1 心に引っかかるもの
ちょっとだけ下ネタっぽい会話があります
雨が窓を叩く音で目が覚めた。久しぶりに昔の夢を見た気がする。小さい頃に亡くなった幼馴染みとの思い出の夢。あの時交わした約束なんてものは殆ど覚えていない。覚えてるのは、霊安室で交わしたおじさんとの約束だけだ。
「うぅ…んんぅ…」
隣から呻き声が聞こえて目を向けると、こっちに寝返りをうった女性。肩まで下ろした髪が寝返りに合わせて顔にかかっている。状況を確認し、昨夜の事を思い出しながらスマホで時間を確認すれば、もう昼前だ。
「恵、起きろ。もうお昼になるぞ。いつまで寝てんだ」
ぺちぺちと頬を叩いてから、ベットから降りる。とりあえずシャワーを浴びて、飯はそれからだ。
「先、シャワー浴びるからなー」
「…」
だめだ、完全に撃沈してる。こりゃシャワー浴びても寝てる可能性全然あるな…。
「はぁ…まぁ休みだからいいんだけどさ」
タンスから下着と着替えを持って風呂場に向かう。そこからパパッとシャワーを浴びて飯の支度をする。
「今日はトマトオムレツとトーストかな」
というか買い物行き忘れてそれ以外ねえ。そんな感じでトマトを切ったり卵を溶いたりしてると、恵が起きてきた。
「おはよ〜悠〜…はやいねぇ…」
「いや早くないだろ。もう昼過ぎてるぞ」
そう言って壁掛け時計を指さす。時間は既に12時半を指している。
「昨日何時まで起きてたっけ…」
「えーっと…多分2時過ぎくらい?」
「あー…昨日そんなにヤったっけ…」
「お陰で俺は腰が痛い。そして臭かった。お前も汗臭いからさっさとシャワー浴びてこい」
「臭いとか言うな蹴っ飛ばすぞ」
グチグチ言いながら着替えを持って風呂場に向かう恵。つーか俺が寝たのは3時過ぎであいつが寝たのが2時過ぎ。なんで俺の方が起きるの早いんだよ…。
そんな事を考えながら下ごしらえを終えて後はパンとオムレツを作るだけにする。恵がドライヤーを掛けてるタイミングで作り始めればちょうど出来立てになる計算。
恵がシャワーを浴びてる間にテレビをつけて、昨日寝る前に読んでいた本の続きを読む。ちょっと前に話題になったラノベの新刊だ。
土曜お昼恒例の特に面白くもないバラエティもどきをBGMに本を読んでると、風呂場の方からドライヤーを掛ける音が聞こえてきた。それを目安にしてキッチンに向かい飯をさっさと作る。ちょうど恵が出てきたタイミングで完成した。長い髪をシュシュで一本に纏めて前に下ろしている。
「おっ、トマトオムレツじゃん。チーズは?」
「無し。後で買い物行かねーとな…」
そう言ってテーブルにオムレツとトースト、マーガリンとジャムを置く。
「えー…雨降ってんじゃん…夜は外食にしようぜぃ」
「どうせ出掛けるなら買い物がいいかな…じゃないと明日の朝飯が無い」
「明日の朝とか考えてなかったよ…じゃああたし今日は帰ろーっと」
「待てや」
流石に情の欠片もない言葉にストップをかけた。まずそもそもの話…
「夜飯どーする?」
「まずそこだったぁ…」
あちゃー…という感じに額に手を当ててリアクションを取りながらオムレツを頬張る恵。随分器用だな、おい。
「まぁ特に予定もないんだし夕方考えればいいっしょ」
「まぁそうなんだけどさ…」
そう言ってモシャモシャと2人で朝食(昼食?)をたいらげる。
「じゃ、洗い物よろしくー」
「あいあーい」
洗い物を任せて、ベットに寄り掛かって本の続きを読む。テレビの音と恵の洗い物の音、恵が口ずさむ鼻歌、窓を叩く雨の音。俺はこんな感じの雑音の中で本を読むのが大好きだったりする。
「おーしまいっと」
恵が洗い物を終わらせて、ベットに飛び込む。よく見ると洗い物のためか髪を後ろにまとめてポニーテールにしている。
「おつかれ」
「つかれたーお腹いっぱいだー余は満足じゃー」
「さいですか」
恵がゴロゴロしている気配を背中に感じながら、本を読み進めていると、思い出したかのように恵が呟いた。
「あたしらっていつ結婚すんの?」
「俺の給料が高卒の給料まで昇給したらね」
「それあと2年くらいかかるじゃん!」
恵が怒ったような声で食いついてきた。んな事言ったってなぁ…
「そもそも高校中退の俺をコネで雇ってくれてんのに入社3年目で高卒と同じ給料だったらおかしいでしょ…」
「それもそうだけどさぁ…あたしだってもういい歳なんだし結婚とか考えちゃう訳ですよ」
「来年24だっけ?」
「そう!そろそろ親からプレッシャー掛けられる時期だぞって米坂さん言ってた!」
米坂さんとは、俺達がいる会社の先輩で、美人なのに結婚出来ずについに今年で29というアラサーである。
「あの人男に求め過ぎだから婚期逃してる感凄くないか?」
「あ、それ本人の前で言ったら殺されるよ」
「言わねえよ…てか、言えねえよ…」
想像しただけで背筋が凍るわ。
「美人でー仕事も出来てースタイルも良くてーとあんなに揃ってるのになーんで男に対して変に期待値高いのかな」
「逆に男が入れ食いだったからじゃないか?」
「あー…」
恵は遠い目をして納得した。
「男を見過ぎて並じゃ満足出来なくなったかー…あの人いまだに処女らしいよ」
「は!?マジで!?」
流石にドン引きなんだけど。
「マジらしいよ。飲み会で泣いてたらしいし。まだもうちょい闇の深い話あるけど…」
俺は無言で首を振った。勘弁してくれ…怖すぎるわ…
「米坂さんの話はもういいよ…」
これ以上聞きたくない。そんな空気を出して会話を切り上げて、本の続きを読んでると、
「でさーあたしとしては別に悠の収入とかどうでもいいんですよ。結婚してくれればさ」
「こだわるなぁ…俺はまだ早いと思ってるからなぁ」
「あたしにとってはやばいんだよ!!」
米坂さんの件もあってか、ちょっと恵が感情的になっていらっしゃる…
「結婚したいの!しよ?」
「そんな軽いノリで言われてもしません。二年待って下さい」
「むぅ…」
恵がむくれたような雰囲気を出す。
まぁ実際問題結婚は俺にはまだ早いと思ってるのは事実だ。結婚した後のビジョンがまるで見えないし、結婚したとしても俺の方が収入が少ないというのが情けないという問題もある。
「あ、そうか
」
恵が何かロクでもないことを思いついたらしい。
「子供作っちゃえば流石に結婚してくれるでしょ?」
「まぁできた時は流石に責任はとるけども…」
言いよどむ俺。すると恵は俺に抱きついて来て耳元で囁いた。
「子作り…しよ?」
そこで俺の理性は途切れた。本に栞を挟んでテーブルに置き、立ち上がって恵を押し倒す。
「ゆ、悠…?え?その気になっちゃった?」
恵が動揺しながら顔を真っ赤にして顔を逸らす。
「恵…」
恵に顔を近付けていくと、恵も覚悟を決めたかのように俺の目を見たあとに目を閉じる。そうしてお互いの鼻息が感じられる所まで顔を近付けたところで、
「い゛ぃ゛っだい!!!!!!」
恵のコメカミを人差し指と中指で鷲掴みにする!なんやねんこいつ。
「結婚はまだしないって言いませんでしたっけぇ?恵さん??」
「痛い痛い!しました!聞いてました!はい!」
「なーにーかーいーうーこーとーは?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!もう言いません誘いません!」
「うむ」
頷いて、俺は手を離す。ベットから降りて読書を再開すると、コメカミを擦りながら恵が起き上がった。
「でも、結婚したいってのはホントなんだからね?」
「わかったってば…」
恵の言葉は本心だろう。そのくらい、俺にだってわかってる。ただ、今は時期じゃないと言うだけだ。俺の恵への気持ち、環境、それを考えるとどうしても応えられないだけだ。
「お詫びに好きなもん夜作ってあげるから、これ読み終わったら一緒に買い物いこ?な?」
「うぅ…悠ぅ〜〜!!」
涙目で俺の首筋に抱きついてくる先輩彼女。慰め代わりに頭をポンポンしながら、それとなく今後のことをぼんやりと考えていた。
実のところ、給料だってゆっくりでもいいのだ。生活出来ているし貯金もある。高校2年の時に父親が病気で亡くなり、あとを追うようにして母親も亡くなった。それで俺は高校を3年の一学期で辞め、父親の知り合いのツテで東京に引越して働くようになった。
商業系の高校に通っていたお陰で、事務関連のスキルと資格は持っていたので、割の合わない力仕事などではなく事務系の仕事を特別にやらせてもらっている。
今の仕事を始めるにあたって、俺の教育係をしてくれた小柳恵という今の俺の彼女が、面倒を見てくれた。試用期間を過ぎて、ある程度1人で仕事ができるようになっても何かと面倒を見てくれて、入社から1年経った時に彼女から告白され、付き合うことになった。
今は2月で、付き合い始めてもうすぐ2年になる。確かに彼女の年齢的にも付き合い始めた期間的にも結婚を考えたくなる時期なのだろう。
ただ俺自身、結婚というものに対して、明確にビジョンが持てず、経歴や収入を言い訳にしてこの手の話題を誤魔化していた。
彼女との結婚を考えた時に、ザワリと心の奥底が何かを訴えるように、何かを求めるかのように震えるのだ。
(本当に恵を大切にしてあげれてるのか…?東悠にとって彼女は本当に大事な人なのか…?)
そんな疑問が心の奥底から湧いてくる。俺はその疑問が何故自分から出てくるのか分からないまま、これからの事を考え続けるのだった。