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あなたを見つけて




(この瞬間を、私は一生忘れない)

 



ヴィオレットが自室から出て食堂に向かうと、すでに父も兄も揃っていた。


「おはようございます、お父様、お兄様!お待たせしてごめんなさい」


ヴィオレットはパタパタと急いで席に着く。


「おはよう。全然待ってないよ」

「そうだ、気にするな。それよりヴィオレット、よく眠れたか?」


隣の席から、体調を気にする声が聞こえた。


声をかけてくれた兄、ジスランは整った顔をしている。髪と瞳の色は母から受けつぎ、顔つきは父とそっくりなように思う。父が柔らかい印象なのに対して、兄からは鋭い印象を受けるのは切れ長の瞳とその赤い色が原因だろうか。

見た目から冷たい人のように感じるかもしれないが、親しみやすい性格をしていて、面倒見も良い。そして、父を見て育ったために女性を気遣うような紳士的な面も持ち合わせている。


「うん。ぐっすり眠れたわ。朝だって心地いいベッドから出たくなくてカミーユを困らせたぐらい!」

「それで来るのが遅れたのか」

「えへへ?ばれちゃった」



そんなふうに楽しそうに会話をしている子供達を青い目をわずかに細めてにこにこ見守っていたクリストフは、ヴィオレットの服装を話題にあげた。


「今日はそのワンピースなんだね。よく似合ってるよ」



父の甘い微笑みが眩しい。

第二王子だった彼は、甘いマスクと紳士的な対応で女性にとても人気があった。公爵の位を賜り、隣国の末の王女と結婚した時には多くの嘆きの声があがったらしい。

その妻を病気で亡くし独り身になった彼は、今でも多くの女性からアプローチがかけられているが、後妻を迎えるつもりはないという姿勢を貫いている。


その父の態度にヴィオレットは、母への深い愛を感じられて、「将来はお父様のような男性と結婚したい」という思いを強めることになった。



そんな大好きな父から褒められたことで、ヴィオレットはこのワンピースがもっと好きになった。それから、父よりも「可愛い」のハードル設定が高い兄からもお褒めの言葉をもらい、さらに嬉しくなる。


(今日の朝ごはんはいつもより美味しいわ!)




そんないつも通りの和やかな時間をすごした。


でもどこかそわそわした雰囲気が漂うのは、今日が特別な日だからだろう。なにしろ、久しぶりの滞在客だ。


ヴィオレットに至っては、ご令嬢がギリギリ恥ずかしくないであろう大きさで料理を切り分け、ハイペースで朝食を食べ終えると、落ち着かない様子でちらちらとドアの方に視線を向けている。


そんな妹とは対照的に、兄の方は普段と変わらずマイペースに過ごしている。食後に用意させた紅茶に角砂糖をきっちり5個入れて飲みながら、家族との会話を楽しんだ。



コン、コン


そんな時に、扉をノックする音が聞こえた。


(来たわ)


ヴィオレットは喉をごくりと鳴らす。


促されて開いた扉の向こうにいたのは父の侍従だ。


「旦那様。お客様がお越しになりました」

「わかった」


侍従の言葉を合図に、クリストフは穏やかな父親の表情を厳格なユルティス公爵の表情に変化させ、席から立ち上がる。

子供たちにも視線で起立を促し、ついてくるように指示を出して歩き出した。先程まで思いのまま過ごしていた2人の子供も雰囲気を変化させて優雅に立ち上がり、父の後ろについて歩く。


廊下を歩いている間、特には会話はなく、人数分の靴音だけが静かに響いた。



玄関ホールに到着すると、ちょうどお客様を乗せた馬車も公爵家に到着したようだった。馬車が邸の前でゆっくりと停車する。


馬車の扉が開いた。そして中から1人の青年が降りてきた。

クリストフが一歩近づき、彼に向かって片手を差し出す。青年もその手を握る。


「よく来たね」

「ありがとうございます、ユルティス公爵。本日からお世話になります」


握手を交わし合ったあと、ユルティス公爵は体の向きを変えて、自分の息子と娘を手で示す。

クリストフが向きを変えたことで、彼の背に隠れ、少ししか見えなかった青年の姿がようやくヴィオレットの目にうつった。



「ジスランの紹介は不要だね。その隣にいるのが長女のヴィオレットだ」


クリストフは今度はヴィオレットに目を向ける。


「ヴィオレット、紹介しよう。こちらは私の友人の息子であるランベール。今日から2週間、この屋敷で一緒に過ごすことになる。仲良くするように」



「久しぶりだね、ジスラン。そしてはじめまして、ヴィオレット嬢。ランベール・デュアメルと申します。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」



挨拶のために左胸に手を添えてお辞儀をした彼が、上体を起こす。

その仕草がヴィオレットの目には時間の流れが変わったかのように、やけにゆっくりに見えた。無意識のうちに息を止めていたからかもしれない。


────そうして、彼と目が合った。


目があって確信した。そして泣きたくなった。



(やっと。……やっと、お会いすることが、できた)



柔らかそうな栗色の髪。こちらを見る太陽のような瞳。すっと通った鼻筋。言葉を紡ぐ薄い唇。

そのすべてが。────愛おしくて仕方がない。



脳なのか体なのか彼女自身にもわからないが、彼の情報が一気に『自分』に刻み込まれるのがわかった。

その匂いも、視線も、声も。

自分という存在が作り換えられるかの勢いで『彼』の存在がインプットされる。熱が体を駆け巡った。



兄が彼と挨拶を交わしているようだが、何を話しているのかは全然頭に入ってこない。ヴィオレットは溢れるような感情の波を抑えるのに精一杯だったのだ。だが、どんなにそれが難しいことでも、ヴィオレットの青い瞳は彼から決して離れることはなかった。



十数秒か、はたまた数分過ぎたのかわからないが、しばらくして彼らの会話はきりがついたらしい。

ジスランが手招きをして隣にヴィオレットをよぶ。


「ランベール。俺の妹のヴィオレットだ。俺たちの8歳下で、今は8歳になる。仲良くしてやってくれ」



ジスランの自分を紹介する言葉が終わったのを感じて、ヴィオレットはそっと目を閉じた。あばれる心臓の音に耳をすませる。つま先から髪の毛の一本一本にまで意識を向けながら、ゆっくりと淑女の礼をした。


きっと今以上に緊張する挨拶など、これからもないだろう。


ヴィオレットは声が震えそうになる自分を叱咤して、お腹に力を入れて、声を発した。



「はじめまして、ランベール様。ヴィオレット・ユルティスです」



彼に伝えたいことがありすぎる。

しかし、その全てを伝えることはきっと難しいから……


ヴィオレットは一番伝えたいことだけを言葉にした。




「あなたに、お会いしたかった」




体を起こし、彼と視線を合わせた時、抑えきれなかった感情のかけらが一粒の雫となって流れ落ちた。



それがわかったのは、彼女の正面に立っている彼だけらしい。彼は驚いたような表情を見せた。


彼女は、ランベールが新しい表情を見せてくれたことがとても嬉しい。まして、それが自分に向けられたものであるからなおさらだ。


きっとヴィオレットの今の表情は、今まで生きてきた中で一番輝かしいものに違いない。

この瞬間が泣きたいぐらいに幸せで。



(ずっと、あなただけを探していたの。私の……『運命』)



出会えたことに泣いているのは、きっとヴィオレットの本能の部分。この奇跡を彼と分かち合えたことがこんなにも嬉しい。


(あぁ、こんなにも……幸せなことって、ないわ)



ヴィオレットはこの幸せを噛み締める。

この体全体に激しく響く自分の鼓動が、この幸せが夢ではないと彼女に告げる。


ヴィオレットは彼の太陽の瞳を見つめた。




いつまでも、いつまでも、この瞬間を彼女は忘れない。




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