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Q:誰が勇者を殺したか?  作者: お花畑
第一章:勇者と盗賊
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決戦、デスプリーステス(下)

 アルメリアの遙か東方、海を越えたその先には年がら年中、内戦を繰り広げている島国があるという。

 戦いに生きて、戦いに死ぬことを美徳とする彼らは長い年月をかけて戦闘技術を研ぎ澄まし、また外部との接触を好まなかったことも相まって独自の剣術を発展させた。

 その民族、その剣術の使用者、また彼らが住まう島国を総称してモノノフと呼ぶ。


「……モノノフ。極東の戦闘狂い、か」

「……」


 忌々しそうに吐き捨てるデスプリーステス。

 だが、アヤメとやらは一切の返事を口にしない。


 モノノフは口数が少ないとよく言われるが、その評判に恥じぬ無口っぷりである。

 アヤメは一言も発することなく、にじり寄るように一歩一歩距離を詰めていく。

 まだ抜刀はしていない。


 その重圧に堪えかねたのか、デスプリーステスは魔方陣を解放した。

 上方から巨大な闇が容赦なくアヤメに迫る。

 対するアヤメに術式を唱える様子はなく、このままでは漆黒の炎に飲み込まれてしまうかに思えた──が、



「そうは問屋が卸さんて」


 アランの聖術が光で闇を相殺し、


「悪いけど、手段とか選ぶつもりないからさ」


 ラベンダーの魔術が逃げ道を牽制する。



「……小癪な真似を」



 そう言って舌打ちするデスプリーステスだったが、腹を決めたのか魔術でメイスを錬成した。



「──知っているわよ、アヤメ・カザギリ。国を捨てアルメリアに下ったモノノフの裏切り者」

「……」

「いいわ、相手してあげる。物理戦はあまり得意ではないけれど、人間相手のハンデとしてはちょうどいい」



 デスプリーステスは機先を制し、未だ刀を抜かないアヤメにメイスを振りかぶった。

 だがしかし。



「……!?」



 実力の差は圧倒的だった。

 デスプリーステスが振り下ろすその刹那、アヤメはそれを抜刀術で跳ね返し、おまけにメイスを両断して見せたのである。


 けれどもデスプリーステスに驚く暇はない。

 目にも止まらぬ勢いで飛んできた袈裟斬りを、何とかすんでの所でどうにか躱した。


 さすがになり振り構ってられないと察したらしい。

 デスプリーステスは胸元から魔道書を取り出すと、そこに記した魔方陣を一挙に解き放った。


「……今のは小手調べよ。そろそろ本気で行くわ」


 膨大な数の魔方陣が召喚したのは途方もない武器の数々だ。

 メイスはもちろん、剣、矢、ハンマーなど種類を問わない。

 これも黒魔法の一種なのだが、具現化した武器には聖術特効が効かないという特性を持つ。


「よもやそんな魔方陣まで用意しておるとは」


 その危険性にいち早く気付いたアランが対抗呪文を詠唱する。

 だが、


「遅い!」


 百とも千とも知れぬ大量の武器が渾然一体となってアヤメに降り注ぐ。

 轟音をがなり立てながら一直線に落ちていくその様はさながら滝のようである。

 ワンテンポ遅れてアランの対抗呪文が届くが、結果は焼け石に水。

 わずかな武器を吹き飛ばすに終わってしまう。


 だいたい十秒くらいだったろうか。

 一帯を荒らし、喰らい尽くすと武器の洪水はやがて引いていく。

 立ちこめていた砂塵の霧が薄くなり、だんだん視界がクリアになっていき、そして──、


「……!!」


 その場に佇んでいたのは一人のモノノフだった。

 驚くべきことに彼女は汗の一筋さえ流しておらず、何事もなかったかのようにケロリとしている。


 アヤメは刀で瓦礫を払うと、悠然と上段の構えを取った。

 剣先が狙うのはもちろんデスプリーステスである。


 結局のところ、術者はどこまでいっても術者であり、剣術の真価を見極めることは難しい。

 同じパーティメンバーのアランでさえ見誤っていたのだから、初見とあらば尚更だ。


 デスプリーステスもこれはさすがに堪えるものがあったらしい。

 彼女はしばしの絶句すると、何かを探るように辺りを見渡し始めた。

 先ほどまでの強気な態度はどこへやら、顔に浮かぶ狼狽を隠す余裕すらないらしい。


 そして、その不審な挙動にいち早く気付いたアイリスが声高らかに指摘する。


「逃げる気だよ!」


 それを受けたアヤメが地面を蹴って、デスプリーステスとの距離を貪った。

 けれども、彼女の刃が届くより早く黒い霧が辺りを覆い尽くす。

 いかにモノノフが物理戦に秀でていようが、いや、物理戦に特化しているからこそ術式を破る手段を持たない。


「させんわ! 世界をつまびらかにせよ、破邪の聖光(フラッシュアウト)


 アランが瞬時に対抗呪文をねじ込んだ。

 またしても光が闇を覆って濃霧を払う。

 この間わずが数秒だったが、デスプリーステスは早くも床に大魔方陣を完成させていた。

 ()()、の魔方陣である。


 リキャストタイム中のアランに代わってラベンダーが追撃魔法を唱えるが、やはり黒魔法では容易くかき消されてしまう。

 同時にアヤメも跳躍したが、わずかに間に合わない。


「……この雪辱、次は必ず晴らしてやるわ」


 捨て台詞と共に魔方陣を起動させるデスプリーステス。

 

 このとき勇者一行の誰もが「失敗」の二文字を連想した──が、しかし次の瞬間、想像だにしなかったことが起きた。

 それもそのはずで攻防に気を取られるあまり誰もが()の存在について失念していたし、実のところ最初から戦力として数えていなかったからだ。

 だから誰一人として彼がこの難敵にトドメを刺すという光景を瞬時に理解出来る者はいなかった。


「……やるじゃないか」


 その事件から数秒遅れてアイリスが言う。


 想定外の事態に勇者一行も驚いたが、それ以上の衝撃を受けたのはデスプリーステス自身だった。

 というのも彼女は主体であるがゆえに何が起こっているのか客観視することができなかったし、何よりその事実を認めることが出来なかったからである。

 魔王の側近として高いプライドを持つ彼女からすれば、ノーマークだった男に背後を取られ、いきなり短剣で心臓を穿たれた、などあってはならない話だったのだ。



「……あ、貴方は……一体……?」



 脳内を恥辱と衝撃で、肺を血液で満たされて、今にも意識を失いそうなデスプリーステスだったが、何とかかろうじて声を絞り出す。

 吐血と共に投げかけられたその質問に、男は無表情かつ無感動にこう答えた。



「イルヴェド・ロクスリー。盗賊だ」



 最初は訳が分からない、という顔を見せたデスプリーステスだったが、イルヴェドを見つめるうち、やがて納得したように表情を変化させる。


「盗賊……イルヴェド……そういう、ことか……」


 とだけ呟き──事切れた。


 短剣が地面を穿つ音がして、続いて身体の倒れる物音がした。

 それきり音は消失し、静寂が辺りを支配する。


 立ち尽くすイルヴェドは喜びとも悲しみともつかぬ複雑な表情で、手下の仇の亡骸をいつまでも、ただいつまでも目に焼き付けていた。 

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