スライムクエスト
辻 現斗。19歳。俺はどうしようもないフリーターだった。だから、いや、だからっていうのはあまりにも脈絡を省きすぎてるけど、俺は自殺を試みた。それが成功したのかは分からない。一番簡単な飛び下りを実行した結果、その最中に意識を失ったものだから。
「うお、え……こ、これ、ブレイブ・ブレイン……?」
気づけばそこは昔やりこんでいたオンラインゲームの世界だった。ブレイブ・ブレイン、この手のゲームの中ではそこそこ続いていて、俺も中高生時代にのめり込んでいた。
「ブレイブ・ブレインにようこそ!」
新規登録者キャンペーンの名目でオルエのボイスが流れてモデルが現れる。本来のゲームではそういう仕様だ。けれど、今の俺には全く異なって映っていた。まるで実在するような質感で佇んでいる。
「重要アイテムに初心者案内書を入れておいたから、確認したくなったら読んでね。それから初心者キャンペーンをどっさりプレゼント! プレゼントボックスを開いて受け取ってね」
「え、あ、はい……?」
呆然としたまま頷くとプレゼントボックスが開いた。薄くて平たい電子の膜は手で操作できる。まるでSFのような世界観に戸惑いながら俺は最初の村を出て冒険に出た。
「きゃあっ」
村から出てすぐにエネミーに襲われてる女の子に出くわした。スライムに襲われるなんてNPCか? いや、初期アバターだからプレイヤーだろうか。何はともあれ、異世界転生でテンションの上がった俺はさっそく駆け寄った。
「今助けますよ!
「あ、ありがとうございます!」
「スライムか! はは、やべ、なっつかし……」
学生時代に何度も繰り返した戦闘を生身でやるのは難しい。おぼつかなかった操作に慣れてきた頃、ダメージが1しか入ってないことに気づいた。
「やばい、装備忘れてた……! ど、どうする、逃げるのも……素早さが無さすぎる、よな」
ゲームでは自動の攻撃モーションを繰り返していたが、現実の肉体だとなかなかそれがうまくいかない。というか液体から個体に変幻自在なスライムの攻撃を回避するだけで精一杯だ。
「ごめんなさい! 私のせいで……あの、私が的になりますから!」
「いや、そんなことさせません! って言ってもな……な、なんかコマンドねえかな……」
呪文は当然無い。仲間もいないし、アイテムもその辺で拾った素材しかない。ああ、くそ、どうすれば……。
「……? こんなコマンドあったか?」
そこには天賦と書かれたコマンドがあった。俺がやってなかった頃に実装していたのか? 確かにこのゲームは何度も大規模な変更があったけど。
「『仮因数改竄』? とりあえず使うしかないよな……っ。す、ステータス画面か、これ?」
目の前に現れたステータス画面にはいくつものパラメータが並んでる。見慣れていたそれをとりあえず弄ってみる。
「はは、回避に全部できんのか? うお、っと」
スライムからの攻撃に合わせて回避の能力値を999に振り切る。すると身のこなしが薄い布のように軽く感じ、ひらりと攻撃を避けれた。
「っ!」
「っこの!」
女の子に標的を変えたスライムの攻撃に俺が盾になる。その瞬間に防御に振り切れば防げるはずだ。
「わ、す、すごい……」
「や、やべ、俺最強じゃね……? 素早さ999にすれば逃げれるか、いや、でもここは……」
天賦のコマンドを再度実行してさっきのスキルをもう一度使う。今度は攻撃を最大まで振り切ってから攻撃する。素手のなんでもないパンチだけでスライムが一発で倒される。
「う、うは、すっげ……来た、来た来た、俺の時代……!」
「――不正なログを確認」
そして、俺はさっきのように闇に包まれたのだった。
「っていう、感じなんすけど」
「ふむ、そうなんですね」
「起承転結っていうか、2コマ堕ちって感じ」
オルエちゃんの言葉が俺の心をズタズタにする。俺だってそんな美味しい話ある訳ないって今思うし。あえて女の子を助けた事実は省いて説明した。あれにさらに噓つき呼ばわりされたら立ち直る気がしない。……というか新規登録者キャンペーンの時のオルエちゃんはどこに行ったんだ。
「ゲントさんをデバッグルームにご案内したのは、それが貴方の故意ではないと判断したからです」
「はあ、故意じゃないっていうのは……」
「ゲントくんがスライムを倒すために攻撃力999にしたのは故意だろうけど、問題はどうやってそれを実現できたのかって話でーす」
どうやって実行……? 確かに、俺はどうやってチートスキルを手に入れてたんだ。まぁ、そもそも俺が転生してるってのも気にし始めたらキリが無いような気もするけれど。
「私が確認した所、ハッシュ値チェックは正常でした。だからアセンブリ書き換えの方かと思って……」
「え、そんな現実的なあれなんすか? チートって」
「でもゲントくんにはそういう事出来なさそーだし!」
失礼すぎる。まあ俺も何の話だかサッパリだけど。
「ううん……オルエ、後で報告書を送るから先に行ってくれる?」
「? ……あ、うん、わかった」
ラエルの言葉に従ってオルエが部屋から出ていく。ラエルは仕方ないような苦笑を浮かべていた。
「ふふ、オルエは利口ね」
「そうなんですか? めっちゃぶっちゃけますよね……」
「そういうことじゃなくて……ゲントさんに伝えることがいくつかあります」