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4.彼女の計画

 ティーポットとカップを載せたワゴンを押しながら、レオは長い廊下を歩いていた。夜のこの時間は、お茶をしたいと言う頃だからだ。

「失礼いたします」

 ノックして一声かけてから、レオは躊躇わずにリリアナの部屋に踏み込んだ。

 向きを変えて、ガラガラとワゴンを部屋の中に引き入れると、リリアナの姿を探し、そして彼女と目があった。

 彼女はなぜか、寝台の前でやや気まずい表情で立っていた。

「どうなさったのですか?」

「少しね、寝ようかと思ったのよぉ。でも、レオがいるなら、起きてるわぁ」

「あれだけ寝てるのに、まだ眠いんですか?」

 彼女の就寝時間の早さと起床時間の遅さを鑑みると、常人よりはるかに多く寝ているはずだった。

「私はいつでも眠れるわぁ」

 彼女はのんびりと言いながら、彼女が愛用しているソファへと戻った。レオはその動きを目で追って、ふとテーブルの上で湯気を立てている茶を見つけた。

 レオが来る前にお茶を頼んだということは、おそらく誰かが他の用事でこの部屋に訪れ、そしてついでにお茶を頼んだのだろう。

 彼女はレオがこのくらいの時間に来ることを把握しているから、わざわざ使用人を呼び出してまで、お茶を頼むことはない。

「本当に眠る気だったんですか?」

「え? ええ……」

「このお茶、まだ淹れたてですよね」

「あ……」

 どうやらリリアナは、自分の言葉の矛盾に気づいたようだった。すると、ゆっくりと息を吐き、リリアナはやや開き直った様子で言った。

「ちょっと、嘘ついたのぉ。でも、どうしてかは秘密」

 しばらくの間、レオはじっと彼女を見つめていた。

 彼女が何かを隠すのは珍しい。ただ、この時期にレオに隠すのだとしたら、おそらくプレゼントの件だろう。それを追及するのは申し訳ないので、レオは話を逸らすことにした。

 茶の入ったカップをソーサーごと取り上げると、ゆっくりとそれを持ってソファへと歩いていく。

「どうぞ」

「? ありがとう」

「お嬢様にとっては、そろそろ飲み頃です」

「さすがレオねぇ……」

 三年という長いようで短い期間の中で、完璧に自らの主の好みを把握しているのだ。それはどんな飲食物を好むかということだけでなく、それをいつどこで食べたいかということまで熟知している。

 レオからすれば、それは従者として当たり前の仕事だったが、世の中そういう気のきく従者ばかりではない。

 レオはリリアナに自分の出自をばらさないように細心の注意はらって仕えてきた。そういう意味では、従者としての適性があったことは、彼にとって幸運だったと言えるだろう。それに、彼が優秀な従者でなければ、すぐに仕事を止めさせられていた危険性もあった。ブレイハ家への復讐を目的としてこの家に来たレオは、そう簡単に止めるわけにはいかなかったのだ。

「仕事ですから」

 本当はここまでしなくともこのお嬢様は文句をつけないだろうということはかなり初期から分かっていた。しかしのんびりとしながら、案外、使用人に対する気遣いのできるこの主を、いつのまにか支えたいと思っていたのだった。

「美味しい」

 カップに口をつけると、へにゃりと幸せそうな笑みを浮かべた。そしてカップをソーサーに戻すと、それごと膝の上に降ろす。

「あなたの準備を無駄にしたわね」

「いいえ。誰か来たのですか」

「ええ。他の用事のついでにお茶を持って来てくれたの」

 どうやらレオの読みは当たっていたようだ。そのことが少し嬉しくて、レオは思わず口元を緩めた。

「そういえば、プレゼントのことだけど……」

「決まったんですか?」

「ええ。きっと、驚くわよぉ」

「本当ですか?」

 彼女は確かに時折、突拍子もないことをすることがあるが、その源にあるのは怠惰の精神であることが多い。それが分かっている以上、レオが本当に驚くようなことを彼女ができるようには思えなかった。

「今までで一番最高だわ……。さいご、だけどねぇ」

 愚鈍姫の婚約話は、屋敷で最も熱い話題である。ブレイハ伯爵や、ドミニクの口ぶりから察するに、結婚までの時間もあまりないだろう。そうなれば、確かに来年の誕生日はお祝いどころではないだろう。

 最も、レオからすれば、その最後のプレゼントでさえ受け取ることができるか分かないのだ。彼女の好意を無駄にするのは心苦しく思うが、それでもレオの復讐心は潰えていない。

「私がいなくなったらぁ……幸せになってよぉ。ついでにねぇ……忘れちゃえばいいわぁ」

 いなくなるのは彼女ではない。

 レオが彼女の前から姿を消すのだ。しかし、レオのやろうとしている復讐とは、要はブレイハ伯爵の悪事を告発することである。

 つまり、その火の粉は彼女にも及ぶだろう。愚鈍姫という評判は、きっと彼女が無罪であることの証明にはなる。しかし、彼女にはブレイハ伯爵家の娘という重荷がどこにいっても付いて回り、事実が明らかになれば、彼女にも悪意が向けられることになる。

 のんきな彼女は、誰も味方がいない状態で、ちゃんと生きていけるのだろうか。

「どうしたんですか? 急に」

「急にじゃないわぁ……分かってたことよぉ。私はブレイハ伯爵家の、長女だからねぇ」

 彼女の笑顔は、何故か少しさみしげだった。それは結婚への不安なのか、それとも他の何かなのか。


「お嬢様が望むなら、ついて行きますよ」


 そんな約束をすれば、自分が苦しくなるだけだと分かっていても、レオは言わずにはいられなかった。復讐を終えた後、それでも彼女が受け入れるなら、救いの手を差し伸べよう。

 レオがそう決意したと言うのに、何故か、彼女はからりと笑って首を横に振った。


「望まないわよぉ。そんなこと。あなたのためにならないわぁ」


 あっさりと言われたその言葉に、レオは何故か胸が苦しくなった。

 自分は、ついてきてと言われることを望んでいたのだろうか。最初は殺したいとまで思っていた相手に。

 そんな自分の気持ちに気づいてもなお、レオは踏みとどまれない自分を知っている。彼女を巻き込まずして、復讐はなし得ない。

 レオのそんな葛藤をよそに、リリアナは膝の上に置いていた茶を彼女は再び口に運んだ。どうやら少し温かったようで、顔をしかめている。

 レオは次を淹れるべく茶器を持って準備を始めた。


「ねえ、レオ」

「なんですか?」

「ついてこなくて、いいけどぉ……ついてきてくれるって言葉は、嬉しかったわぁ」


 ポットを持つ手が震えた。

 彼女の優しいこの微笑みを、レオは裏切るのだ。

 その時、彼女はどんな顔をするのだろうか。こんなに心開いてくれていたのに、レオを拒絶するのだろうか。


「何があっても、お嬢様が望むなら、ついて行きますよ」


 これはレオの本心だった。レオができるギリギリの約束だった。たとえレオの復讐が終わっても、それでもリリアナがレオの手を取ると言うなら、レオは喜んで彼女を救うだろう。しかし、そんな妄想は、あまりに非現実的で、レオにとって都合が良いものだと、レオ自身は自覚をしていたのだった。

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