イースター島の土産物売りの10歳の少年、イスラのお話し。あなたもイスラのお友だちになって下さい
操作方法の不慣れさから、二作目が投稿されていませんでした。
一作目から繋がる連載なのですが、タイトル自体を変えるスタイルのため、システム上連載に出来ない様です。
新規に投稿させて頂きます。
第一章 闇
ドアを開けた途端、蛇口をひねった様に勢いよく家の中に吹き込む風と雨。
車から家までのわずか二十秒でズブ濡れになったロドリゲスにカルメンが駆け寄った。
「マリーアはどうだ」
「朝よりも熱が上がってしまって、ずっと高いままなの」
「お医者様は?」
「先生は学会で本土に行ってるらしいの。衛生局にも電話で相談したんだけど、この風ではヘリコプターは飛ばせないって。マリーアにもしものことがあったら、どうしましょう」
夫を見上げるカルメンの頬を涙が伝う。
猛烈で大型なサイクロンが島にゆっくりと近づいていた。大型で足が遅い。
窓が気圧と風の両方の影響で大きく撓み、揺れてガタガタと音を立てている。
「熱は何度?」
「さっき計ったら41.8℃よ」
小さな赤ん坊は体中を濡れタオルで冷やされながら、泣く力も無く、小刻みに体を震わせて、浅く速く呼吸を繰り返していた。
「カルメン。落ち着いて。ボクは島のホテルに医者が宿泊していないか、フロントの友人に確認して来るよ。エレーナを見ててくれ。頼む」
ドアを開けた途端に吹き込む、誰かの怒りのような風雨。
ロドリゲスは再び暴風雨の中に出て行った。
予定日よりだいぶ早い破水
夫のいない分娩
生まれてきた、自分で呼吸すらできなかった命
保育器の中で動くクローバーの様な小さな手
保育器に向かって毎日祈り、話しかけた一ヶ月
やっと添い寝出来た我が子の寝息
カルメンにとってマリーアは本当にかけがえのない娘だった。
大きな黒い瞳を持ったこの娘をなんとしても助けたい。
カルメンは何度もタオルを変えながら、何度も神に祈った。
ニ日後。
島のあちこちに傷跡を残して、サイクロンは去っていった。
サイクロンは、同時にマリーアの高熱と声を奪っていった。
第二章 雨
ボクはイスラ。10歳。イスラは「島」って意味。この名前が結構気に入ってる。
今日は雨。
家を出て空を見上げると、細かい雨が降り注いでいる。ちょっと悩んだけど、傘を止めてポンチョだけにした。
ポンチョは水を通さない。今日の雨ならポンチョで十分だ。
いつもの様に市場に向かう。
雨が降ると島はあちこちに水たまりができる。ボクらはバシャバシャと水たまりに入って遊ぶ。雨は楽しい。
でもお客さんは少ない。すぐ帰ってしまう。
雨の日は楽しいけどお金にならないんだ。
市場に着くとマリーアはもう来ていた。
「マリーア、お早う! 今日は雨だね」
いつもの様にニコニコとうなづくマリーア。
いつも笑っている大きな黒い目。
肩まであるふんわりとした黒い髪。
マリーアはみんなの人気者だ。
イスラはいつものように、みんなに挨拶すると、板の上に布に包まれた木彫りのモアイ像を広げた。彼の両親が彫ったものだ。イスラはこの島、イースター島の土産物売りだ。
マリーアは口がきけない。
小さい頃にかかった病気のせいだ。
みんなはかわいいマリーアのためにいい場所を譲ってあげる。だからマリーアの品物はよく売れる。
みんなマリーアの品物が売れることが嬉しいんだ。
商品を並び終えて、マリーアと一緒にお客さんが来るまでひと休みだ。
市場には一応屋根がある。薄っぺらい金属の屋根だ。
屋根は雨に叩かれてパラパラと小さい音を立てている。
どこか遠くでカエルの鳴き声。
湿った雨の匂い。
お! 目の前をデッカいカエルがワシワシと歩いていく!
マリーアと目を見合わせて笑った。
デッカいからジャンプできないのかな?
ノッシノッシと物かげに隠れて見えなくなった。
ボクらはそのまましばらく雨の日を楽しんだ。
市場が開く時間になっても雨は止まない。相変わらずシトシトと降っている。
遠くにカエルの鳴き声。雨が叩く金属の屋根の音。
屋根からしたたる雫が空き缶に当たって音を立てる。
なんだか雨の日は、音がするのに余計に静かな感じがする。
第三章 狂騒
マルコじいさんの話だと、今日島に来るのは「Chino チーノ 中国人」らしい。
チーノは苦手だ。うるさくてすぐ値切る。値切るだけで、なかなか買わないんだ。
嫌いでも、商売は商売。頑張らなきゃ!
駐車場に大きなバスが着いた。
40人ほどのチーノの集団が傘を手に歩いてくる。
「皆さん! ここで1時間ほど休憩あるよ。お土産を買う人、何か飲む人、食べる人、大丈夫。この市場は安全。安心していいね」
40人のチーノはバスを降りた瞬間からとても賑やかだ。特にチーノは大きな声で怒鳴るように話すから、うるさいくらい賑やかだ。
さあ、最初のお客さんだ。
「子ども! その人形いくら?ただの木ね。その半額にするね?」
「(来た、来た)おじさん、半額はちょっと無理です~(参ったなぁ。チーノはいつもコレだよ)」
「ほら、この木の人形、ココ欠けてるよ!だからタダにするね?」
「いやいや、おばさん、それが良いんです。手作りだからみんな違うんだよ。(チーノって、みんなおかしいよ?)」
チーノのガイドさんも大忙しだ。あっちからもこっちからもずっと大声で呼ばれっぱなしだ。グルグル走り回ってる。
「高い、高い! ただのTシャツよ。半額になるね?」
「いやいや、お客さん、ウチの息子が作ってるんだよ。他には無いデザインさ。半額にはならないよ。全く話のわからん人たちだな…」
あまり大きな声出さないフリーオさんだけど、今日はちょっと頭にきてるみたい。
「このジュース、高いね~! コーラの方が安いあるよ」
「当たり前だよ! パイナップルの方が栄養もあるし、身体に良い。その上美味しいんだから。あんたらチーノはそんな事も分からないのかい!コーラがいいならコーラ買って飲みな!」
カルメンおばさん、怒っちゃった。
まあ、でもわかるな。
みんなちょっと困ってるもんな。
結局チーノもみんな最後はお土産買うんだから、もっと気持ち良く買ってくれたらオマケだって気持ち良くしてあげられるかも知れないのに。可哀想な人たちだな~。
チーノはあっちでもこっちでも散々揉めて、それでも多くのお土産を買って帰っていった。
雨は降り続いている。
カエルの鳴き声と雨が叩く金属の屋根の音が戻ってきた。
みんなドッと疲れた。
セバスチャンさんがみんなに向けて大げさに肩をすくめて苦笑いしてみせた。
少しみんなの顔がやわらかくなった。
はぁぁ。思わず深いため息が出た。きっと全員が同じ様にため息をついたに違いない。
やっぱりチーノは苦手だ。
第四章 純心
みんなが疲れ切ってる所に、今日も弟シェロと妹マールがやって来た。
シェロは5歳。マールはまだ3歳。
ボクの家族はとても仲がいいんだ。
「イスラにいちゃん。雨だね。お客さんいないね」
「イスラちいちゃん! おぺんと!」
いつもの様に二人でお弁当を持ってきてくれた。今日は赤と黄白のカッパを着ている。
「シェロ、マール。濡れなかったかい?いつもありがとうね。まずはちゃんとみんなに挨拶しておいで」
二人はみんなに挨拶を始めた。
仲良く手をつないで、順々にみんなの前でペコリと頭を下げる二人。
「おぉ、シェロとマールか。よう来た、よう来た。いやぁ、チーノの後だけに一段と癒されるわい。はっはっはっ。」
「オーラ!今日も雨の中偉いのぉ。大したもんじゃ」
みんなのトゲトゲした心に二人はじんわりと癒されているみたいだ。良かった。
「今日はホントに二人に救われたわよ。後でおいしいものあげるからね!」
カルメンおばさんも、やっと怒りがおさまった様だ。
今日は、二人が大活躍だ。
さーて、じゃ、いつもの様にマリーアも呼んできて一緒に食事だ。
カルメンおばさんがトルティージャを持ってきてくれた。スペイン風のオムレツだ。
「はーい。さっきのお礼よ。ホントに和んだわ。私のトルティージャ食べてね。ちょっとおいしいわよ!」
カルメンおばさんは満面の笑みでボクらにウインクすると、温め直したトルティージャを差し入れてくれた。
厚みがあってホカホカでとても美味しそうだ。
おばさんいつもありがとう!
弟たちが持って来てくれた包みから中身を取り出す。
パンが一つ。そして母さんの作るペブレ、トマトと玉ねぎの辛いソース。
この2つがないとボクらのランチは始まらない。
パンを四つに切り分けて、マリーアも一緒に四人でランチの時間だ。
ランチを食べる間も雨は振り続いている。
小さな雨粒が市場の薄い屋根を叩く。
どこかで雨垂れが空き缶に落ちている音がする。
クァン
トゥワン
クァン
トゥワン
3歳のマールがこの音をつかまえた。
楽しそうにリズムにあわせて右に左に首を動かしてる。
小さい子はみんな一人遊びが上手い。
小さなことをスグに見つけて、それを楽しむ。
特に小さい子ほど上手。スゴいな。
マールはまだ楽しそうに首を振っている。
雨の音とともに、ボクたちはランチを楽しんだ。
おばさんの作ったトルティージャも美味しかったし、セバスチャンさんのくれたアンテイクーチョも、いつもの通りとても美味しかった。
雨の市場を二人で遊んでから、弟たちは家に帰った。
マルコじいさんとセバスチャンさんは昨日の夜のサッカーの話をしている。お気に入りのチームが勝ったのだ。
のんびりした午後だ。
マールが楽しんでいた空き缶の音はまだ撮り続けている。
カエルも元気に鳴いている。
静かだ。いいな。
やっぱり今日の午後は、お客さんが少ないみたいだ。
ボクらは相談して早めに店を閉めることにした。
みんなに挨拶をして、準備をしてボクはマリーアと一緒に帰った。
第五章 喧嘩
町に近付いた所で、学校を終えた同級生に出会った。しかも学校で一番嫌な奴、ホセだ。
ボクは少しだけマリーアの前に出る。
マリーアを守らなくちゃ。
「おい、お前ら見ろよ。学校にも来れない貧乏人のご登場だぜ」
「女の方は貧乏な上に口もきけないと来た。全くお似合いの二人だぜ」
相手にしない方がいいんだ。
相手にしない。
相手にしない。
自分に言い聞かせる。
「近づくなよ。貧乏がうつるぜ!」
「おいイスラ。もうマリーアとやったのかよ。気を付けろよ。産まれる子ども口がきけないかもしれないぜ。あ、ははは」
カッとなった。思わずボクの体が動きそうになったとき、マリーアがボクの腕を強く引っ張った。
そのまま背を向けて反対方向にボクの腕を強く引っ張って歩こうとする。そして一度ボクの顔を見て、にっこりと笑った。
ボクはハッとした。
ここでボクが喧嘩をしても、何も良いことはない。ただマリーアが危なくなるだけだ。
行こう。離れよう。
ボクはマリーアの手を取って、ホセたちに背を向けて歩き始めた。
ホセたちのからかう声が背中を追いかける。
ボクたちは暫く黙って足早に歩き続けた。
しばらく黙って歩いた後で、マリーアが止まった。ボクに向き直り、ニッコリと笑って『あ り が と』と言った。ボクにはその声が聞こえたような気がした。
「ボクこそありがとう。マリーアが止めてくれなかったら、喧嘩になってたかもしれない。喧嘩しても何にもならないし、マリーアを危ない目に合わせてたかも知れなかったし。止めてくれてホントによかった。ありがとう」
マリーアはニッコリと笑うと早く家に行こうとばかりに、ボクの背中に回りこみ、両手でボクを押した。
「時間も早いし、たまにはおじさんに挨拶してこうかな。いい?」
マリーアの家は、お父さんとマリーアの二人暮らしだ。お母さんはマリーアが小さいときに亡くなった。
まだ小さかったから良く覚えてないけど、キレイで優しいおばさんだった。
ようやく雨が止んできた。
第六章 光
あちこちに水たまりが出来た土の道を歩きながら、ボクらは家に着いた。
古い家だ。元は黄色い壁だろうが、だいぶ長い間塗り直してない感じだ。
「おじさん、こんにちは。お久しぶりです」
おじさんは部屋の隅のソファに座っていた。
「やあ、イソラ。久しぶりだね。いつもマリーアの面倒を見てくれて有難うね。感謝してるよ」
マリーアのおじさんは昔から穏やかな人だ。大きな声を出したりするのを聞いたことが無い。
「おじさん、仕事無くなっちゃったんでしょ」
マリーアのお父さんは先月から家にいる。
空港でレンタカーの事務所で洗車や整備をしていたが、クビになっちゃったらしい。
だから今は、政府からもらえるお金と、マリーアの売り上げで暮らしている。
「そうなんだ。困ったよ。だからマリーアに市場で稼いでもらってるんだ。とても申し訳ないと思っているよ」
ボクと一緒で、マリーアも今はあまり学校に行けていない。それでもマリーアはいつもニコニコ笑ってる。
「早く仕事見つかるといいですね」
「ああ。ありがとう、イスラ」
「そうだ、マリーア。マリーアの絵、見せてよ!たくさんあるんだろ?」
マリーアは嬉しそうに頷く。
ドアの向こうのマリーアの小さな部屋は、絵の森だった。一面にたくさんの絵が貼られていた。
「マリーア、こんなに沢山あるんだね!知らなかったよ。スゴイなあ」
ボクは壁に近づいて絵を見せてもらった。
マリーアの絵はどの絵もふんわりとしていた。
どの人も穏やかな遠い目。どこか暖かい。優しくなれる絵だ。
どの絵にも優しさと温もりがあった。
暗く広い夜空に男の人と女の人と馬と星がフンワリと流れて飛んでいる絵。
海の中をお父さんと男の子と猫が手を繋いで飛んでいる絵。
宇宙に浮かぶ紙いっぱいの大きな裸のお母さんとその上に丸くなる男の子、女の子、犬、猫、馬。
背の高い草がたくさん生える草原の上を、男の人と女の人と犬が速いスピードで飛んで行く絵
どの絵にも自然と人と動物が優しい色でフンワリと描かれている。
「マリーア、スゴイよ! こんなステキな絵が描ける子どもなんて、イヤ、大人だって、そんなに多くないと思うよ。ホントにスゴイよ。マリーアのこと、尊敬するよ! 見せてくれて有難う!」
マリーアは恥ずかしそうにモジモジと笑った。
「そうだ! いいこと思いついた! 今度さ、シンゴにお願いして、インターネットでマリーアの絵をみんなに見てもらおうよ!世界中の人にマリーアの絵を観てもらうんだ!そうだよ。なんていいアイデアなんだ!決まり!ワクワクしてきたよ!」
マリーアは少しビックリしたみたいだったけど、ニコニコとうなづいてくれた。
そして「あ り が と」と口を動かした。
そのあと、ボクはマリーアとおじさんにサヨナラを言って家を出た。
マリーアはニコニコと手を振って見送ってくれた。
マリーアの絵がとても素敵だったこと。
もしかしたらその絵を世界中のたくさんの人に見せることが出来るかもしれないこと。
ボクはとてもうれしくなって、飛ぶように走って帰った。
その晩、やっと寝入った弟妹たちを見ながら、イスラは考えた。
テレビを見るみたいに、世界中の人たちがマリーアの絵を見られたら、どんなに素晴らしいだろう。
インターネットってそんなにスゴイのかな。シンゴにちゃんとお願いしないと。次はシンゴ、いつ来るかな?、、、、
いつの間にかイスラも静かに寝息を立て始めた。
雨上がりの夜空。まだ雲は多い。
屋根のはるか上空では、雲の合間からたまに月が顔をのぞかせ始めた。
時折り蛙の鳴き声が聞こえる。
雲間から漏れ落ちる月明かりが、イスラの小さな家を照らしていた。
本作品はフィクションであり、小説として脚色されています。
正確な事実を描いたものではありません。
皆様にその虚構をお楽しみ頂ければ幸いです
長く時間が空いてしまいました。
お楽しみ頂けましたでしょうか。
また他の作品でもお目にかかれたら嬉しいです。