戦闘人形と修理士
隣国との戦争が始まってはや五年。戦争は徐々に苛烈さを増し、領土を取っては奪われ、また取っては奪われ……そんなことばかりを繰り返していた。
不毛な争いだ。もう既に、開戦の理由などを覚えてる民は少ない。ただ奪われたから取り返す。それしかない。
数多ある戦場の中、一際変わった所がある。それが《戦闘人形の砦》と呼ばれる地だった。
この地では人間の兵士の代わりに戦闘人形が動員されていた。戦闘人形は戦争が始まってから作られ始めた、文字通り戦うために作られた機械人形のこと。ほんの一年前に完成したため、まだ戦闘人形の実力は未知数。だからこの、さほど要所ではない、けれども隣国が進行しやすいため戦いの激しい、この砦に戦闘人形たちは投入された。
砦にいるのは、戦闘人形と彼らを直す修理士。あと、作戦を命じる軍師。それだけ。
「……いつ、戦争は終わるんだろう」
そう、弟子が呟くのを、修理士であるカルロは聞いていた。それはこの砦にいる修理士全員が思っていることだった。
修理士は国の発案により、戦闘人形を直すことを強要された、ただの機械に長けた人間である。つまりは、機械をいじることが好きな一般人。軍人ですらない。軍部の人間は戦場に出てるか、会議をしているか、戦闘人形を作るかして忙しい。だから彼ら一般人が、兵役の義務の代わりに連れてこられた。
「……戦争が終わっても、彼らは作られ続けるだろうよ」
カルロはぼやいた。
戦闘人形は不幸なことに優秀だった。強くて、どれだけ傷ついてもまた直せば良い。直せなくても、また新たに作れば良い。戦闘人形は機械だから、彼らに心はなく、人権もない。そう、お偉いさんは考えているようだった。
恐らく今後、世界各国が戦闘人形を作り始め、そして人々が安心して暮らせる中、戦闘人形は死に続けるのだろう。
異様だ、とカルロは思う。けれど世間一般からすれば、戦闘人形を庇う自らの方が、異端なのだろう。
「……そうですね。師匠、何とかできませんかね? あの子たちを、傷つくと分かっていながら戦争に出すなんて、したくないです」
「……」
弟子の願いに、カルロは答えなかった。それは、自らも考えていたことだから。けれども、例え彼らを出さなくとも、この砦は攻められ、彼らも自分たちも殺されるだろう。そう思えたから、何もできずにいたのだった。
その時、カァン、カァン……と鐘の音が鳴り響いた。戦闘人形たちの帰還だ。
「……行くぞ」
そう言って、カルロは立ち上がった。ズタボロになって帰ってきた、彼らを治すために。
そこはある意味第二の戦場であった。
人間とは違い、戦闘人形の治療に時間は関係ない。しかし、いつ次に隣国が攻めて来るのかは分からず、もし不完全な治療のまま戦場へ送り出すことになれば、戻ってくるのは体の一部だけ。そんなことはしたくない。だから修理士は皆、大急ぎで、けれども丁寧に治療するのだ。
「あ、カルロ」
聞きなれた声がカルロを止めた。カルロは声を発した本人を見る。今日も今日とてボロボロだった。
ぶらん、と垂れ下がった腕、取れかけた足。体はざっくりと袈裟懸けに斬られており、コチコチと動き続ける歯車がこんにちはしていた。
はぁ、とカルロはため息をつきながら、彼女の元へ行く。
「また、やったのか、アイン」
「うん、そう。だからカルロ、直して? カルロは何でも直してくれるでしょう?」
全幅の信頼のこもったアインの言葉に、カルロはくしゃ、と顔を歪めた。けれどもすぐに不満げな顔にする。
「おまえは、いっつもズタボロになって帰ってくるな。治す側の苦労を考えろ」
「そう言いながら、カルロは直してくれるじゃん。私、カルロが直してくれるから、いっぱいいっぱい行くんだよ」
そう、アインは笑った。少し、頬が動くだけ。けれども感情は伝わるし、作り物のようにも思えなかった。
彼らは生きている。そう思うことがカルロにはよくあった。生きて、考えて、感情を持っている。きっと彼らに関わっている人間は皆そう思ってる。
だからこそ、カルロは彼らを戦場へ送り出したくなかった。彼らだって、傷つき、悲しみ、そして……死ぬ。そんな思いを、経験を、彼らにして欲しくなかった。
「……そんなことするな。治療始めるぞ」
「あ、ああ、いいよ、私は。まずは他の子直してあげて」
それはアインが近頃、言うことだった。その真意を、カルロは知らない。
無言で、カルロは治療を始めた。まずは大事な体。歯車が壊れてないか、なくなってないか慎重に確認する。なくなってたら新たに嵌めて……。
「ねぇ、カルロ」
アインがカルロを呼んだ。
「なんだ」
「あのね、ずっとずっと、直してね。私、カルロに直してもらえるの、好き」
「……そうか」
カルロは何も考えないようにして、治療を続けた。考えたら、終わりだ。もう戻れない。
ああ、だけどこれを言うことだけは許してくれよう。
「……俺は、治したくない」
それは、アインが傷つくことと同義だから。傷ついて欲しくない。ただ、それだけだった。
それだけだったのに──
「……そっか」
アインの悲しげな声が、ぽたり、と地面に落ちたように、カルロには思えた。
出撃、撤退。また出撃……。それを何度繰り返しただろうか。カルロはじっと戦場の方角を見つめていた。
先日、砦にいた軍師が変わった。新たにやってきたのは貴族の、実戦経験もない、名前だけの軍師で……嫌な予感があった。
カルロは前の軍師が気に入っていた。ちゃんと戦闘人形たちを気にする人だったから。その人が外されたということは……。
けれども、カルロにはどうする事もできない。命を放り投げてでも軍師を止めろ? 無理だ。そうしたら、誰が彼らを……アインを治すというのだ。軍師? 絶対にない。
「師匠……」
弟子が不安そうな顔をして、カルロを見ていた。きっと彼も不安なんだろう。そう思った。
その時、爆音が響いた。砦が揺れる。パラパラと土埃が降ってきた。
カルロの顔が青くなった。音がしたのは、戦場。離れた砦でもこれだけ揺れたのだから、戦場では……。
慌てて廊下へと出ると、そこには多くの修理士たちがいた。皆が顔を見合わせて……一斉に行動を始めた。
もしかしたら敵の兵器なのかもしれない。けれども、カルロにはあの軍師がやった、という確信があった。
「クソッタレが」
そう毒づきながら、カルロは道具をかき集め、すぐに修理場へと向かった。
多くの修理士たちが、いつでも治療できるよう、準備を始めていた。カルロもそれにならう。オイルや部品、工具を分かりやすく、かつ、すぐに手に取れる場所へ置いた。
準備が終わり、しばらく待った。けれども鐘の音は聞こえない。
まだか、まだ……。そうじれったく、修理士たちが思ってる中、弟子が駆け込んできた。蒼白な顔で。
「ぐ、軍師と、数人のみの、帰還です!」
その場が凍りついたのは、言うまでもなかった。
数人。たった数人。出撃した時は何百人といたのに。カルロは呆然と立ち尽くしていた。
誰かが訊いた。
「生き残ったのは?」
弟子が震えながら、何人かの名前を言う。その中にアインの名前はなかった。
「で、ですけど、どうやら動ける者だけを連れてきたようで、動けない怪我人は、まだ戦場で生き残ってる可能性が……」
その言葉で、多くの修理士が動き始めた。置いたものを全部かき集め、そして数人にこの場を任せ、多くは修理場を去った。
急がなければ。敵に蹂躙されるかもしれない。壊されて、潰されて……。そう思うだけで胸が張り裂けそうだった。
「師匠!」
弟子が呼んだ。カルロは振り返らない。
「皆さんで、ご帰還してください!」
カルロは片手をあげて、それに応えた。
砦はすんなりと出れた。何せ、砦にいる兵士は、みんな戦闘人形。彼らも仲間を助けたかったから。
馬はないため、砦から戦場までを、ひたすら走った。走って走って、部品が落ちたら拾って、一直線に戦場を目指した。
普段なら一時間かかる距離を、火事場の馬鹿力というやつか、三十分で走りきった。
そしてカルロたちの目の前に現れたのは、かろうじてかつて戦闘人形だったと分かる、部品たち。
カルロは走り、部品の山を切り崩していった。もしかしたら、生き残りがいるかもしれない。そんな一縷の望みを託して。
「アイン、アイン……」
まるでうわ言のように呟きながら探した。アインを。アインはカルロの患者だから。大切だから。ただ、それだけ……?
ふと、見覚えのある腕を見つけた。つい先日、修理したばかりの腕。カルロはその周辺を掘り起こした。いた。
「アイン……!」
「……カルロ?」
アインは驚いたようにカルロを見つめていた。もしかしたら、諦めていたのかもしれない。もう一度会うことを。
「ああ、そうだ、今治すからな……」
「ううん、いいよ、カルロ。もう、いいの」
それはその場に似つかわしくない、とても穏やかな声だった。
カルロは胸をつかれたかのように、アインを見た。
アインは、とても嬉しそうだった。
「私ね、もう、疲れたんだ。もういいの、直さなくて。あのね、あのね、カルロ。私、カルロのこと好きだよ? だから、会えただけで充分なの」
「だけど、アイン、俺は……」
「カルロ、カルロ、お願い、もう休ませて。カルロに直してもらえるから、私、頑張ったの。頑張って、傷ついたの。カルロに直して欲しいから。だけどね、もういいんだ。もう、私は、カルロに無理して欲しくないの」
そう言って、アインは微笑んだ。嬉しそうに、そして悲しそうに。
「カルロ、ありがとう。私を眠らせて。大好き、カルロ」
カルロはただ無言で、アインの歯車を止めた。……カチリ。それっきり。
「俺もだよ、馬鹿……」
その言葉は涙と一緒に、ぽたり、と動かなくなったアインの体に染み込んだ。
コチコチと世界は回り続ける。
壊れた歯車は、交換して、おしまい。