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Q:誰が勇者を殺したか?  作者: お花畑
第一章:勇者と盗賊
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生き残った男

 連れてこられたのは宝石箱みたいな部屋だった。


 金、銀、プラチナ。ルビーにサファイヤ。

 室内は溢れんばかりの装飾品で彩られ、暴力的なまでの豪華さに目を回しそうになる。

 分かってはいたが、王族というのは生きている世界が違うと改めて思う。

 しかもこれがただの応接室だというのだから笑えない。

 王座は一体どうなっていることやら。


 そんな風に世の理不尽さに嘆きつつ、イルヴェド・ロクスリーはもてなされた高級ワインをちろちろと舐めていた。


 正直、こういうときのアルコールはあまり気が進まない。

 集中力が落ちるし、ついつい粗相を冒しやすくなる。


 とはいえ、王の酒だ。

 飲まないのも無礼だろうし、それが原因で初対面の印象を落とすのはなるべく避けたいところ。

 せめて雰囲気くらいは友好的に行きたい。


 これから報告するのはただでさえ気が滅入りそうなテーマなのだから。



「待たせたな、ロクスリー」



 扉が開いて、さっきの憲兵が顔を覗かせた。

 確か副隊長のゼッペルズと名乗っていたか。


「陛下がお呼びだ。王座に行くぞ」


 イルヴェドは顔をしかめた。


「国王がここに来るんじゃないのか?」

「身の程を弁えろ。たとえ貴様が勇者の仲間だとしてもその横柄な要求は陛下への不敬と受け取るぞ」

「誤解だ。そんなつもりはない」


 正直を言えばこの応接室の方が気が楽だった。

 王座には官僚やら近衛隊やらがうじゃうじゃいると聞く。

 何となく据わりが悪そうだ。


「では私についてくるがいい」


 言われるがまま廊下を進み、階段を上り、門をくぐる。

 それからまた階段を上って門をくぐり、イルヴェドは王座にたどり着いた。


 予想通り人が多い。

 王の警護という側面もあるだろうが、それ以上に皆聞きたくてたまらないのだろう。


 勇者の冒険とその結末を。



「面を上げよ、イルヴェド・ロクスリー」

「では失礼して」


 イルヴェドは命じられるがままに従った。

 頭を上げて、国王のご尊顔を拝見する。


 国王は概ね聞き及んでいた通りの容姿だった。

 目鼻立ちが整っており、眼差しには得も言えぬ力強さがある。

 若かった頃はさぞかし男前だったことだろう。

 実際にそれなりの色男だったらしく、流れた浮き名は一つや二つではない。


 国王とかいう最高の勝ち組な上に容姿まで良いとか、まったく、この世の中はどうかしている。


「それでロクスリーよ、余の酒の味はどうだった?」


 これは国王なりの配慮なのだろう。

 いきなり本題に入らずワンクッション入れることでイルヴェドの緊張を解こうとしている。

 少なくとも器は小さくないようだ。


「たぶん至高の美酒だったんだと思います」

「だと思う、とな」

「あいにく酒の味が分からぬ田舎者でして」


 すると国王は鼻を鳴らした。


「主は正直な男のようだ」

「滅相もない。単に育ちが悪いだけですよ」


 少し礼儀に欠く言い方だったのかもしれない。

 そのせいか官僚たちの視線に怒気のようなものが混じる。


 しかし、当の国王はさほど気にした風もなく、


「ではロクスリーよ。さっそくだが、一つ確認したいことがある」

「何なりと」


 イルヴェドが促すと、国王は核心に迫った。


「魔王はどうなった?」


 絶対来るだろうと覚悟していたものの、しかしいざ訊かれると返答に困る。


「──相打ちだったのか、それとも主らは敗北したのか。どんな結果だろうとそれで主を裁くことはない。だから包み隠さず正直なところを話すがいい」


 それでもしばし言葉を詰まらせるイルヴェドだったが、とはいえ結局のところ、こう言うしかなかった。


「……俺たちが魔王城に辿り着いたとき、そこは既に血の海だったんです」


 現下に国王は顔をしかめた。


「……血の海?」

「つまり、その……城のそこかしこに魔族の遺体が転がってて……おえっ、思い出しただけでも吐きそうだ」


 目を丸く見開く国王。


「魔族の遺体、だと? つまりあの魔物たちの討伐は主らの手柄ではないのか?」

「ええ。あれは最初からそうなっていたんです」

「ふむ。では魔族の仲間割れと見るべきかのう」

「……いえ、あれは魔族ではない外部の勢力によるものだったと思います」

「なにゆえそう思う?」

「死体ついた傷跡に爪や魔法の類はなく、そのすべてが剣や槍といった人間の武器だったからですよ」

「……なるほど」


 言うと国王は深々と葉巻を吸った。煙を吐き出すまでの間、束の間の沈黙が流れる。


「……分かった。魔王城は何者かの襲撃を受けて既に崩壊していたとしよう。だがしかし、勇者の一行は主を除く全員が魔王城でやられたと聞く。それもその襲撃者とやらの仕業であると?」


 イルヴェドは少しだけ考える。


「たぶんそうでしょうね。でも確証はないんです。かく言う俺自身がアイリスや他の仲間たちがやられたところを直接見ていないので」


 この発言に国王はもれなく眉をひそめる。


「見ていない? 主も勇者と一緒に魔王城に乗り込んだのだろう」

「確かに乗り込みはした。したんですが、俺は入り口で見張りを任されることになったんですよ。魔王城の様子がおかしいから、念のために残ってくれって」

 

 国王は表情を更に訝しげに渋らせる。


「なにゆえ主が選ばれた?」

「魔王城にかかるダークブリッジに門番のワイバーンが住み着いてるんですけど、そいつとの戦いで足をやられちまって」


 と言ってイルヴェドはズボンのすそをめくった。


「──見てください、ひでえケガでしょう。だからあいつが……アイリスが余計な気を回してくれて……まあ、そのお陰でこんな感じに生き恥を晒しているわけですよ」


 国王は紫煙をくゆらせながらこう言った。


「……つかぬ事を訊くが、主は勇者と親しかったのか?」

「どうでしょうね。一緒に旅をして、同じ釜の飯を食べた仲ですから、それなりに仲間意識のようなものは感じていたんだと思います」


 イルヴェドの澄ました言葉に、しかし国王は、


「随分と冷めた物言いだな」

「そういう性分でしてね」

「口では気取ったことを言いつつ、だが涙を隠すことはできないのもまた主の性分か?」


 驚いたイルヴェドは自分の目をこする。

 すると指摘された通り、まなじりは生暖かい水分で濡れていた。

 その事実に少なからぬ驚きを覚えたが、イルヴェドは咄嗟にこう取り繕った。


「……これは失礼いたしました。最近あまり寝れてなくてですね。ついつい、欠伸が」


 イルヴェドの照れ隠しに、しかし国王は厳格な表情を崩さない。

 そして彼は重々しくこう言った。



「なあロクスリーよ、もしよかったら事の一部始終を話してくれないか?」

「一部始終、ですか?」

「うむ、問答形式ではいまいちイメージが沸いてこぬ」

「陛下のお望みとあらば是非もありませんが、結構長くなりますよ。何せ三ヶ月に渡る旅の話ですから」

「構わぬ。我が国にとって勇者の敗北は最重要課題であるし、余にとっては最大の関心事でもある。腰を据えてじっくりと聞こうじゃないか」


 国王が言い終えるなり、メイドの一人がハーブティーを運んできた。

 なかなか気の回る王室だ。

 イルヴェドはそれを飲んで、喉の乾きを癒す。

 やはりこういうときはノンアルコールの方がいい。


 グラスを置くと、イルヴェドはおもむろに口火を切った。



「──最初にアイリスと出会ったのは当時の俺が住んでいたイーストブルグっていう街です。あいつが旅の途中でたまたま立ち寄ったときのことでした」

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