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Q:誰が勇者を殺したか?  作者: お花畑
第二章:招かれざる客
13/16

旅の仲間(中)

 その日はイルヴェドが旅に参加してから初めての野営だった。

 これまでは日が暮れる前に町から町へ、あるいは村から村へと移動できていたが、世界有数の長さを誇るケイブル峠を一日で踏破するのはさすがに無理があり、やむなくテントを張ることにしたのである。


「峠を越えたら国境だね」


 たき火に薪をくべながらアイリスが口を開いた。


「慣れ親しんだアルメリアの地も今日で終わりか。旅をしていると時間の流れが早い」


 肉と山菜を串に刺しつつイルヴェドが会話に応じる。


「まだ振り返るのは早いけどね。とはいえここまで大過なく進めたことは願ってもない僥倖だ」

「お次は『ストラティオン』。騎士と要塞の国か」

「ストラティオンは初めてかい?」

「いんや。昔に一度野暮用で。やたらと物々しい砦や城壁は今でもよく覚えてる。魔術国家のアルメリアではなかなか拝めない光景だ」

「騎士国家というのもあるけど、最前線だからだよ。二つの意味で」

「ああ。アレとアレのことだな」

「そう。一つはモノノフ」


 エウラパ大陸の最東端に位置するストラティオンは海を隔てて島国のモノノフと接している。

 必定、東西戦争ではもっとも多くの戦いが繰り広げられ、もっとも多くの犠牲を出すことになった。

 今なお多くの傷跡を残し、残党兵や闇市などの問題を抱えているため治安はあまりよろしくない。


「──そしてもう一つは『セルモール』。僕らの旅の目的地にして、忌むべき地。言わずと知れた魔王領だ」


 またストラティオンは北に魔王領との国境を持つ。

 とはいえ7000メルトル級の高標な山々が連なるヘルベルト山脈を隔てた山岳国境なので、実質封鎖されているに等しい。

 山脈の向こう側に通ずる道は一本だけ。

 かつて古代ドワーフ族が採掘したとされ、今は魔獣の巣窟と名高い『カザドの坑道』である。


「──というわけでここからはひたすら北上し、一ヶ月で坑道入りを目指すよ」

「随分急ぐんだな。アルメリアに並ぶ膨大な面積を持つ国をたった一ヶ月で縦断か」

「そうでもないよ。ストラティオンは横に長いけど、縦には短い。寄り道する時間もあると思う」

「寄り道っつってもどこに寄るんだ? あの国は城と砦くらいしか見るものないだろ」

「確かにストラティオンにはサザンガルドのような芸術的な華やかさもないし、アルメリアのような高度な文明もない。情勢は不安定だし、お世辞にも豊かとは言えない国だ。でもそういう厳しい環境下にあったからこそ、どこよりも宗教が発達していて、有名な教会や修道院が多い。巡礼と言えばまずストラティオンと言われるくらいだよ」

「宗教施設、か。生憎俺は神様なんて信じちゃいないが、芸術としての教会は嫌いじゃない。ステンドグラスやらパイプオルガンなんかは見ているだけで楽しいからな──しかし詳しいな、アイリス」


 アイリスは何の気なしにこう言った。


「元修道女だからね。ストラティオンの」


 しかし後半の情報はイルヴェドにとっては初耳で、少々ハッとさせられた。


「てっきりアルメリアの出身だと思っていたが」

「勇者に選定されてからの一年間はアルメリア国王の食客として王都で修行と旅支度をしていたから、そう思われるのも無理はないかも。でも出身はストラティオンなんだ」

「なるほどな──となると寄り道ってのはそういうことか」

「うん。みんなさえよければ少し帰省しようかなって。お世話になったシスター達にみんなを紹介したいし、きちんと勇者をやってるって自慢したいし、久しぶりに顔を見せて安心もさせたい」

「きちんとした勇者かどうかは疑問の余地があるけどな」


 軽くからかってやると、案の定アイリスのふくれっ面を拝顔できた。

 既に何度も繰り返したやりとりだというのに、未だに過剰反応してくれるので面白い。


「まだ納得してくれないのか。あれから何度も活躍した姿を見せているってのに」


 イルヴェドはなるべく意地悪そうに見えるように口の端をつり上げた。


「魔王を倒したら認めてやる。そのときは土下座でも何でもしてやるよ」


 もれなくアイリスは挑発に乗った。


「何でもって言ったね。今の言葉、絶対忘れないから」


 イルヴェドは「はいはい」と軽くあしらいながら、


「──まあ、何にせよお前の故郷ってのがどんなもんかは興味がある」


 その一言で機嫌を取り戻したらしく、アイリスは赤子のように無邪気な笑顔を咲かせた。


「のどかで良い場所だよ。きっと気に入ってもらえると思う」




    *    *    *    *



 初めてのバーベキューはなかなか乙なものだった。

 野外での食事は開放感があるし、なにより炭火で焼いた肉と野菜は筆舌に尽くしがたい旨みを宿す。


 すっかり堪能したイルヴェドだったが、しかし食後はちょっとした面倒が待っていた。



「……そのときの魔王の軍勢は一万を超えていたんじゃ。一万じゃぞ、小僧。想像出来るか?」

「ああ、一万な」

「ワシとシャルル殿はたった二人で立ち向かい、それを突破したのじゃ。いいか、たった二人じゃぞ」

「ああ、二人な」

「シャルル様は聖剣を振って前進し、ワシは後方から聖術で援護する。手前味噌じゃが、これ以上ない完璧なコンビネーションじゃった」

「ああ、そいつはすごい」

「今思い返してもシャルル殿は最強の勇者と呼ぶのに相応しい男じゃった。いや、決してアイリス殿を貶めているわけではおらなんだ。シャルル様が偉大過ぎただけじゃ。ただそれだけに『ザルバゴーク』の卑劣さが憎たらしい。あの最低最悪の魔王は、」

「なあ、ジジイ」


 イルヴェドが遮ると、アランは露骨に不快な顔をした。


「……何じゃ小僧」


 と言う口はえらく酒臭いし、目は充血しきっている。

 常日頃からアランは酒を疎むような発言をしているが、イルヴェドはその理由を察してしまった。

 この爺さんはいい歳こいて非常に酒癖が悪い。


「自慢は構わんが、もっと順序立てて話してくれ。ハッキリ言って分かりにくい」

「自慢? 分かりにくい? どこが自慢でどこが分かりにくいんじゃ!!」


 せめて他に誰かいればと思うが、助けを求めようにも女性陣は揃って向こうの河原でバスタイムときている。

 しばらくはこの老害と二人きりの時間が続くだろう。


「分かった。俺の方から質問する。だからただその内容にだけ答えてくれ」

「……むう。まあ、そうしないと理解出来ぬと言うならば」


 渋々といった感じに同意するアラン。

 内心年寄りの介護にうんざりしているイルヴェド。


「最初に確認だが、ジジイはアイリスの前に三人の勇者に仕えてきたということでいいんだな?」

「そうじゃ。これでも世界に片手ほどしかいない賢者の身じゃからな。この役職に就いて以来、常に勇者の旅に同行してきた」

「ほーん。偉いんだな、賢者ってのは」

「当たり前じゃ。聖術の悟りを開くのにどれだけの経験と精神力が必要になると思っておる。その域に達するのにはヘルベルトの山々に籠もって、それから八年もの間、」


 とアランがまた脱線しようとするので、イルヴェドは言葉を被せて蓋をした。


「ではまず一人目の勇者について話してもらおうか。簡単なプロフィールと魔王との戦いの勝敗について教えてくれ」

「……一人目、か。一人目はカイン殿じゃな。もともとはアルメリア魔術大学で教鞭を執っていた方じゃ」

「それで勝敗は?」

「まあ、こう言ってはアレじゃが……勇者に向いていなかったのじゃろう。それに相手も悪かった。ザルバゴークはその緻密な謀略もさることながら、魔力も破格で歴代魔王でも五指に入ると言われる実力者じゃからな。魔王城に辿り着いたはよいが、かなり一方的な敗北を喫してしまった」


 イルヴェドは一応羊皮紙を手に取りメモをする。

『一人目:カイン 魔王に敗北』



「続いて二人目に行こうか」

「二人目はマーカス殿じゃな。サザンガルド王家の縁戚にあたるフォンティーヌ公の長男坊じゃった」

「ほう、王族とは珍しい。それで結果は?」


 イルヴェドの何気ない問いかけに、しかしアランは深い溜息をつき、それから重々しくこう答えた。




「旅の途中で()()されてしまった」




 あまりにふざけた返答にイルヴェドは目をすがめてアランを睨む。



「……今何つった?」

「じゃから、旅の途中で殺されたと言っている。カザドの坑道を越えた先、『リムルド』の街でのことじゃった」

「おいおい、ジジイ。ついに耄碌しちまったか?」

「抜かせ、小僧。酔っぱらっておるのは認めるが、頭脳はむしろ若い頃より冴え渡っておるくらいじゃ」


 アランの真剣な眼差しを見て、イルヴェドは舌打ちをした。


「……本気で言ってるのか?」

「面目ない話じゃが、紛れもない事実じゃ」


 そこまで言われればひとまずは信じるしかない。


「……リムルドってのは確かストラティオン軍が常駐するセルモールで唯一の人類の街だったな。魔王城が見える場所にあるとか」

「街、というよりは砦、じゃがな。魔王城の目と鼻の先にあるのはその通りじゃ」

「だとしたら魔王が出張してきたとしても何ら不思議なことじゃない。普通に魔王に殺されたんだろ」


 一見もっともなその意見に、しかしアランは、


「いや、ワシは当時からザルバゴークの顔はもちろんのこと()()も知っておった。じゃが、あの夜リムルドに奴の気配はなかった。セルモールに入ってからは絶え間なく六感を研ぎ澄ましておったのにまったく感じなかったんじゃ。賢者の名に誓って絶対にいなかったと断言できる」


 イルヴェドは葉巻に火をつけ、一口吸った。

 肺に煙が行き渡り、脳内が覚醒する。


「ならザルバゴークじゃなかったって説はどうだ? 奴は老衰でくたばっちまってて次の魔王に世代交代していた。これならルールに抵触しない」


 渾身のアイデアだったが、しかしアランは首を横に振った。


「残念ながらそれも違う。ワシは三回目の旅でザルバゴークと再会しておる。しっかり腕に宿る魔王の邪痕が健在だったことも確認済みじゃ」


 溜息をつくようにたっぷり紫煙を吐き出すと、イルヴェドは葉巻を咥えながら虚空を眺めた。

 辺りに光源が少ないせいか、星が普段よりギラギラと煌めいている。

 

 勇者と魔王は表裏一体。

 光と影。

 鏡のこちらと向こう側。


 ──魔王を倒せるのは勇者だけで、勇者を倒せるのもまた魔王だけ。


 これは世界の常識であり、勇者と魔王に対する関心が低いモノノフの連中ですら子供の頃に教わる大原則である。



「……喩えば、の話だが」



 イルヴェドは夜空を指差しながらうわごとのように呟いた。



「──あの星に住んでる宇宙人やこことは異なる世界の人間が何かの間違いでやって来たとしたら。その場合はどうなるんだろうな」


 言下にアランは眉をひそめた。


「……何を言っておる?」


 しかし、イルヴェドは構わず続ける。



「そういう連中ならこの世界のルールを無視できるんじゃないか?」



 するとアランは呵々大笑とした。


「貴様こそ気が触れたか? 宇宙人に異世界人? 笑止千万。荒唐無稽も甚だしいわ」

「……だよな。言ってみただけだ」


 イルヴェドは芝居っぽく肩をすくめて見せると、葉巻の火を消し、吸い口をカットした。

 

 束の間の沈黙の後、アランが言った。


「……まあ、マーカス殿の死因についてはワシなりに見当が付いておる」

「ほう、聞かせてもらおうか」

「武器錬成術、じゃ」

「……ああ、その手があったか」

「ザルバゴークは剣やナイフを錬成し、それを配下の魔族に持たせた。そしてリムルドに忍ばせ寝込みを襲った、というわけじゃ。これなら遠隔攻撃したのと同じことになる」

「でもよ、錬成された武器ってある程度時間が経ったり、術者との距離が離れると消えちまうってルールがなかったか?」

「そこで魔王城とリムルドとの距離が生きてくる。魔王の魔力ならこの程度の距離は維持できるはずじゃ」


 一応筋の通った説明だ。

 というか逆にこの仮説以外に状況を説明できるものがない。

 だから納得するしかない。


「分かった。二人目は遠隔攻撃でやられた、ということにしておこう──じゃ、最後に三人目について教えてくれ」

「ようやくシャルル殿の話じゃな。この方はストラティオンの王国騎士団長じゃった」

「最高の騎士が集うとされるストラティオンの騎士団長様か。そいつは期待出来そうだ」


 それにアランは強く頷く。


「うむ、実際に第三記に入って以来最強の勇者と名高い御仁じゃった。ありとあらゆる戦いで魔王軍を蹴散らし、一時西方諸国から魔族をほとんど追い出した」

「そいつは大したもんだ」

「そして、セルモールに乗り込み──勇者の資格を失った。ザルバゴークの奸計でな」


 またしても引っかかりを覚える言い回しだ。


「資格を失った? 分かるように説明してくれ」

「我々が魔王城に乗り込む前にザルバゴークはある人間を誘拐していたんじゃ」

「そのシャルルって奴の家族だな?」

「瞬時にその考えが出てくるあたり、貴様の性根も相当曲がっとるようじゃ」

「と言われても、誰もが思いつくありがちな展開だと思うんだが」

「言われてみればそうかの……まあともかく、半分だけ正解じゃ」

「くどいな。さっさと先を話してくれ」

「ザルバゴークが誘拐したのは二人。一人は貴様の想像通り、シャルル殿の奥方じゃ。そしてもう一人はまったく無縁のとあるモノノフ」

「ほんほん、それで?」

「それでザルバゴークはシャルル殿に命じたのじゃ。『妻を解放して欲しくば、そこのモノノフを殺せ』と」

「で、殺したわけだ」


 イルヴェドの促進に顔を苦痛に歪めるアラン。


「……うむ。何時間も葛藤していたし、ワシらも必死で引き留めたんじゃがな。結局は、そうなってしまった」

「魔王があえてモノノフを選んだのは殺人の心理的ハードルを下げるためか。なかなかゲスい野郎だな、ザルバゴークってのは」

「なかなかなんて生易しいものではない。まさしく悪魔の所行じゃて」

「殺した後はどうなったんだ?」


 アランは答えにくそうにたっぷりと数秒逡巡した後、それから苦々しくこう述べた。




「シャルル殿の手の甲からそれまであったはずの()()()()()()()()()のじゃ。綺麗さっぱり、跡形もなく」


 


 イルヴェドは消した葉巻にもう一度火をつけた。

 ジジイの話もなかなかどうして面白い。



「条件は何だ? 魔王の命令に従ったからか? それとも無罪の人を殺すって時点で勇者としてNGなのか?」

「かつて同じように聖痕を失った例が古代書にいくつか記されておる。魔王から一緒に世界を統一しようと持ちかけられ、これに同意したケース。魔王から届いた金品を受け取り、使用したケース。中には魔王に惚れてしまった、なんてケースもあるな」


 イルヴェドは高速で思考を走らせる。


「……種類こそ違えど、共通するのは『相手が魔王であると認識しておきながら、屈したり、何かしらの譲歩をしてしまった』ってところか」

「恐らくはそれが条件じゃな」


 聖痕は消えることがある。

 巷の噂で耳にしたことはあったが、てっきり与太話かと思っていた。


「思いのほか興味深い話だった。伊達に年は食ってないようだな」

「気味が悪い。貴様がワシを誉めるとは、明日は雨か洪水か?」

「はっ。くたばり損ないが言いやがる」


 そう言ってお互いに笑い合う。


 案外似たもの同士なのかもしれないとイルヴェドは思った。

 もちろんそんなことはおくびにも出さないが。



「──なあジジイ、最後に一つだけいいか?」

「どうした、小僧?」




「一応確認だが──ジジイは三回も魔王討伐の旅に参加しておきながら、まだ一度も魔王を倒せていないってことでいいか?」




 言下にアランの口元から笑みが消えた。

 ついでに酔いも醒めたらしい。

 クスリともせず真顔でこちらを凝視してくる。



「……まあ、そういうことになるのう」



 その様子があまりにシリアスなので、半分茶化すつもりで──もう半分は鎌をかけるつもりで──イルヴェドは試しにこう言ってみた。



「案外ジジイは魔王のスパイだったりしてな。毎回律儀に旅に参加していたのも、」



 ──が、

 イルヴェドはその台詞を最後まで言い切ることができなかった。


 というのも言葉の途中でアランに胸ぐらをつかまれたからだ。




「──のう小僧」



 殺意さえ感じる恐ろしい形相でアランはイルヴェドを睨めつけた。



「世の中には言っていい冗談と、悪い冗談がある──分かるか?」



 喉仏を抑えられていたので、イルヴェドはただ頷くしかなかった。

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