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Q:誰が勇者を殺したか?  作者: お花畑
第二章:招かれざる客
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旅の仲間(下)

 周囲に魔物や魔獣の気配は見当たらず、勇者の一団に手を出すような身の程知らずの賊もない。

 峠はすっかり静まりかえっており、聞こえるのは風の通る音だけである。

 哨務戦線異状なし、と言ったところだ。

 しかし野営である以上は絶対安全とも言えないわけで、このようにして交代で哨戒にあたっている。


 とはいえ見張りというのは得てして暇を持て余す。

 だからイルヴェドはただ一人夜空を眺めていた。

 季節は冬。

 そして冬と言えば三龍座のすべてを視聴できる唯一の季節である。


 黄昏時から宵の口にかけては火龍座が、

 宵の口から深夜にかけては氷龍座が、

 深夜から明け方にかけては雷龍座が順に夜を彩る。


 ちょうど氷龍座が空の天井から傾き始め、夜が折り返しに入ったことを通知した。

 つまり見張り交代の頃合いだ。



 ──と、噂をすれば何とやら。



 ふっと、影がすぐ隣を横切った。

 その影の動きに一切の音はなく、また一切の無駄もない。


 職業柄、直観を研ぎ澄ましてきたイルヴェドだからこそ何とか存在を認識できたものの、他のメンバーではまず気付くことすら不可能だろう。

 それほどまでに彼女は闇と同化していた。



「……せめて何か一言くらい声を寄越したらどうだ? 今のは少々肝を冷やしたぞ」



 呼びかけるも返事はない。

 代わりに彼女は夜空より暗い漆黒の瞳を向けてきた。

 その眼光はさながら名刀のように鋭利であり、清水のように透徹で、そして氷像のように冷然としている。


「まったく石みたいな奴だな……まあいい。見張りの交代、よろしく頼んだぜ」


 言うだけ言ってイルヴェドはその場を辞することにした。

 踵を返して、寝床へ戻ろうとして──、



 ──しかし、戻れなかった。



「……っ!!」


 

 予想外という展開はきっと今みたいなときのことを言うのだろう。

 彼女の行動はそれほどまでに常識から逸脱していた。


 それを防げたのはやはり直観のお陰だ。

 殺意への理解がなければ今のでお陀仏になっていたに違いない。


 火花を散らす二刀と一刀。

 イルヴェドは咄嗟に二本の短剣を構えると、すんでの所で『緋緋色の流星』の一振りを受け止めた。


 とてもこの小柄な少女が繰り出したとは思えない鋭く、そして重たい一撃。

 青天の霹靂に少なからず動転するイルヴェドだったが、男の意地と度胸でどうにかこうにか刀を撥ねのけ、そして叫んだ。



「正気か、てめえは!!」



 緊急回避からの臨戦態勢を取るイルヴェドだが、しかしどういうわけかアヤメは握った刀を眺めたまま追撃をしてこない。

 いや、そもそもいきなり斬りかかった時点で既に尋常ではないのだが。


 焚き火の炎がバチリと弾けた。


 混乱するイルヴェドを尻目にアヤメはたっぷり数十秒間考え込み、それからようやく問いかけへの回答を──そして初めての言葉を──透き通るような声で口にした。




「これで死ぬようならば、それまでの器だと思った」




 まるで他人事のように素っ気なく、まるで天気でも語るかのように淡々と、アヤメは短くそう述べた。


 イルヴェドは思わずポカンと口を開く。そうするしかない。

 しかし、憮然としているイルヴェドのことなど一顧だにせずアヤメは先を続けた。



「──だが、お前はこれを受け止めて見せた。だから私は一層考えを強くする。やはりお前は危険な存在だ」

「……その理屈は理不尽じゃねえか!?」


 イルヴェドは何とか平静を取り戻して言の穂を継ぐ。

 それを受けたアヤメはこちらを射抜くように目をすがめてこう言った。 




「イルヴェド・ロクスリー。私はお前を信用していない」




 そんなことを言われてもイルヴェドにできるのは自嘲するくらいのことだけだ。

 だから軽く鼻で笑って、それから肩をすくめて見せた。


「……嫌われてるってパターンも一応想定しちゃいたが、いざ面と向かってこうもバッサリ切られると少々心に来るものがあるな。いやはや、さすがの切れ味だぜ」


 最後につまらない洒落も添えてみたが、もちろんアヤメはクスリとも笑わない。


「お前は臭う。お前は悪だ。私の勘がそう告げている」

「悪党であることは否定しねえが、多分お前は拡大解釈をしている」

「お前の意見は聞いていない」

「……さいですかい」

「私はお前の排除を何度も主君に意見具申してきた。だが、ことごとく却下された。これまでお前を斬ろうとしなかったのは、主君が斬るなと言うからだ」

「なら今のは命令違反だろ。言いつけてやろうか」


 軽く突っつきを入れてみるが、アヤメの牙城は鉄壁だ。

 一瞬たりとも迷わない。

 迷ってくれない。


「私の使命は主君の御身を守ることだ。そのためならときとして主命に背くこともやむを得ない」

「……なるほど。そういうタイプか。知ってるか? そういうのを狂信者って言うんだぜ」


 あくまで茶化そうとするイルヴェドだが、アヤメは瞬き一つせず、真っ直ぐ前を見据えたまま動かない。


「今のは警告だ。何か悪事を働こうものなら、私の刃がその心臓に届くと心得ろ」

「そいつはご丁寧にどうも。まあ、言われずとも俺がアイリスの味方であることに変わりはねえよ……それよか──誤解を恐れず言わせてもらえば──盗賊の俺なんかより勇者に侍従するモノノフの方がよっぽど歪に見えるがな」


 と言うと、間髪入れずにこんな回答が返ってくる。


「西方諸国は我らが魔王討伐に協力しないからという名目で宣戦してきた」

「だから勇者に協力して既成事実を作ろうって? だがそれを満たしたとして、アルメリアやストラティオンが二度と攻めてこないと、本気で思っているのか?」


 だから相手に倣ってイルヴェドも間髪入れずにこう返す。

 そこで言葉のラリーは止まってしまった。


「……」


 相変わらずの迫力でこちらを睨んではいるが、その沈黙が彼女の真意をこれ以上なく雄弁に物語る。


「──ほらな、やっぱり信じちゃいねえ。にもかかわらず、お前は文字通り命を賭けて勇者の旅に参加している。これって矛盾してねえか?」


 少し歯切れ悪そうではあったが、しかしアヤメはしっかりと言明した。


「……矛盾はしていない。それでほんの少しでも祖国の危機を和らげることができるというなら、この命の一つや二つは安いものだ」

「……ほう、そいつは殊勝な心がけで」


 そこまで言われてはそれ以上言い返すべきことはないし、これ以上会話を続けるのも億劫だ。


「──それなら話は終わりだ。まだチャンバラを続けるってなら全身全霊をかけてお相手するが、そうでないならそろそろお暇させて頂きたい」


 するとアヤメは刀を鞘に収めた。

『申し出を許可する』という彼女なりのメッセージなのだろう。


 未だ予断を許さぬ状況ではあったが、イルヴェドは背中を警戒しつつテントに戻ることにした、


 ──が、その直後、



「……一応、もう一つだけ警告しておく」



 背中に何かついているのか、最近は背後を向けると声のかかることが多い。

 仕方なくイルヴェドは足を止めて、傾聴の意思を示した。



「──ラベンダー・キャスロットとアラン・ローゼンハイムの話をあまり鵜呑みにするな。奴らアルメリア人は平然と嘘をつく」



 確かにそれは一理あるな、とイルヴェドは心の中で同意した。




    *    *    *    *



 アヤメの翻意を警戒していたというのもあるが、それ以上に考えるべきことが多過ぎた。

 だから昨夜に眠る暇などなく、つまり今は徹夜明けの状態だ。

 お陰で体調はすこぶる最悪。

 朝から脳が死んでいる。

 これから過酷なケイブル峠の後半戦が待っているのだが、途中でぶっ倒れてしまわないかどうかはいささか疑問だ。

 

 背伸びと欠伸で何とか睡魔を追い払おうとするイルヴェドの前に、ちょうど太陽のような顔をしたアイリスが現れた。

 比喩でもなんでもなく、健康そうな笑顔が目に眩しい。


「おはよう、イルヴェド。昨日は哨戒ご苦労様。体調はどう?」

「大過はない。強いて言うなら少し眠いくらいだ」

「それなら良かった。でも移動中に疲れたら遠慮せずに教えてくれ」

「ああ、無理を感じたらそうさせてもらう」


 アイリスはうんうんと頷いた。


「ところで初めての野営の感想は? 楽しんでもらえたかな?」


 その呑気すぎる言葉に、堪らず鼻で笑ってしまう。

 当然のようにアイリスは怪訝そうな顔をしたが、イルヴェドは作り笑いを浮かべながらこう言ってやった。




「とびきり刺激的な体験だったよ。あれほど愉快な夜は初めてだ」

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