか全く検討がつかなかった。服を手にとればとるほど正解がわからなくて「?」が量産されていく気がする。
ヴィオレットは早々に白旗を掲げた。
(よくわかった。私ひとりでは、デート服の決定は無理なんだわ)
来る日を特別に思う気持ちが強いほど、気合が入ってしまうものだ。ランベールの目に映るのは、いつだって可愛い自分でいたいが、今回ばかりはいつも以上に可愛い自分でありたい。
ヴィオレットは助言をもらうことにした。
彼女がメイド達に尋ねたのは「年上の方と街でお出かけするのに、どんな服を選べばいいか」ということだった。
尋ねられたメイドは一様に興奮したように頰を染め、嬉々として色々語ってくれた。服選びの参考にするためといって、年上の男性がどんな方なのか喋らされたが、その甲斐あってヴィオレットはいい情報が手に入った。
まず「目立ちすぎず、地味すぎず」ということだった。
これはヴィオレットの予想通りだ。特別感を演出したいといっても、それは華やかさで叶えるべきではない。時間と場所と場合を考慮に入れることが大切なのだ。今回は「街」に出かけることに気をつける必要がありそうだ。
次に「年上の方が相手だからといって背伸びしすぎない」ということだ。
メイドに助言をもらう前まで、ヴィオレットはランベールの年齢に合わせて落ち着いた色合いの大人っぽい印象を受ける服にしようと考えていた。できれば胸元が空いている服が良かったけど、そういったものはまだ手持ちになかったし、まずヴィオレットの胸は発展の途上にあるのだ。悪しからず。
メイド達がいうには「なりたい雰囲気に合わせて服を決めるのもいいが、一番大事なのは、本人に似合っているのかどうかということだ」とのこと。彼女達によるとヴィオレットは明るい色を着ている時が一番映えるのだという。紅や濃青などを思い浮かべていた、とヴィオレットが話した時には即座に却下され、どういったものが似合うのかを懇々と説明された。
そして最後に「相手の色を身につけて、好意をアピールする」ということだ。
この発想はヴィオレットにはなかったので、助言を求めて本当によかったと思わせてくれた意見だった。自分自身が好きな人の色を纏う、というだけでも気分が上がるし、それで自分の好意をアピールできるなんて素晴らしいと思う。これなら好意を口にするなんて恥ずかしい……と尻込みしてしまうヴィオレットにもできそうだ。
それ以外にも「履き慣れた、かかとが高くない靴で」とか「装飾品が多すぎると街歩きには目立ちすぎる」とかいくつかの助言をもらったのでヴィオレットはそれらもしっかりと反映したいと思う。
さて。自室に戻ったヴィオレットはまたクローゼットの前に立っていた。しかし、今回は伸ばされた手に迷いはない。その手は一着のワンピースをとった。
白地のワンピースであるが、助言にあった「スカートは膝下丈が一番可愛い」というのも反映できている。袖と胸元には可憐な花が咲き誇っていて、その色というのが彼の瞳に似た蜂蜜の柔らかな黄色なのだ。袖のフリルを強調するように絞られた手首には同色のリボンが結ばれている。さらにウエストマークには茶色のベルトを採用しようと思う。
刺繍の黄色とベルトの茶色……誰のことを意識した装いなのか、誰が見ても明らかだろう。
普段のヴィオレットだったら、こんなに大胆な格好はできないだろう。しかし、ヴィオレットに協力してくれたメイド達の言葉が彼女に勇気を与える。
「女の子は、好きな人の隣にいる時が一番可愛いのですよ」とメイドの一人が教えてくれた。
しかし、ヴィオレットはただ何もせずに好きな人のそばにいるだけで可愛くなれるとは思っていない。女の子が好きな人と一緒にいる時が一番可愛いのは、その子が好きな人に「可愛い」と思ってもらいたくて努力をするからだと思う。意中の人のために可愛い自分になるのだ。
ヴィオレットはランベールと出会ってから、日常のいたる所で彼のことを意識した。それまでは自分がこんなふうになるだなんて全く予想していなかった。だが、頭の中がランベールのことで溢れても、そのことを全然嫌だと思わない。
このランベールのことを考える時間が幸せな時間であると胸を張っていえる。
『運命』に可愛いと思ってもらいたくてあれこれと考える今の自分をヴィオレットは気に入っている。
ヴィオレットはワンピースの黄色をそっと撫でた。