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Q:誰が勇者を殺したか?  作者: お花畑
第一章:勇者と盗賊
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腐敗した地下街を抜けて

 イーストブルクの地下街には魔窟という言葉がよく似合う。

 というのは大げさでも何でもなく、実際に魔族が身を隠していることがままあるからだ。

 まともな人間はこんなところに来ないから、セーフハウスとして使うのに便利らしい。


 さもありなん。

 まともな光源すらなく、犬も歩けばネズミに当たり、道ばたには浮浪者とも死体ともつかない前衛的すぎるオブジェクトが配置されているようなトンデモ空間を捜索しようなどと考えるのはアイリス達を除けば余程の物好きか、腹を空かせた野良猫くらいのものだろう。


 この街の住民ですら敬遠する忌み地であり、イーストブルクをゴミの掃きだめたらしめている最大要因。それこそがこの地下街なのである。



「うげげげげ。多少の覚悟はしていたけど、ちょっとヒドすぎない? 鼻がひん曲がりそうですよ」


 と愚痴るのは三角帽を被った魔導師風の女、ラベンダーだ。

 その指摘はごもっともで、確かに尋常じゃない香りが立ちこめている。


 更に数歩進んだところで彼女は人間の死体を踏みつけてしまったらしい。

「ひぃ!」と声を上げると、気持ち悪そうに口元を押さえた。


「──ねえねえ、ヴェドっち。あとどれくらいでつくのさ。そろそろ限界なんだけど」


 想定外の台詞と新語の登場にイルヴェドは少し当惑した。


「……ヴェドっちって、もしかして俺のことか?」

「他に誰がいんのさ」

「また急に距離を縮めてきたな」

「コミュニケーションする必要が出てきたからね。だからといって堅苦しいのはめんどくさいし」


 先ほどから何となく感じてはいたが、この魔導師様は非常にマイペースな御人のようだ。


「──ああ、あたしのことは普通にラベンダーでいいよ。変なあだ名とかつけられても困るから」

「どの口がそれ言う」


 小言を呟くイルヴェドだったが、しかしラベンダーは右の耳から左に耳だ。


「それよりあと何分でつくのか教えてよ。もう最高潮に帰りたいんだけど」

「復讐者の小太刀は方向を示すだけで正確な距離までは分からん。だが、地下街の広さからしてそんなに長くはかからんだろう」

「もっと具体的に教えてよ。あと何分? 何秒? 何刹那?」

「かかってもあと三十分以内」

「早ければ?」


 その質問にイルヴェドは鉄扉を開けながら答える。


「──今この瞬間さ」


 と冗談半分で口にしたものの、よもや直後にフラグが回収されるとは言った当人にとっても想定外だった。



 その圧倒的なオーラに正気を奪われ、咄嗟の反応ができないイルヴェド。

 しかし、対するアイリスたちはさすがと言うべきか、瞬時に臨戦態勢に入る。



 扉の向こう。

 蝋燭の明かりが照らすのはローブのフードを深々と被った一人の女性──否、それと見まがうくらい人に近い造形をした一匹の雌。

 ただならぬ殺気と膨大な魔力を身にまといながらも、どことなく官能的な香り漂わせる上級魔族。

 死を誘う女司祭(デスプリーステス)がそこにいた。



「……遅かったじゃない、勇者とそのオマケたちよ」



 挑発するように、余裕たっぷりに発せられた第一声。

 その声色は背筋が凍り付くほど冷徹で、ぞっとするほど艶めかしい。


「まるで待っていたかのような言い方だね」


 相対するアイリスの雰囲気は対照的だ。

 悪女のように色香を振りまくデスプリーステスとは異なり、清廉にして高潔。

 敢然と立ち向かうその表情は正義感で満ちあふれ、義憤に燃える瞳の奥には一切の混じりけが無い。

 さながら昔話や叙事詩に登場する主人公のようである。


「我ら魔族に仇を為す悪の芽は早めに摘み取るに越したことはないからねえ」

「それなら今ここで決着をつけよう。こちらとしてもお前のような巨悪を放っておくわけにはいかない」


 しかし、デスプリーステスはその宣戦を一笑に付した。


「決着? 勘弁してよね。私は勝てない勝負をするつもりはないわ」

「どういう意味だい?」

「まだとぼけるつもり? 勇者の聖痕を持つ者を傷つけられるのは魔王様のみ。世界の常識よ」

「……知ってたのか。でもだからといって見逃すつもりはないよ」


 言いながらアイリスは抜刀した。

 聖剣:太陽が照らす希望の剣(ヘリオトロープ)

 鍛冶の神が太陽の石を材料に生み出したと言われる付呪遺物(アーキファクト)は神話で耳にした通りの──いや、それ以上の輝きを放ち、あまりの眩しさ神々しさにイルヴェドは直視することができない。


「あら、確かにとんでもない業物ね。あー怖い。触れただけで蒸発させられそう」

「観念しろ、デスプリーステス!」


 これだけ圧倒的な聖の力を見せられては、いくら魔族の幹部であろうと舌打ちくらいはしてもいいはずだ。

 が、



「必殺の聖剣を携え、魔王様に肉薄する膨大な量のマナを持つ。精神力も大したもので、さっきからまったく脈拍が乱れない。なるほど、確かに勇者の名に恥じぬ傑物だわ」


 予想外にも泰然と受け止め、それどころかアイリスを絶賛さえするデスプリーステス。

 褒め殺しといっていいレベルの持ち上げ具合だ。

 そして、その語調は不気味なくらいに落ち着き払っていた。

 

 相手の意図が掴めずに当惑するアイリス。

 困り果てた彼女は意見を求めるようにアランに視線を向けたところ──その隙を、自分から視線を離したその瞬間をデスプリーステスは見逃さなかった。



「──でも、まだ未熟ね」



 その言葉と共にアイリスの真上から鉄格子が降ってきたのである。

 一瞬の間隙を突いた謀略は見事なまでに成功し、アイリスは外部から隔離されてしまう。


「……こ、これは一体」

「ご覧の通りの金属の柵よ」


 そこでようやくアイリスは相手の意図を悟った。


「……!! まさか、狙いは僕ではなくて……」


 デスプリーステスは蠱惑的に微笑んだ。



「言ったはずよ。勝てない勝負をするつもりはない、と」



 相手の真意に気付いたアイリスはいきり立って聖剣を鉄格子に叩きつけた。

 しかし、虚しく鉄音を響かせるのみで、脱出できる気配はない。


「……無駄だから止めておきなさい。聖剣が斬れるのは魔族の血が流れる者と邪な魂を持つ人間だけ。当の勇者がそれを忘れるとは冷静じゃないわね」


 今度は炎魔法を唱えるアイリス。気付いたラベンダーも加勢して呪文を重ねる。

 しかし、それだけやっても柵はビクともしなかった。


「……オリハルコンか」

「正確には鉄にオリハルコンを混ぜたものね」


 オリハルコン──断魔性(魔法を通さない性質のこと)が非常に高いため、しばしば盾を始めとした防具に用いられる金属である。

 良質なものは断魔率が99%を越えるほどの効用を持つが、金や白金以上に稀少なので並の冒険者では手が出ない。

 無論、それは並の魔族も同様で、鉄格子の補強に使うなどおよそ酔狂のやることだ。


 ほとんど反則的なやり方とはいえ、一本取られたことに違いはなく、初っ端から最悪の事態に陥ったと言うしかない。


 アイリスは歯を食いしばり、怒りを露わに肩を震わせる。

 そんな勇者を尻目にデスプリーステスはその仲間たちに向かって妖しく微笑みかけた。



「さあ、準備はいいかしら? 勇者のオマケ共」 

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