1歩 二人の出会い
なんなの、この森。
歩いても歩いても、全然前に進んだ感じがしない、ていうかその道さっきも通った気がする。
森をさまよう彼女は口に出さずともそう思っていた。
何故口に出さないかと言えば話す相手など居ないからだ。
白い肌を滑るように玉の汗が彼女の頬を撫でる。
歩く度に揺れる銀髪は、最早鬱陶しさだけを与えていた。
「もう、嫌。」
視界が揺らぎ夏の暑さにジリジリと蝕まれていた体は、そう呟くとバタリと倒れ地面に身を託した。
…水面から浮き上がるように、虚ろに開けられた目には見慣れない天井が映っている。
「ここ、は?」
頭から浮き出た素直な疑問を声にして発する。
すると途端に覚醒した意識が彼女の理性を呼び覚ました。
まだズキズキと痛む頭を押さえて、上体を起こすとペチャリと音を立てて額から水を含んだ布切れが落ちた。
ぐるりと辺りを見渡してみる。
自分に施された処置は微弱ではあるが魔法が掛かっていた。
一定時間水の温度を保っておく、簡易的な魔法だ。
自らが横たわっているベットはオフホワイトの包み込むように柔らかなものできっと良い物なのだと少女は当たりをつけた。
サイドテーブルにはすり鉢と水の入ったコップ、薬包紙に包まれた粉薬が見えた。
木の温かみが感じられるこの部屋には見たこともない多くの道具があって、それらの殆どは魔法道具のようだ。
ギィと部屋のドアが開く音がして、ばっと少女は音のする方をみる。
すると其処には、そーっと此方を見る紅の双眼と金髪の青年の姿が見えた。
「きゃあ!…あ、貴男は誰っ?!」
「うおっ、大きい声出すなよ。助けた奴に対して何だよその態度は!」
お互いに驚いた様子で互いをみて言う。
「え、あの、私を助けたんですか?」
少女がおずおずと問うと、他に誰がいるんだよ、と返ってきた。
「ありがとうございます。私、この森で迷ってしまったみたいで。」
「だろうな。この森は部外者を好まないから、お前みたいなのがいると迷わせて自分の養分にしようとする。この森は意志を持ってんだ。お前はその餌食になるところだったんだぞ。」
少女は、何という森で迷ってしまったんだと俯いて心底後悔していた。
すると、おでこにピタリと何か当たった気がして顔を上げる。
其処には少女の額に自らの額を当てる少年の姿があった。
「な、ななな、なにをっ!」
ものすごい勢いで後ずさる彼女に青年は
「いや、熱下がったかと確認した。36.9度、まずまずか。」
今の一瞬で其処まで分かるのか、何気に凄いと感じながら彼の額が当たったところに少女は手を当てた。
「んで?」
「はい?」
突拍子もない疑問形に、同じように疑問で返した。
「はい?じゃねぇよ、名前は?」
あ、今のは名前を聞かれていたんだ。と他人事のように思った。
「あの、私のこと…ご存じではないですか?」
「どんな自過剰だよ、知らねーよ」
何故か、少女は嬉しかった。自分のことを知らない人にやっと出会えた。
それがただ、嬉しかった。
「そうですよね!すみません、私の名前はミシェル。ミシェル・ミッドフォードと言います!」
銀髪の少女、もといミシェルは元気よく挨拶をした。
「俺は、アルフレッド・ラウスだ。アルで良い。」
彼も礼儀として名を名乗る。
「アルフレッド、何処かで聞いたことあるような。」
ミシェルが首を傾げるがアルフレッドは
「何処にでもいるだろ、こんな名前。」
と素っ気なく返した。
するとぐるるとミシェルの腹の虫がなる。
かっと赤面する彼女をみてアルフレッドはククッと笑って
「飯にするか?」
と問いかけた。
「でも、手当てまでして貰って、その上食事を頂くなんて。」
とミシェルは腹に手を当てて鳴らないようにしながら気まずそうに言う。
「家に送り届けるまでに死なれても困るから食ってけよ。」
その言葉に、…そうですね、じゃあお言葉に甘えて、とミシェルは少し困った笑みを浮かべた。