訃報、王都にて
勇者が死んだ。
その衝撃の訃報を乗せた早馬が王都に到着したのは件の死闘から十日後のことだった。
報告によると場所は魔王城で、発見された遺体は二つということだった。
火災のせいで遺体は酷く損傷し、初見では誰のものか判別しかねていたが、
しかし、遺体の片方が『聖剣ヘリオトロープ』を握っていたことから勇者のものであると判断され、それに伴い、もう片方も勇者の一行の誰かであると推定された。
また、勇者一行のものと見られる遺体の他に、魔王城にはおびただしい数の魔族の屍も転がっていた。
勇者の一行によるものか、魔族内で内乱でも起きたのか。
今となっては想像するしかないが、いずれにせよ、とてつもなく激しい戦闘が繰り広げられていたことに疑いはなかった。
むべなるかな、この知らせは王国議会に前代未聞の混沌を引き起こした。
ある者は文字通り葬式のように消沈し、またある者はこんなデマは受け入れられないと狂ったよう泣き叫ぶ。
今後の指針を打ち出さねばならないはずの文官たちはほぼ全員が心を病んでしまい、一般市民に情報漏洩しない程度の理性だけがかろうじて保たれているような状態だった。
勇者=アイリス・ホワイトフォードの存在はそれほどまでに大きかったのである。
「問題は魔王だ」
国王が口を開くと、しかしそれまで激論を飛ばし合っていた文官たちが押し静まった。
「魔王城は火災で瓦礫と化したようだが、だからといって奴が死んだとは限らない。まだどこかで生きているやもしれん」
国王は葉巻をゆっくり吸い込み、それを吐き出しながら言った。
「勇者と相打ちになったというなら、それでいい。次の魔王が選定されるまで大陸の平和は維持されるし、勇者の尊厳も保たれる。ゆえに余は速やかに調査隊を組織すべきと思う。これに意見のある者はおるか?」
すると文官の一人が挙手をした。
「お言葉ながら陛下。魔王が生きていた場合にはいかがなさるおつもりで? 次の勇者がいつ発見されるか分からないこの現状、奴の生死を知ったところで我々に打つ手はありません」
伝承によれば魔王を倒せるのは勇者だけとされている。
勇者の聖痕を持たない者が魔王を攻撃しても一切の攻撃が通らない。
その逆もまた然りで勇者に打ち勝てるのは魔王だけであるという。
「確かに魔王が生きていても勇者亡き今、我らに打つ手はない。しかし今後の魔族との戦いを続ける上で、魔王の生死は欠かせない情報ではなかろうか」
そのもっともな反論に文官はひれ伏した。
「……陛下のおっしゃる通りです。出すぎた意見をお許しください」
「苦しゅうないぞ。今は誰もが動揺しているとき。それにもかかわらずきちんと向き合おうとする気概をむしろ称えたいくらいだ」
「……もったいなきお言葉」
そう言って文官は身を引いた。少しだけ肩が震えていた。
「魔王調査隊の組織については決定ということで良いな。続いて、だが。新たなる勇者の捜索についても提案したい。次の聖痕がいつ舞い降りるのかは分からぬが、早めに着手するに越したことはないだろう」
勇者は同時に二人と存在しない。
だが、その代の勇者が亡くなれば次の代へと継承される。
これが勇者にまつわるルールである。
勇者が命を散らすと、しかるべき時間を経てた後に別の者に聖痕が宿るという。
聖痕は生まれたばかりの赤ん坊に宿ることもあれば、棺桶に片足をつっこんだ老人に宿ることもある。
選定にどの程度の時間がかかるのかはまちまちで、三日後に新たな勇者が見出されることもあれば、一年以上かかることもあるという。
いつ発生するとも分からぬものを探すのは実に根気のいる作業である。
しかし、だからといって捜索を怠るわけにはいかない。
既に聖痕は宿っているのにその発見が大幅に遅れた、などという事態は望ましくないからだ。
「これに異論のある者は挙手を」
今度は誰も反論しなかった。
全会一致の可決である。
「……よろしい。では部隊の編成を行うとしよう」
そのまま自然と魔王調査隊及び勇者捜索隊を組織する流れになった──のであるが、
「会議中失礼します」
突然王座に入ってきたのは一人の兵士だった。
その豪華な甲冑から一目で騎士であるとわかる。
それもそれなりに地位のある騎士だ。
「憲兵隊副指令のアーサー・ゼッペルスであります。乱入の無礼を承知で、至急陛下の耳に入れたいことがありまして」
「時と場合を弁えろ、痴れ者め」
「これだから軍の脳筋どもは」
などと、ざわめく議場だったが、アーサーの鬼気迫った表情を見て国王は手で場を取り鎮めた。
「構わぬ。話すがいいぞ、ゼッペルス」
「はっ、では僭越ながら」
ゼッペルスは目を閉じてゆっくり深呼吸し、それからたっぷり間を置いてからこう言った。
「勇者の仲間の一人が生きて戻りました」