プロローグ
とある田舎町の病院に、心臓の病気で入院している少女がいた。その少女は60日後に手術を控えていた。少女は手術が不安で不安で仕方が無かった。その少女のお見舞いに来ていた少年に、少女は不安を零してしまう。
「わたし、しゅじゅつちゃんとうけれるのかなぁ…」
不意に漏れた不安に、少年は首を傾げる。
「サキちゃんはこわいの?」
「こわいよ?だってしんじゃうかもしれないんだよ?」
泣きそうになりながら少女は少年に抱き着いた。
「そっか…じゃあやくそくしようよ!」
朗らかに笑った少年は言った。
「そのしゅじゅつがおわったあとに、やることをオレたちでいっぱいつくるの!そしたらサキちゃんもこわいってきもちより、たのしみってきもちのほうがおおきくなるでしょ?」
少女は大きく目を見開いて、少年を見つめる。
「そっか…そうだね!すごいね!ゆうくん!わたししゅじゅつがたのしみになってきたよ!」
その少女に不安はもう無いようで、にへらっと笑った。
「じゃあオレがまいにちおみまいにきて、いちにちにひとつずつやくそくしよう!」
「そうだね!」
二人共笑顔で約束を交わす。
「じゃあきょうのやくそくはどうする?」
「しゅじゅつがおわったらわたし、ゆうくんとごはんいっしょにたべたい!」
「じゃあそれにしよ!ごはんをいっしょにたべる!やくそく!」
その日以降、二人は毎日一つずつ約束を交わしていった。もうすぐ小学校に入るから一緒に学校に行こう、一緒に本を読もう、一緒にお出掛けしよう、どっちかの家にお泊まりしよう。
そんなありきたりな約束を、毎日重ねた。
そして、手術の前日。59個目の約束。
「わたし、ゆうくんとけっこんしたいなぁ…」
「え?」
「わたしね?ゆうくんのことだいすきなの。だからしょうらいゆうくんのおよめさんになりたい」
それは、少女が抱いた淡い恋心。自分の為に沢山の約束を交わして、希望をくれた少年に抱いてもおかしくないものだった。
「オレもすきだよ!」
「ふぇっ!?」
少年の告白に変な声で答えた少女は真っ赤になって俯いた。
「オレもサキちゃんのことだいすきだもん!しょうらいけっこんしよう!やくそく!」
「…」
真っ赤になった少年の顔を見て、少女は何も言えず、ただ顔を赤くして見つめる。そんな少女と少年は数分間見つめ合う。
「じゃ、じゃあ、やくそくしてくれる…?」
「もちろん!しょうらいけっこんしようね!」
そう言って二人は約束を交わした。
~翌日~
手術目前の病室で、少女と少年は見つめ合う。
「き、きのうのやくそく、うそじゃないよね?」
「うそなもんか!オレはサキちゃんとずっといっしょにいたい!」
「はぅぅ…」
真っ赤になって前日同様に俯いてしまう少女。
「じゃあこれもやくそくしよう!ずっといっしょだよって!」
「あ…うん!」
そう言って二人は指切りをした。これは特別な約束だと。そう自分たちに言い聞かせるかのように。
そんなふたりを少女の両親は穏やかに見つめていた。
「沙希、もうすぐ手術の時間よ」
「あ、お母さん…うん。わかった」
少女は少年に今日はここまでだと別れを告げる。
「じゃあね、ゆうくん。しゅじゅつがおわったら、やくそくしたこと、ぜんぶやろうね」
「うん。わかった!またあしたくるから!そのときにまたいっぱいはなそう!」
そう言って、病室を去る少年。しかし、少年と少女に「またあした」は来なかった。
~翌日~
少女に会いに来た少年は、少女の両親と共に、少女の亡骸の前に立っていた。少女の母親は泣き崩れていた。拳を握りしめ、少年は言葉を絞り出した。
「な…んで…ですか…」
喉の奥から震えた声で、少年は言った。
「やくそくしたんです。オレとサキちゃんは…ずっといっしょにいるって…けっこんして、いっしょにいるんだって」
泣きながら、痛いほど拳を握りしめながら、少年は続ける。
「いっしょにごはんたべて、これからがっこうにいっしょにかよって、いっしょにほんをよんで、おとまりしようって」
その場に立ち会った、医師と看護師も、それぞれに涙を堪える。少女は、少年と沢山約束をして、それを守るために手術をするんだと、満面の笑顔で看護師や医師に言っていたから。だからこそ、彼等はとても悔しそうにしている。
「沙希ちゃんは、君との約束を守ろうとしていたんだ。だから沙希ちゃんは悪くない。悪いのは力不足だった僕達なんだ。だから、責めるなら僕達を責めてくれ…」
「そうだ!!!!ふざけるな!!!!」
少年は医師に殴りかかった。
「おまえらがサキちゃんをころしたんだ!かえせ!!いますぐサキちゃんをいきかえらせろ!!!!」
少年は叫んだ。彼等が少女を殺したんだと。お前達が悪いんだと。しかし、
「悠くん!」
少年は、少女の父親に止められた。そして、少年を抱きしめた。自分だって医師達に詰め寄りたい。でも、全力を掛けて少女を救おうとした彼等を責めるのは、筋違いだと分かっているから。
「悠くん。ありがとうね。君が、沙希を大事にしてくれて。本当にありがとう」
そう言って、まだ暴れようとする少年の背中を叩く。
「君が沙希のためにしてくれた事。本当に嬉しかった。手術が怖くて受けたくなかったのに、君のお陰で沙希は手術を怖がらなくなった。むしろ楽しみにしてたんだよ?」
「え…?どうして?しぬかもしれなかったってしってたんでしょ?」
「そう。でもね悠くん。手術しなければ、沙希は悠くんと約束が守れなかったんだ。悠くんのために沙希は手術を受けるんだって、笑ってた」
少女の父親は、涙を堪えきれなくなり、泣きながら話す。
「悠くんが沙希の事をとても大事にしていたように、沙希も悠くんがとっても大事だった。沙希は悠くんのために手術を受けたんだ」
「オレの…ために…」
「そう。だから、お医者さん達を責めないでおくれ。憎しみという物を持たないでくれ。じゃないと、生きようとした沙希が、その手助けをしようとしたお医者さんが、僕達が、そして、沙希のために約束を沢山した君が、どこまでも傷ついちゃうんだ」
「…うん…」
少年は振り上げた拳を下ろす。
「ありがとう。悠くん。君はとってもいい子だね。真っ直ぐで、優しくて、人を大事にできる。沙希はこんないい子に想ってもらえて本当に幸せだったんじゃないかな?」
涙を流しながら、少女の父親は少年を離す。
「悠くん、僕と約束してくれないかな?」
「やくそく…?」
「そう。約束」
「どんな?」
「悠くんに、大事なものや大事な人が出来たら、それを常に大切にしてあげてほしい」
少女の父親は続ける。
「悠くんが大切にしてくれた沙希が、とっても幸せだった様に、悠くんが大切にしてあげれば、きっと悠くんも幸せになれるから…」
「オレが…しあわせ?」
「そう。だって約束をしている時の君は、とても幸せそうだった。だから君が幸せになる為に、僕と約束しよう」
「そっか…」
少年は、少女の父親の言うことのおそらく半分も理解出来ていない。だけど、自分の為に言ってくれているのは伝わったようで、真剣に頷いた。
「わかった。おじさん、やくそくする」
「うん、約束だ。それが、きっと沙希の為にもなる事だ」
「うん!」
少年は、涙を拭って、約束を交わした。
少年の中に、ずっと一緒に居ると約束を交わした少女という棘を残したまま。
2人が交わした約束が、奇跡を起こしたことを知る由もなく、誰も知らずに、15年の月日が流れた。