決戦、デスプリーステス(上)
「──さあ、観念できたかしら? 勇者のオマケ共」
不敵に微笑むデスプリーステス。
その挑発をもって決戦の火蓋は切って落とされた。
突如として上空に発生した一つの雷雲。そこより生まれし二本の稲妻が彼女を強襲した。
しかしさしもの上級悪魔。
手の甲にプリセットしてあった魔方陣から防御障壁を発動させると、易々それを相殺する。
他方のラベンダーも攻勢の手を緩めない。
いつの間に用意していたのか、三つの魔方陣を解き放ち、炎・氷・雷の三属性魔法を同時に発動させる。
「混じりて爆ぜし、三本の矢。貫け、三色一閃」
三つの魔法が回転しながら絡み合い、唸りを立てて空を切る。
三本の矢は進むごとに速度を上げ、標的に向かって一直線に伸びてゆく。
さすがに防御障壁では防ぎきれないと悟ったのか、デスプリーステスは対抗呪文を口ずさんだ。
「夜よ、闇よ、冥界よ。すべてを覆え、色なき世界」
すると三色一閃は光を失い、色を失い、そのまま空中に雲散霧消してしまう。
必殺の一撃を打ち消され、ラベンダーは渋面を浮かべた。
「……あー、これめっちゃ相性悪いやつじゃん。闇属性とか三色使いの天敵なんだけど」
それを聞いたデスプリーステスの口元に残酷な笑顔が戻る。
「魔導師、ラベンダー・キャスロット。アルメリア魔導御三家が一つ、キャスロット家の次代当主。何でも十年に一人の天才だとか」
「……それがどうしたってのさ」
「人間の程度が知れるって話よ。貴方みたいな低レベルが人間界では天才扱いされるんだから」
「はいはい、人間で悪かったですねー、っと」
「まあ比べるのも酷って話よね。人の用いる魔術など所詮は我ら魔族が使うそれの劣化コピー。本物には太刀打ちできないのが現実よ」
「ならば、聖属性ならどうじゃ?」
──と、デスプリーステスの背後から一筋の光が迫った。
「……!?」
デスプリーステスは咄嗟に身を伏せると、間一髪で直撃を避けた。
しかしその影響で服がほつれ、フードの下に隠されていた素顔がつまびらかになる。
彼女は必死でそれを隠そうと手で顔を覆うも既に時遅しであった。
そこにいる全員がハッキリとそれを脳裏に焼き付けたからだ。
両目の失われたグロテスクな素顔を。
「……いと醜きことよ。まこと悪魔に相応しい容姿よの」
そう言い放ったのは杖を掲げて佇立する一人の白髪の老人。
入間イルヴェドと喧嘩していたときとはまるで別人のようであるが、この人物こそは、
「……賢者、アラン・ローゼンハイム」
その呼びかけにアランは人を食ったような口調で応じる。
「光栄じゃな、魔王の側近にまでこの名が知られているとは」
「……思い上がりも甚だしいわ、勇者のオマケ風情が」
「それはお互い様じゃろて。のう、魔王のオマケよ」
今の発言はもれなくデスプリーステスの怒りを買った。
直後、おびただしい量の黒魔法がアランを包み込む。
しかし、それが届くより先にアランは対抗呪文をねじ込んだ。
「天より射したる浄化の一筋。清めよ、輝く聖光」
詠唱と同時に滂沱の光が室内を満たした。
デスプリーステスの黒魔法たちはその光に飲まれ、包まれ、消えて散る。
その絶大な効力に沸き上がる一同だったが、しかし当のアランの顔は晴れなかった。
「……そういうことか、上級悪魔よ。お主、自分で目を潰したな」
デスプリーステスは黙秘し、ラベンダーが疑問を呈した。
「ラン爺、そいつはどういう意味なのさ?」
「聖術というのはその大半が光を原料として構築される。ゆえに視力を持たぬ者には本来の効果を発揮できぬということじゃ」
「つまり……どゆこと?」
「視力が健在であるならば、本来弱点である聖属性のそれも上級聖術を目の当たりにしながら魔族がピンピンしていられるはずがないということじゃ。いくら上級悪魔じゃろうが、少なくとも立ち眩みくらいは催すはず。さっきアイリスが聖剣を抜いたときも、あまりに効き目が薄すぎると思っとったがさすがにこれは予想しておらなんだ」
「あー、なるほどね。弱点を消すために自分で目を潰した、と──って、普通そこまでやる?」
「魔族でもここまでやる奴はそうそうおらなんだ。こやつは筋金入りの気狂いじゃよ」
「待って待って。聖術でダメージ通らないってことはさ、アラン爺も打つ手なくない?」
「……マナの続く限り攻撃を防ぐことはできるが、決め手を欠くのは否めんのう。まこと業腹なことじゃがな」
その言葉に口元を緩めるデスプリーステス。
しかしそこでずっと事の推移を見守っていたアイリスが突然「まだだよ」と割り込んだ。
「──まだこちらには切り札が残っている。ねえ、アヤメ。少し力を貸してもらってもいいかな」
──と、アイリスの呼びかけに応じて物陰から一人の少女が現れる。
アヤメと呼ばれた彼女は鋭い眼差しで値踏みするように敵を睨み付けると、無言で一歩前へ出た。
既に名前の響きからしてこの辺の出身でないのは分かるのだが、黒い瞳と黒い髪、そして身に付けている騎士のものとは明らかに形状の異なる甲冑と片刃で大きく沿った特徴的な剣がある民族を強く想起させる。
ゆらゆらと迫るアヤメを見てデスプリーステスが忌々しそうに吐き捨てた。
「……モノノフ。極東の戦闘狂い、か」