誰が為に異世界転生でチートを奮う
オンラインRPGゲーム『ブレイブ・ブレイン』利用約款
第13条 ゲーム内におけるユーザの禁止事項
当社が提供するゲームサービスおよびログインIDの利用にあたり、ユーザは、次の事項に該当するもしくはそのおそれのある行為をしてはならない。
(1)ゲーム結果に影響を及ぼしうるチート等の不正使用を目的とするエミュレータ、プラグイン等の使用、あるいは配布すること。
(13) 上記各号のいずれかに該当、および準ずる行為を第三者に誘引すること。
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歓喜に包まれたのも束の間、俺は闇に包まれた。それは文字通りの闇だった。紫がかったエフェクトや青ざめたグラデーションも無い、黒だけで包まれた世界。
ただそこに一点、色があった。黒に浮かぶ白。白いタキシードを身につけるその人物は、その服に見合わない幼い少女だった。
立ち尽くす俺に向かって少女は言葉を発する。
「不正ツールを使用した疑いのあるログの確認。レベル1たるアバターの攻撃によって999ダメージの出力を観測」
冷たい少女の目による視線が俺を貫く。言葉が出なかった。いや、出せなかった。恐らくすでに発言機能を禁止させられているようだった。
「エネミー、瑕疵なし。装備品、瑕疵なし。ダメージ計算、瑕疵なし」
機械的な口調で淡々と事実を告げる少女。俺がやった罪を自覚していない訳じゃない。そうだ、分かってた。こんなのは夢じゃなきゃ立派な犯罪だと分かっていた。
「能力値、瑕疵あり」
チートが何の疑いもない犯罪行為なんてわかっていた。けれど、夢を見たかった。ラノベで描かれるようなチートで無双する主人公になりたかった。
「攻撃力999。レベル1における能力値範囲外」
どうしようもない現実からようやく抜け出せたと思っていた。何も出来ない、何もない俺が、唯一強く在れる場所だと思っていた。
「ゲームアプリケーション以外からの通信を確認。ハッシュ値、瑕疵なし。アセンブリ書き換えを推測」
ようやく俺も状況を受け入れてきた。このゲームをプレイしていた頃、チート利用者はゲームマスターという人物にアカウントを規制させられることを聞き及んでいた。この少女はたぶん、そのゲームマスターなのだと思う。
「利用約款第13条の違反を確認、利用約款第14条を執行、汝の生存権を停止する」
(俺、こんな所で終わるのか? こんな異世界転生ってアリかよ。なあ、俺にチートを与えてくれた神様とか居るんじゃないのか。ラノベアニメみたいに救ってくれるんだよな、なあ、なあ……!)
目の前は絶景だった。全てが絶えた後の、黒い世界。
無音で、光に照らされず、熱源も消えた、無味無臭の世界。
……もしかして、俺はずっとここに囚われてるのか?
一瞬の絶望の後、安堵する。ああ、それもいいかもしれない。やるせない現実に浸るぐらいなら、いっそここで眠れてしまえばいい。
そんな逡巡を繰り返す内に、俺の意識は沈んでいった。